第154話

「では私達は用事があるのでな」

「楽しかったです。またご一緒しましょう」



 最初にユーリとソフィアが抜ける。



 ユーリは運営を、ソフィアは制服の点検やらをするそうだ。



「私もまだ雑用がありますので」

「お兄様はゆっくりとお寛ぎ下さい」



 その後も忙しい代表のエリカに、ユーリと似たような理由で退出するリア。



「時間も注目も稼いだな」



 完全な杞憂でしかないが、念の為に皆を集めた。



 もしも危険性のある奴が接触するとしたら、おそらく誰かが単独で動いている時。



 こうして食事を一緒にすることで、一人の時間を極端に減らせた。



 その上これだけ注目を浴びれば、行動を起こす連中も色々と不都合が出てくるだろう。



 気持ち程度の警戒だが、あまり過剰にやりすぎてもダメだしな。



 何も起きないに越したことはないのだから。



「それにしても」

「寂しくなりましたなぁ」



 桜がボソリと呟く。



 少しだけ、俺達の中に切ない空気がよぎる。



「アクトはもう少しリアの手伝いでもしたら?」



 リーファがそんな空気を断ち切るように嫌味を言ってくる。



「お前だって姉のくせに何もしてないだろ」

「わ、私は何かしてあげたいけど……邪魔になりそうなだけだし……」

「じゃあ俺様も同じ理由で敢・え・て、手伝わないだけだ」

「あからさまな嘘はやめてくれる!!」

「はぁ!?嘘じゃないって理由でもあるのかおぉん?」

「喧嘩する程仲よしってやつだねぇ〜」

「「……」」

「姉弟ですなぁ」



 キャッキャとはしゃぐ桜を見て、リーファは笑い、俺も少しだけほくそ笑む。



 まるで、あの時の職場体験が帰ってきたかのようである。



「今度はさ、みんなで一緒に食べよう」



 桜は夢を語る。



「今はまだ出来ないことだけど。いつか、アルスも真も、カーラちゃんにどうせまだいるアクト大好きっ子もさ」

「いねぇよ」

「みんなで一緒にご飯を食べよう。こうしてアクトが理由をつけなきゃ一緒になれないんじゃなくて、ただ会いたい。そんな簡単な理由でみんなが集まって、楽しく、おかしく、騒がしい。そんな日を私は待ってる」

「……」

「桜……」



 桜の描いた夢は、悲しくも俺と似たような世界だった。



 不幸になるヒロイン達が、笑って、なんの憂いもない日常を生きる。



 ただ、一つだけ違いがあるとすれば



「アクトは強制参加だから、ちゃんと予定空けていいてね」

「俺様は忙しいからな。奇跡でも起きたら参加してやるよ」

「……絶対だからね!!」



 その世界に、アクトの姿は無いことであった。



 ◇◆◇◆



「皆さんお昼はしっかりと体を休めることが出来たでしょうか?」



 昼休憩が終わり、会場にはまた大量の人と実況のキナコの声が聞こえ始める。



「おお、皆さん元気溌溂げんきはつらつですね。エリカ様はお昼は何を?」

「お友達と一緒にお弁当を食べました。普段よりも豪華な食事で、少し贅沢をした気分ですね」

「なるほど、充実したようで何よりですね。さて、早速ではありますが第九ブロックへと移らせていただきます」



 相変わらず滞りなく進行をするキナコ。



 とても順調な事は本来良いはずだが、お陰でエキシビションとかいうものが生まれた事は恨むぞ。



「第九ブロックではなんと、この大会で皆さんも見て体験した、この戦闘用の制服を開発したマーリン家当主、ソフィア様が参加されています」



 ユーリやリアのように盛り上がりはせず、思ったよりも反応が少ない。



 その理由はやはり、ソフィアの功績が少ないからであろう。



 勿論その原因は奴の存在が関わっているのだが



「イライラするなぁ」



 いるとウザいが、その存在がいなくなっても俺に対してストレスを与えてくる。



 あぁザンサといいアーサーといい、父親共は本当に厄介な奴しかいないな。



「注目選手は以上です。この戦いはかなり知性溢れる戦いが期待出来そうですね。それでは、選手の方々に入場していただきましょう」



 そしてゾロゾロと蟻の行列が流れ込んでくる。



「あ、ソフィア来たね」

「凄いなぁ。私と違って堂々としてる」



 暇ーずは相変わらず暇なので、学園の屋上から試合を眺める。



「ねぇアクト」



 リーファが耳元で話しかけてくる。



「わざわざ会場じゃなくてこんな人気がない場所から見る理由ってさ」



 全身がゾワゾワする。



 この音声を録画して、眠る時に流したいな……逆に興奮して眠れないかも。



「もしかしてアクトもコミューー」

「一緒にするな」

「むぅ」



 人見知りではないのは確かだが、コミュニケーション能力に関しては間違いなく0点なのは合ってるな。



「ほら二人とも戯れてないで試合始まるよ!!」

「「戯れてねぇよ(ないよ)!!」」



 そしてカウントダウンと共に、試合が始まった。



「ソフィア様、失礼します」



 幾人かの生徒が走ってソフィアを狙いにいく。



 放っておくと厄介だが、近接戦が苦手な彼女にとっては一番効果的だろう。



「と、考えますよね」



 そんな行動を先んじて読んでいた彼女は



「失礼」



 まるで忍者の如く、煙玉を撒き散らす。



「毒か!!」



 だが生徒達もそれを予想していたように、皆が口元をマスクで覆う。



 実はこの世界の毒は前世よりも効果が薄い。



 理由はこの世界の人間の体が異常に丈夫であり、直接体に打ち込むくらいでないと効力が発揮されない事。



 口を覆い、魔力を通せばかなり侵入を防げることが大きくあげられる。



 長期戦となれば流石に効いてくるが、少なくとも武闘大会での効力はそれ程現実的ではない。



 まぁそんな凡人である俺の考えなど、彼女の予想範囲内だろうな。



「試合見にくくなったね」

「そう?私は結構見えるけど」



 煙によってフィールドが煙だらけになる。



 全国に中継されてる事、完全無視だな。



「さて、どうなるだろうな」



 ◇◆◇◆



「おい、力を合わせるぞ!!背中を合わせろ!!」



 奇襲に備え、選手達は力を合わせることにする。



「このままゆっくりと壁際に向かおう。あそこなら迎撃に向いている」



 とある生徒三人組は背中を合わせ、ジリジリと結界のある場所に歩いて行く。



 そして数分経ち、そろそろ端の方にたどり着く時間となる。



「よし、もう直ぐだ!!」



 一人は嬉しさを口にした。



 だが、他の二人はどこか不安そうである。



「どうしたお前ら」

「いやだって……おかしくないか?」

「おかしい?順調の間違いだろ?」

「そうよ。絶対におかしいわ」

「一体どうしたんだ」



 二人は動きを止める。



「おい止まるな。ここだと周りからの攻撃に対応がーー」

「なんで……なんで誰もいないんだよ!!」



 男が叫んだ。



「こ、こんなに歩いてるのに、周りは騒がしいのにどうして誰にも会わないんだ!!」

「そうよ!!おかしいわよこんなの!!」



 どこか錯乱する様に二人は叫ぶ。



 周りからは今も声が響く中で、何故か人に遭遇しない。



 自分は幻聴でも聞いているのか、そう錯覚してしまう程、今の状況はあまりにもおかしい。



「し、心配し過ぎだって……ほ、ほら見てみろ!!」



 男は陣形を崩し、壁へと走る。



「結界だ。俺達はただ運が良かっただけなんだ」



 一人は皆を励ますように笑顔を浮かべる。



 そして結界に触れ



「ほらな、大丈夫だーー」



 男の姿が消える。



「……え?」

「何……今ーー」

「は?」



 その不可思議な光景を目にし、動きを止めた二人の内のまた一人が姿を消す。



「お、おい!!じょ、冗談はよせ!!やめろ、俺を一人にしないでくれ!!」



 頼りを失った。



 安全だと思っていた壁際が、今では恐怖の対象にすら見えてくる。



 立ち止まることも出来ず、かと言って動くことも出来ない。



「一体……一体何が起こってーー」

「説明しましょう」

「誰だ!!」



 男が剣を振るうと、鈍い金属音が響く。



「ソ、ソフィア様!!」

「こんにちは」

「あ……どうも」



 男の緊張が一瞬で緩和する。



「注目選手のアギトさんであっていますか?」

「はい、俺がアギトです」

「そうですか」



 ソフィアと同じく注目選手の一人として数えられたアギト。



「アギトさん。今回の大会でのポイントのルールをご存知でしょうか?」

「え?……生存力、殺傷力、サポート力でしたっけ?」

「その通りです。ですがこれらのポイントは全て獲得することが非常に困難です」



 試合中であるにも関わらず、何故か解説を始めるソフィア。



 アギトは不思議に思いながらも、その真面目な性格からかソフィアの話を最後まで聞くことにする。



「まず生存力とはどれだけヘイトを逃すかです。他にも回避能力なども含まれていますが、主なポイントはそこにあるでしょう」

「そうですね」

「ですが、逃げているだけでは殺傷力やサポート力が稼げません。ここが一つ目」



 ソフィアじゃ指を一本立てる。



「次に殺傷力はどれだけダメージを与えられるかです。強力な魔法や技術が必要になってくるポイントです」

「俺は、それを狙うつもりでいます」

「アギトさんの腕ならば当然の選択です。私にはない、非常に良い才能ですね」



 ソフィアに褒められ、恥ずかしそうに照れるアギト。



「ですが殺傷力を狙えば自然と敵を作り、尚且つサポートに手を回すことが難しくなります」



 ソフィアは二本目の指を立てる。



「そして最後にサポート力、これは敵への嫌がらせや仲間への指示などが該当します」



 次第に煙が薄くなっていくことにアギトは気付く。



「実はサポート力は必ずしも仲間が必要なわけではありません。例えば私が設置した地雷を踏み抜き、体勢を崩した方を誰かが仕留めても得点は入ります」



 地雷



 その言葉をきき



「あ」



 アギトは仲間が壁に触れた瞬間を思い出す。



 あの時煙に紛れていたが、確かにより深い煙が出ていた。



 ならば何故それに気付かなかったのか。



 それはやはり周りから聞こえる大きな音の



「……音が……しない?」



 ついさっきまで耳を裂くような周りからの声が聞こえなくなっていた。



「ですが、サポート力を狙えば他同じような理由で他のポイントが稼げません」



 ソフィアは三本目を上げる。



「ではどうするかを私は考えました」



 ソフィア例の煙玉とスピーカーを取り出す。



「これで視界を防ぎ、周囲からの音を誤魔化すことで何が起きているかを察知させないようにしました。こうすることで私への攻撃の意思は散漫し、生存力が稼げます」



 そしてソフィアはゴーグルのようなものを取り出す。



「これは熱を探知するサーモグラフィーに近いものです。これを使い、煙の中からの奇襲を行い殺傷力を稼ぎます」



 アギトの仲間が突然消えた理由は、ソフィアにより退場させられたからである。



「そして先程の音を使い、ある場所では力が拮抗した方々をぶつけました。他にもわざと魔法を当てバランスを崩させたりなどをし、サポート力を稼ぎます」



 今までアギトを苦しめていた煙は消え去り、周りには既にアギトとソフィア以外の一切が残っていなかった。



「そして最後に隠しポイントであるアピール力を稼ぐ為に、アギトさんとはここで私と一対一をしていただきます」

「……ハハ」



 笑うしかなかった。



 ソフィアは何も特別な力を使ったわけじゃない。



 ユーリのような圧倒的技術も、リアのような凄まじい魔力を持っているわけではない。



 ただ事前に情報を集め、そしてその為の準備をし、それを実行した。



 武闘大会は力を示す場。



 それは見せ物ではなく、ただ敵を倒す為だけを求めた学園だ。



「甘えてたな」



 アギトは後悔する。



 自分ではきっとソフィアのような入念な計画は作れずとも、何かしら対策は出来た筈だ。



 今さらになり、それを後悔する。



 だが既にそれは過去のもの。



 今更どうしようもない。



 だが、一つだけまだ残っていることは



「さすがです、ソフィア様。やはりあなたはマーリン家に相応しい人物でしょう。ですが」



 アギトは剣を抜く。



「残念ながら、あなたはマーリン家だ!!」

「そうですね、残念ながら」



 アギトは真っ直ぐソフィアに向かって走る。



 またもや剣がぶつかり合い、音が響く。



「絡め手がないあなたが、俺に勝てると?」



 アギトの怒涛の攻めがソフィアを襲う。



 ソフィアも必死に抵抗するが、魔力で多少勝ったところで長年鍛えたアギトの剣筋に次第にその差が現れる。



「……」

「おそらく本戦に進むのはあなたでしょう。ですが、せめて最後まで足掻かせてもらいます」



 アギトはソフィアの剣を弾く。



 完全な無防備。



 勝負は決した。



「トドメです」



 アギトは剣を振り下ろし、ソフィアを倒すことに



「……?」



 カラン



「どうかしましたか?」



 アギトは剣を落とす。



 ソフィアは何もしていない。



 何故か、手からすり抜けたのだ



「力が……入らな……」

「良い頃あいですね。やはり計算通りでした」



 ソフィアは後ろを振り向く。



 丁度カメラがそこにはあった。



「カメラにはおそらく、優勢だったアギトさんが私の何か不思議な能力で倒されたように見えるでしょう。その不思議が、未知が、向こう側の人達にはさぞ魅力的に見えるでしょう」

「一体……何を……」

「毒です」



 答えはシンプル。



「煙の中に仕込みました。丁度この時間に効力を発揮するくらいでしたので」



 最初から既に勝負は決していた。



 アギトに勝ち目など無かったのだ。



「すみません。私の戦いは、こういったものですから」

「むしろありがとうございます。俺に足りないものが見えた気がしました」

「そういってもらえると助かります」



 そしてソフィアはアギトの剣を拾い


「さようなら」


 第九ブロックは幕を閉じた。

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