第155話

「凄い試合!!私感動した!!」

「ソフィア本戦に進む気満々だねぇ。もしかして私ってやばい?」



 試合は俺らにはソフィアとアギトとかいう奴の一騎打ちしか見えなかったが、それでも十分盛り上がったのだが、全て見えていたリーファはテンションを上げている。



「まるで暗殺者みたいに後ろに回り込んでザクって!!こうシュバシュアバって!!」



 興奮し過ぎて語彙力が死んでしまっている。



 こう見えてもこの子、感覚派の天才である。



「私は結局カーラちゃんと戦っただけだし、そのポイントを殆ど取れてない気がする……」



 桜は遅れてきたため、得点の生存力、殺傷力、サポート力の大半を失っている。



 桜が本戦へと上がれる確率は、限りなく低くなるだろう。



「桜の判断は迷うだろうな。得点で見れば確かに不合格だが、あれだけの活躍をして落としでもしたら見栄えが悪いだろうからな」



 それに、いざとなれば高得点のカーラを倒したという理由で押し通すことが出来る。



「まぁそれでも五分だろうがな」

「うわ〜ん、私も本戦に進みたいよ〜」

「遅れたお前が悪い」

「起きられなかったの〜。予想より試合が進むの早過ぎるんだもん、しょうがないじゃん」



 あたかも運営が悪いような言い草だが、普通に遅刻した桜が悪い。



 しかし、一度遅刻した俺が言う資格はない。



 いつもと違いテンションが高いリーファと低い桜という珍しい光景が見れ、非常に満足である。



「でも……なんだろう。こうして試合を見てると、あぁ、私って強くなったんだなって思うんだ」



 桜は泣き真似をやめ、真剣な趣になる。



「あの時は私も、ユーリも、アクトも全然強くなかったし、リーファとも知り合ってなかった。だから邪神教にめちゃくちゃにされた」

「……」



 嫌な思い出が蘇る。



 何度思い出しても、桜の命が尽きようとしたあの瞬間が酷く心を抉る。



「もし今邪神教が攻めてきても、あの時とは同じにならない自信がある。でも、私達がいなくなった後の学園は、誰が守るんだろう」



 ここで邪神教はもう無くなると言いたい。



 実際に、ゲームでは今の邪神教は真によって壊滅させられる。



 だが、邪神教は消えても



「……」

「?」



 邪神は消えない。



 神がいる限り、信仰は続く。



 信仰が続く限り、神はいる。



 邪神教の芽を全て摘むいでも、いつかまた新たな邪神教は生まれるのだろう。



 永遠の平和など、存在しないのだ。



「だから私、先生になろうと思う」

「先生か……うん、桜に似合ってるかも」

「他にも色んなことをやってみたいけど、私はやっぱり学園が好きなんだ」



 学園が好き……か。



 そういえば俺も



「学園でユーリに、アルスに、リアちゃんにリーファ、それからソフィアに」



 アクト



「私の出会いはいつも学園からだった。そんな思い出を、そしてこれから私みたいな出会いをする人の為に、私は先生になりたい」

「……」



 なんだよ今日は本当に……涙がとまらねぇよ。



 そんな夢、ゲームでも語ってくれなかったじゃん。



『私の夢は……とりあえず真のお嫁さんかな?』



 最近は……本当に知らないことばかりだ。



 もうここは、俺の知ってる世界じゃない。



 ここは既に



「俺の……知ら」



 ドクン



「カハッ!!」



 心臓が波打つ。



 息が荒くなり、眩暈がする。



「アクト?」

「だ、大丈夫?」



 二人が優しく声を掛けてくれる。



「あ、ああ、大丈夫だ……大丈夫」



 落ち着け、何もおかしいことじゃない。



 この世界は俺の知ってる世界じゃないが、俺様の知ってる世界でもある。



「エリカ様の場所行く?」

「いやいい。試合の反動が今返ってきただけだ」

「時間差凄すぎない?」

「また無理してるの?」

「大丈夫と言ってるだろ。なんなら好きに俺様の体を好きに調べでもーー」



 この判断が間違いだった。



「では遠慮なく」

「ちょ、おま!!」



 ピタリと俺の胸に耳を当てる桜。



「……アクトって心臓にジェット機飼ってる?」

「そんなわけないだろ!!」

「でも凄いよこれ。リーファも聞いてみてよ」

「い、いや私は……」

「ほらほら恥ずかしがってないで」

「いや恥ずかしがってるわけじゃ……わぷっ!!」



 桜がリーファを引っ張り、俺の胸の中に飛び込んでくる。



「……あったかい」

「おぉ〜、アクト君。君の心臓の速度は止まることを知らないねぇ」

「はな……れろ……」

「あれれ?いつもの威勢はどーしちゃったのかな?」

「だま……れ……」

「見てみてリーファ、アクトが顔真っ赤にしてあたふたしてる。……リーファ?」

「……あったかい」

「おーいリーファさーん……ダメだこりゃ」



 二人を退かしたい気持ちと、彼女達に自ら触れてはいけないという戒め。



 そして何より、この天国を手放す悔しさが俺の思考を遮る。



 それから暫く俺はここからの奇跡的な脱出劇を思い付き、それを実行に起こそうとすると



「しー」



 桜が俺の口元に指を当てる。



 隣には、いつの間にか眠っているリーファ。



「緊張して昨日眠れなかったって」

「だからってこんなところで寝ることないだろ……」

「安心しちゃったんじゃない?」



 いや安心って目の前に空腹の狼がいますが?



 目の前のA5ランクの肉とか大好物ですが?



「私はさっき眠っちゃったから、この特等席はリーファに譲ってあげる」

「お、おい!!起こしていけ!!(小声)」

「自分でしてみたら?狼さん」



 桜は小悪魔のように笑い、屋上には俺と眠ってしまったリーファだけとなってしまった。



「いや、さすがに起こすだろ」



 桜にしては爪が甘いな。



 いざとなれば俺だってこれくらい行動を起こす。



 軽く肩を揺さぶるくらい俺なら



「レ……オ……」



 な!!



「まさか記憶が!!」

「答えはNOだ」



 どこからともなく声が聞こえる。



「マユか」

「私の愛娘を抱き締める感覚はどんなものかな?」

「殺すぞ」



 怖い怖いと、言葉にも無い言葉を吐く。



「姿ぐらい見せたらどうだ」

「すまないが、私の本体は少し出張中でね。今はこうして天の声で我慢してくれたまえ」



 天の声(本物)か。



「それで?記憶が戻ってないとしたら、今のはどう説明するんだ」

「単に体の反応さ。言葉を知らない赤ん坊が熱いものに触れても泣き叫ぶだけだが、言葉を覚えた者は反射的に『熱い』と叫んでしまう」

「??」

「そしてこの子は思い出したんだ。人の温もり、より正確に言うのであればレオとの接触をだ。一度癖になった言葉は、例え記憶から消えても残り続けるものだ」



 俺はリーファの顔を覗き込む。



 本当に安心しきった、心地良さそうな寝息を立てている。



「この子はストレスを抱え込むタイプでな。どうか少しだけ、眠らせてあげてはくれないだろうか」

「……」



 リーファがそういった性格なのは俺も知るところだ。



 きっと、最近はまた色々起きすぎて、彼女にも思うところがあるのだろう。



「俺様は他人の言うことは聞かない」

「……そうか」

「だから、俺様は疲れたから寝る。これは俺様が決めたことだ。いいな?」

「全く、うちの娘といい君といい、素直じゃないな」



 浮遊していた魔力が消える。



「はぁ、面倒なことになった」



 全く、幸せそうな顔しやがって。



 俺は一枚だけ写真を撮る。



 永久保存版だな。



「俺も少し……寝るか」



 そして俺はゆっくりと、目を閉じた。



 ◇◆◇◆



「何があったの?これ」



 後に帰って来た桜が見た光景は



「無理ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい死ぬぅううううううううううううううううううううううううう」

「俺はミジンコ俺はミジンコ俺はミジンコ俺はミジンコミジンコ俺はミジンコ俺はミジンコ俺はミジンコ俺はミジンコミジンコ俺はーー」



 顔を真っ赤にして地面を転がるリーファと、絶望した顔で呪文を唱え続けるアクトの姿であった。



 桜は深く考える。



 一体何が起きたか、何故こんな面白そうな光景を自身は放置してしまったのか。



 そして桜が出した結論は



「……ま、楽しそうだしいっか」



 二人が奇想天外波瀾万丈なイチャイチャ劇を繰り広げた裏では、第十ブロックが終了していた。



 ここで予選は終了し、本来なら明日の本戦へと向かうのだが、アクトが心配に心配を重ねた



「それではエキシビションマッチの開催です!!」



 例の催しが始まるのであった。


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