第147話

 <sideリア>



 あの日、一人の男が叫んでいた。



「俺がアクトグレイスをボコボコにしてやる!!」



 Zクラスという学園からいつ追い出されても仕方のないような人。



 当時はお兄様の活躍は少なく、過少な評価を受けることも納得していた。



「申し訳ございませが、私の兄は少しずつ変わろうとしています。対戦の結果は問いませんが、必要以上の攻撃はやめていただけませんか」

「これはリア様じゃないっすか」



 私の顔を見たZ(仮)は、ニヤついた笑みを浮かべる。



 あ、この人



「安心して下さい。俺が、リア様をあのドブから解放してみせますよっと」



 ダメだ。



 自分の正義を信じて疑わない。



 それ故に、正義に反するものは皆悪と断ずる。



 それは俗に言う知能の欠けた人間が、思考をしない為に生み出した方法である。



「私は洗脳や脅しといった類のことをされた記憶はありませんよ」

「分かってます分かってます。そう言えと言われているんでしょ?」

「……」



 この場合、話は平行線になってしまう。



 この話の決着は、私がお兄様に何もされていないという身の潔白を示すことのみ。



 そして、その証拠を持ち合わせていない私に出来ることは



「失礼」

「ん?一体どうしまーー」



 風魔法で頭を揺らす。



 急激な脳の揺れにより、Zはそのまま意識を



「なるほど、どうやら根深い問題のようだな、バツ」

「俺も同意見だよマル」

「誰ですか」



 失うことはなかった。



 風魔法を打ち消されてしまった。



 まだ一年とはいえ、既に学園レベルの勉強を修める私と同じ魔法を扱える。



「どうもリア様、二年Aクラスのマルです」

「同じく二年Aクラス、バツです」

「「どうぞよろしく」」



 無駄に顔の良い二人が現れた。



「それにしてもリア様いけません。奴のせいで貴方様がその御手を汚される必要はありません」

「その通りです。彼を邪神アクトへと近付けさせないことも分かりますが、どうぞ自由にしてあげて下さい」

「そうだ!!俺はアクトを倒す!!」



 Zと突然やってきた二人が盛り上がる。



 私は一体何を見せられているのか。



「というわけで俺ら、これから作戦会議してくるんで、リア様待ってて下さいね」



 そのまま無防備に背中を向けた三人。



「クズですね」



 私はそのまま魔法を打ち込んだ。



 ◇◆◇◆



「少しお話ししませんか?」



 声をかける二人の生徒。



 リアは一瞬顔をしかめるが、直ぐにいつもの笑顔に戻す。



「えっと……マルさんと、バツさん……ですか?」

「覚えていてくれたのですね」

「光栄です」

「はい、忘れたくても忘れられないもので」



 リアはニコリと笑う。



 元々記憶力の良いリアだが、それ以上に頭に残り続ける理由は



「その後、Z組の方とは仲良くされているのですか?」

「えっと……すみません、どなたのことでしょうか?覚えてるか?バツ」

「覚えてないな」

「……以前、私とマルさんが出会った際に一緒にいた方ですよ」



 リアの笑顔にほんの少しヒビが入る。



 その間にリアは何度か魔法で攻撃しているが、それらは全ていなされる。



「ああ!!思い出しました!!彼ですね彼」



 マルは天命を受けたかのように顔を明るくする。



 まるで、居たことすら忘れていたような口ぶりである。



「彼はその後、暴力沙汰を起こして学園を出たのですよ。いやー、残念な話ですよ」

「……そうでしょうか?あの方が大怪我を負わせた相手が棄権した結果、マルさんはAクラスに上がれたと聞きましたが」

「残念に決まっています。何故ならこうして」



 マルはリアの周りの護衛を次々に蹴散らしていく。



「僕の実力を証明出来なかったのですから」

「リア様!!お逃げ下ーー」

「うるさい」



 そして遂にはリア以外は皆、退場となってしまう。



「バツ」

「ああ、分かってる」



 まるで意図したかのように、バツは近付く選手を次々と追っ払う。



「少々静かにお話がしたかったものでして」

「……」



 リアは笑顔を崩さない。



 グレイス家で生き残るために鍛えた処世術が、悲しくも生きた瞬間である。



「実は、僕は学園を卒業した後はグレイス家へと勤めようとしていました」

「そうなんですね。マルさんの実力ならきっと可能だと思いますよ」

「リア様にそう言って頂き光栄です」



 程の良いコネである。



 そう、何故今までリアにこの男が接触していなかったかといえば



「それにしてもお父様の件、僕は非常に胸を痛めました」



 標的が消えたからである。



「まさか、あのザンサグレイスがあのようなことを」

「……そうですね。私も気付きもしませんでした」



 リアは敢えて話を避けた。



 あくまでリアとザンサに関わりはない。



 ザンサの罪は全て持っていって貰わなければ割に合わないのだ。



 すると



「ああ……なるほど」



 そんなリアの言葉にマルは何かを思いつく。



「なるほど……とは?」



 リアは唐突な寒気を感じる。



 嫌な予感というものだ。



「いえ、なんでしょう。今にして思うとザンサとアクト。悪いことをする奴らってのはなんだか似たもの同士だなと思っただけでしーーじ、地震!!」



 突然何の予兆も無しに発生する振動。



 戦闘中の選手ですらまともに立てず、倒れ込む。



「抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ」



 そんな震えと同調する様にリアは体を揺らす。



「お兄様と、あれが似ている?ありえない。脳みそを一度作り替えて、お兄様がこの世界で最も素晴らしい存在だとその身に刻み込んーー」

「リア様!!」



 そんな激しい揺れの中、心配するようにマルはリアへと近付く。



 その発生源が彼女とも知らず。



「リア様手を」



 マルは手を伸ばす。



 だがリアはそんな言葉聞きもしない。



「クソ!!パニックになられている」



 そして都合の良いというか、ある意味正当な分析をしたマルは、リアに向かってその手を伸ばす。



 そしてリアの白い肌に触れようとした瞬間



「お兄様以外が私に触るな!!!!」



 リアの顔が一瞬別のものへと変わり



「皆さん伏せて下さい!!」



 エリカが叫ぶ。



 そして次の瞬間には



 ◇◆◇◆



「えー会場が暫く使用不可能になりましたので、皆様は先生方の指示に従って行動して下さーい」



 キナコの言葉の後、生徒達は各々好きなように時間を潰す。



 ちなみに会場は、周りへの被害は結界によって防がれた。



 だが、ヒビの入った結界の貼り直し、そして底の見えない穴を埋める作業が待っている。



 もしも退場方法が空中でなければ、何人かはその穴へ真っ逆さまだっただろう。



 ちなみにことの顛末を起こした張本人は



「怒られてしまいました」



 笑顔で俺に強力なホールドを決めている。



「アンの力はどうやら私にまで影響があるみたいですね。力が暴走してしまいました」

「なんだその厨二みたいな設定は」



 最後に見えたのは、リアからアンへと移り変わった様子だった。



 やはりそうか



「神の力と感情がリンクしているのか」



 元々神と感情の関係性は深い。



 例えばルシフェルは負の感情を、愛の女神ならばそれこそ恋という感情に惹かれる。



 そして今のリアの行動や、今までの俺の行動を省みると、感情が大きく揺さぶられた時、強制的にその力を引き出している。



 ……ん?



 いや……そんなはずない。



 あるわけがない。



 だがあの時のルシフェルの言葉、そして邪神の特性はそう



「お兄様、どうかされましたか?」



 俺の顔を覗き込むリア。



 大変可愛い。



 もう好き。



 こう考えるとやっぱりおかしな話だ。



 荒唐無稽も甚だしい。



 だってこんな可愛い子が将来



「お前の将来について考えてたんだよ」

「お兄様のお嫁さんですね」



 世界を滅ぼすなんて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る