第153話

 その後、第八ブロックは何事もなく幕を閉じ、お昼の時間となった。



 本来なら武闘大会は午前で半分、後半でもう半分の予定だったわけだが



「お兄様、あーん」



 どっかの戦闘狂を筆頭に試合を一人で壊すような連中のせいで試合が巻きになってしまった。



「体の素は栄養からだ。しっかり食べないと体を壊すぞ?」



 その結果、午後の試合が終わった後に謎のエキシビジョンマッチがあるらしい。



 嫌な予感しかしないが、おそらく危険はない……筈。



「あ、私のお弁当も食べてね。徹夜して作ったから」



 普段なら俺が周りを警戒すべきだが、エリカがいる今ならば邪神教の殆どが力を存分に使えない。



 その為邪神教に関しては警戒を緩めてもいいが、危険はいつも複数存在する。



 特に、カーラやリーファがいる場所は少し気が気で無くなる人間もいるだろう。



「桜が遅れた理由ってもしかして……」

「え、えへへ」



 武闘大会という大きなイベント。



 今までの傾向で、何かしらの事件が起きることは予想がつく。



 知識がないなら、今あるもので事前に策を練るしかない。



 ゲームでは真がマンツーマンで最強の護衛としてついていたが、奴はもういない。



 その上、守るべき対象は複数。



 この場合、果たして最も安全な方法とは何か。



「あ、すみません。そこの野菜取ってもらえます?」

「あ、うん。ど、どうぞ」

「そう緊張しなくても大丈夫ですよ、リーファさん」

「き、緊張なんてしないよ……うん」



 そうそれは



「賑やかで楽しいですね」

「騒がしいだけだろ、こんなもの」



 みんなで仲良くご飯を食べることであった。



「美味しいですか?お兄様」

「使用量さえ間違わなければ、大抵の食材は美味いようにできてるんだ」

「つまり毎日お兄様の為にお味噌を作れということですね」

「言ってねぇよ!!」



 リアは俺の話を無視し、ニコニコと俺の口に手作りの料理を運ぶ。



 正直嬉し過ぎて涙が出そうだが、俺は頑なな意志で平然とした顔を保つ。



「随分と丸くなったねぇ」

「最初の頃からトゲトゲしさは大分無かったがな」



 ユーリと桜がコソコソと喋る。



 チラチラと俺の方を見ているから、おそらく悪口だろう。



「す、すごい……これ高いお肉じゃない?」

「あ、そちらは一枚で¥¥¥¥¥¥ですね」

「……」



 リーファが目を丸くする。



 ちなみに俺も普通に驚いた。



「通りで美味いわけだ……」

「お姉様も私達のお家に来て下されば、毎日食べられますよ?」

「うーん、きっとそれも最高に幸せなんだろうけど……私は何かを待たなきゃいけない気がするの。だから、まだ一緒は無理かな」

「そう……ですか」



 リアは少し悲しそうに笑う。



 リーファも気まずそうに料理を口に運ぶ。



 突然気まずくなる空間だが、そんな空気を彼女が無視するはずもなく



「あ、そうだ!!三人って本当に家族なの?正直全然似てないと思うんだ」



 桜が間に割って入る。



「似てないのは血の関係かもですね。私は元々グレイスのものではないですし、お姉様も亜人故にお兄様とも全く別の体の構造になっていますので」

「なるほど、家族なのにみんな違うとはミステリーですなぁ」



 桜はつけ髭と虫眼鏡を取り出し、あたかも探偵かのような演出を醸し出す。



 多分これがしたかっただけだ。



「……どうしたの?桜」

「えっと……なんだかリーファには悪いけど、下から順にしっかりしてると思って……」



 下から順にということは、俺は二番目か……妥当だな。



「酷い!!」

「ごめんごめん。でもリーファは可愛いから大丈夫だよ」

「何が!!」



 お陰様で相変わらずの人見知りをしていたリーファも、段々慣れてきたようだ。



 そんなリーファと初対面のエリカとソフィアは



「ソフィアさんは第九ブロックでしたね」

「そうなんですが、意外と皆さんが毒やら兵器を使わないことに驚きました。もしや空気読みでもしているのでしょうか?」

「ど、どうなんでしょう。毒は一応私が治せますが、あまり危険なものは使わないで下さいね」



 なんか物騒な話をしていた。



「それにしても」



 豪華過ぎる。



 ここまでヒロインが一斉に揃う瞬間を見るのは初めてだ。



 やばい泣きそう。



「何で急に泣いてるの?」

「埃が目に入ったんだよ」

「にしては洪水みたいになってるけど……」



 リーファがツッコミを入れる間に、リアがいそいそと俺の目元を拭う。



「それにしても、なんでこんなところで食べてるの?周りからの目線が凄いんだけど……」



 周りを見ると、同じように昼食を食べる学生達。



 その目線は完全に俺達に釘付けである。



「私が来た時にはリアちゃんとアクトが座ってたから、そのままお邪魔したけど」



 桜はその時の状況を伝える。



「そしたらクタクタのユーリがソフィアと歩いて来て、そのまま一緒になって」



 ん?



 桜とソフィアに接点は有ったのか?



 色々と原作とはかけ離れ過ぎて、本当に分からなくなってきたな。



「それからリーファとカーラちゃんを誘おうと歩いてたらエリカ様に会って、そのまま連れて来ちゃった」

「連れて来られちゃいました」



 エリカとも交流があったのか!?



 嘘だろ一体いつの間に……



「あ、もしかしてエリナって呼んだ方がいい?」

「エリカで大丈夫ですよ、桜さん」



 なるほど。



 おそらく真繋がりで会っていたな。



 それで勘の良い桜はエリカの存在に気付いたと、そんなオチか。



「そんで最後に隅っこでうずくまってたリーファを捕まえて終了って感じかな」

「それは言わなくていいよね!!」

「ちなみにカーラちゃんはお家でお昼寝するって言って帰りました」



 むしろこんな時間に起きてることが珍しいけどな。



 カーラは完全夜行性であり、その睡眠時間は16時間といった域に達している。



 それはある意味で、彼女が人生に飽きない為に生み出した独自の生活リズムなのだろう。



「てなわけだから、まぁ結論はアクトがいたからだね」

「なんでこんな場所で?アクトならもっとこう……『俺様は群れるのが嫌いだぜぇ』とか言って人気のない場所で一人で食べない?」

「リーファ、お前俺様を馬鹿にしてるのか?」

「若干……」

「おい!!」



 でも大体合ってるんだよなぁ。



 なら何故、俺がわざわざこんな目立つ場所で食べているのか。



 別にモテ自慢がしたいわけじゃない。



 ヒロインを一箇所に集める為には、この場所が色んな意味で最適だっただけだ。



 まぁこんなこと口が裂けても言えないがな。



 ちなみにリアは何故か最初からここに座っていた。



「それにしても圧巻だねぇ」



 桜はニヨニヨとした顔をする。



「桜、その顔は誰かに似ているからやめておいた方がいい」

「ありゃりゃ、お恥ずかしい顔をしてすみません」

「おい待て、何故俺様を一度見たユーリ」

「鏡を見たらどうだ?」

「どうぞお兄様」



 スッと現れた鏡には、ニヤニヤした俺の気持ちの悪い顔が映っていた。



「……」

「真顔になりましたね」

「でもアクトの気持ちも分かるよ〜。なんてってたって、右を見ても美少女、左を見ても美少女、鏡を見ても美少女なんだから」



 眼福眼福と、おじさんみたいなことを言い出す桜。



「このまま私達でアイドルユニットでも作ってみる?グループ名は黒一点で」

「おい、何故俺様が入っている」



 普通におかしいだろ。



 だが、桜はキョトンとした顔をし



「だって、ここに私達がこうしていられるのはアクトがいたからでしょ?」



 風が吹いた。



 俺の心を優しく包むかのような、優しい風が



「お兄様は本当に涙もろいですね」



 リアが微笑む。



「ああ……目に埃が入ったんだよ……」



 涙が止まらなかった。



 何もない普通の日常。



 そんな普通が、そんな当たり前が、俺にとっての一番の夢だった。



 そして夢が今、まだ完全とは言えない不恰好な夢が、こうして実現している。



「ご気分の程はどうですか?アクトさん」



 エリカの言葉に俺は



「最悪だ」



 そんな俺を見てエリカは



「嘘ですね」



 笑顔を返すのであった。

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