第156話

 エキシビションマッチ。



 武闘大会は生徒による模擬戦が行われるものだが、ここでは外部からの人間による戦いが行われる。



 突然決まったにしては用意周到な為、おそらく試合が早くに終わるように各ブロックに一人怪物を入れたのだろう。



 だが、あのめんどくさがりの学園長がわざわざそんなことを開催するとは到底思えない。



 おそらくこれは



「何か裏があるな」

「カッコつけてもさっきの醜態は無くせないよ?」



 だが、学園を操るなんてことは普通出来ないこと。



 ただの暴力ではなく、知見に優れた、もしくは権力のある人物の仕業に違いない。



 一体誰が……まさか!!



「アクト」

「……どうした桜」

「私、嫌なもの見ちゃった」

「嫌なものってそれは」

「よぉお二人さん、ご無沙汰だなぁ」

「!!!!」



 突然肩を組まれる。



 咄嗟に腕を払い除けると、それはケタケタと笑う。



「何しに来やがったシウス!!」

「おっかねぇな。久しぶりの再会だぜ」



 ぱっと見だけはイケてる雰囲気のクズが現れる。



「嬢ちゃんも久しぶりだなぁ」

「二度と会いたくなかったけどね」



 いつも笑顔の絶えない桜が、あからさまに嫌な顔をする。



「二人とも急に大声出してどう……あ!!あの時のこーー」

「おっと、嬢ちゃんも久しぶりだなぁ。あの時はお世話になった」



 リーファの背後に突然一人の女が現れ、その口を閉じさせる。



「おい、離せよ」

「危害を加えるつもりはねぇよ。俺はただ挨拶に来ただけだ」

「挨拶?お礼参りの間違いじゃないか?」

「残念ながら持って来たのは冥土の土産じゃない。最近はこっちも随分と安定して来てな、色々と自由になって来たんだ」



 色々とは、それは政治の安定の意味と、そして



「一応勧誘しとくか?お前ら今、幸せか?」

「クソッタレ宗教の話はやめろ。今すぐテメェを消し炭にしたくなる」

「そうか。ま、いつでも来たい時に来な。お前らならVIP待遇だ」

「死んでもごめんだ」



 この世界一無駄な問答を終え、奴は何かを俺達の前に置く。



「面白いものを入れて置いた。役に立つかどうかは自分で判断しろ」

「爆弾か?」

「んな物騒なもの入れるか。俺は平和主義なんだ」



 口から出まかせどころか、その口は災いの言葉を吐き捨てる。



「じゃあな。また遊ぼうぜ」



 シウスが手を振ると、リーファの口を塞いでいた女も消える。



「くたばれクソ野郎」



 俺は渾身のブーイングを送りながら、奴を見送った。



「ねぇ、あの人って幸福教の人だよね?通報しなくていいの?」

「クソ腹立つが、あいつがいなくなれば困るのは俺様達だ」



 あいつは根っこが腐っているが、残念ながら頭の方は更に腐っている。



 その無駄なハイスペックを存分に活かし、今となっては王国は奴の力無しでは半壊するようになるまで奴は操作している。



 まぁその分あいつの仕事量も増え、暗躍しにくくなるのだが



「今度は何を考えている」



 この置いて行った箱が、奴の考えを掴むきっかけになるだろう。



「お前らは一応離れとけ」




 二人は心配そうにこちらを見ながら、少し距離を置く。



 と言ってもリーファは魔法を構え、桜は目を閉じ何かに集中している。



「開けるぞ」



 俺はゆっくりと、その蓋を開ける。



「……なんだこれ」



 危険物ではなかった。



 なかったが……



「ねぇこれって」

「桜心当たりあるの?」

「うん」



 安全と分かり、二人も箱の中身を覗き込む。



「これって確か、帝国の身分証だった筈」

「なんであいつがこれを……」



 俺は近々帝国に行く気だったが、何故それを奴が知っている。



 シウスだからと言われても納得してしまいそうな自分がいることが腹立たしい。



「考えても仕方ない。首根っこ掴んで無理矢理吐かせるか」

「アクトって最初の頃はもっと頭脳的だったけど、最近力で解決することが多くなったね」

「暴力は楽でいい。予想外すらも対応可能だからな」

「言ってることヤバいの自覚してる?」



 早速シウスのいそうな場所に向かおうとすると



「これよりエキシビションマッチを開催致します!!」



 恒例となったキナコの声がする。



「さて、皆さん予選お疲れ様でした。あまり活躍出来なかったと感じた人が多数でしょう。かく言う私もあまり満足な結果を得られなかった一人であります」



 そうか?



 お前楽しそうだったけど気のせいか?



「そんな私含めた皆さんの鬱憤を晴らすべく、学園長が上からの圧力によって渋々開催されるエキシビションマッチ。皆さん思う存分楽しんでいきましょう!!」



 選手がいなくなった結果、今までで一番席が埋まった会場が盛り上がる。



「エリカ様も楽しんでいますか?」



 返事はない。



「おやおや?一体エリカ様は何処に行かれたのでしょうか?」



 分かりやすい前振りをするキナコ。



「むむ!!舞台の上に立つあのお姿はまさか!!」



 キナコの合図と共に、カメラが一気に舞台に向けられる。



 全ての視線を集めながら、彼女は真ん中に立つ。



 そしてピンクの唇を開き



「エントリーNO.1、エリカです。応援よろしくお願いします」



 プレリュードを奏でた。



 アイドルのような挨拶をしたエリカの後ろから、続々と影が現れる。



「ん?あぁ〜めんどくさ。学園長だ学園長。知ってるだろそれくらい」



 見た目は若そうなのに、おじさんみたいな雰囲気を纏った学園長。



 そしてその後ろから現れたのは



「な!!あいつ!!」

「シウスだ。まぁみんなは俺のことなんて知らねぇと思うから、出来るだけ目立たずにいなくなるとするよ」



 シウスはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら歩く。



「そんなわけで手加減よろしくな、学園長」

「クソ、お前さえいなければ、私は今頃家で優雅に昼寝をしてたってのに」



 学園長は鬱陶しそうにシウスから離れて行く。



「あいつが計画してたのは予想通りだが、まさかあいつ自身も参加するとは……」



 あいつは怠惰というわけじゃないが、基本的に誰かが出来ることは自分ではしないタイプの人間だ。



 わざわざ参加したということは、何か意図がある筈。



 そして更に意外な人物が現れる。



「な、ななななななななななななんで!!」

「凄い美人……」

「ア、アクト!!あれって!!あれってもしかして!!えぇ!!」



 彼女を知らないリーファは感動を、彼女の存在を知る俺と桜は動揺を見せる。



 カメラが彼女へと接近し、最早暴力とまで言えるほどの圧倒的な美貌が映り込む。



 彼女は一瞬だけめんどくさそうな顔をするが、コンマ1秒にも満たない速度で笑顔になり



「ど、どうも〜。この国の王様、アイリーン・パレットです。今日はよろしくお願いします〜」



 相変わらず慣れてなさそうな挨拶をする。



「どうしてあいつが……」

「王女様だ!!アクト王女様だよ!!」

「お、王女様!!ほ、本物なの!!」

「お前ら少し落ち着け!!」



 慌てているのは俺も同じだが、仕方ないだろう。



 そもそもアイリーンはゲームだとかなり登場が遅めだ。



 真が三大魔獣を討伐し、国に対して多くの貢献をした時に初めて謁見出来る人物だ。



 それからアイリーンルートに入ると、彼女と一緒に王様を目指すというギャルゲーとは思えない程のストーリーが展開される。



 アイリーンルートはその性質上、最も攻略が難しいキャラとされている。



 愚王、三代貴族、それからシウス全てと敵対する羽目になり、暗殺、情報操作、民衆扇動など本当に今でもトラウマになるような数々が起きる。



 当然今回もその地獄を見る予定だったが、シナリオが変わったことで彼女は自然と王になった。



 そんなエリカ並みに重要人物となった彼女が、学園に足を運ぶという珍事。



「シウス、一体何を企んでんだ」



 現在の俺の手札は三つ。



 まず奴が帝国への身分証を俺に渡したこと。



 二つ目はエキシビションマッチを開き、国中に何かを伝えようとしていること。



 三つ目はその中身が自身及び、エリカやアイリーンを巻き込む程の大きなものであること。



「嫌な予感しかしねぇ」



 絶対俺が何か巻き込まれるやつだ。



 そうに違いない。



 もうあいつ殺そうかな?



「続々と豪華なゲストが登場しますが、次で最後となります。それではどうぞ〜」



 俺ですら動揺している中で、平常通りの進行をするキナコ。



 そして最後に出てきた人物は



「……誰だ?」



 全く身に覚えもない人物。



 いや、違う。



 知っている。



 俺はあれが何かを知っている。



 だが、分からない。



 答えは持ち合わせていても、答えにたどり着くまでの道筋が今の俺にはない。



 ただ一つだけ、分かったことがあるとすれば



「可愛い……な」



 ……可愛い?



 今俺、そう言ったのか?



 俺が……ヒロイン以外に対して、可愛いと思えたのか?



「おい桜、リーファ。お前らはあれが誰か知って……お、おい」



 隣を見ると、二人は俺の方を見ずにジッとあの存在を見続ける。



「しっかりしろ!!どうしたんだ急に!!」



 何度か声を掛けるが、二人からの返事はない。



 それどころか、会場の全ての選手が一堂に唖然としている。



 一人だけ例外がいるとするなら



「お久しぶりです」

「あ、エリカちゃん久しぶり。元気にしてた?」



 聖女エリカ、その人であった。



「どうしてこのような場所に?」

「今日は調子がいいからかな?あの子が今日は頑張ったから、私の力もすんごい湧いてきたから、来ちゃった」



 エリカと同じ金色の髪をするそれは、少し古臭くかわいこぶる。



「キッツ」



 つい言葉を漏らすと



「あ?」

「うわ」



 こっちを凝視してくる。



 何あれ怖。



「失礼じゃない?私これでもまだ5桁もいってないんだよ?まるで私が年増みたいにさ〜」

「よく分かりませんが、貴方様は昔から変わらず綺麗ですよ?」

「やっぱエリカちゃんだわ〜。絶対死んだら私が貰うこの子〜」



 おもむろにエリカに抱きつくそれ。



「じゃあ、そろそろ始めようか」



 何かが指を鳴らすと



「わ!!びっくりした〜」



 隣の桜が声を出す。



「エリカ様とアイリーン様に並んでも見劣りしない人がこの世にまだいるんだ〜」

「私、今なんか凄い感動してる」



 リーファも目をキラキラとさせ、向こうを見ている。



 突然魔法が解けたような、俺が見ていたのは夢だったかのような、そんな光景に俺は少し恐怖を覚えた。



「じゃあエリカちゃん恨みっこなしだからね!!」

「勿論です。ですが本気は出さないで下さいね」



 女神様

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