第146話

「アクト君私負けちゃった〜」



 遠くから走って来るユーリ。



 普段の背筋を伸ばし、凛とした姿など微塵も感じさせない完全女の子スタイルである。



 ここからの俺の選択は三つ。



 受け入れる



 躱す



 死ぬ



 のどれかだ。



 当然俺の選択は



「逃げるだ!!」



 俺は伝家の宝刀を抜く。



 逃走こそ我が武士道なり。



「どうしよう、お父様に申し訳が立たないよ〜」



 だが既に回り込まれていた。



 今の姿の方が数百倍申し立てが無いと思わないのか?



 いや、あいつなら



『いいぞユーリ!!そのまま押し倒せ!!』



 とか言うんだろうな。



「負けた内に入らんだろあれくらい。お前は貴族としての役割を果たした、それだけだろ」

「やっぱりバレちゃってたか」

「俺様は天才だからな」

「目的は達成した。民達の目には、未来の学生は明るいと知らしめることが出来ただろう」



 森のクマさんを撃退した英雄ユーリペンドラゴ。



 そんな英雄に多体一ではあるものの、勝利を収めた学生。



 ユーリにとってこの武闘大会は勝つものではなく、より良い未来を作る為のものと考えているのだろう。



「それぞれの思惑があるってことか」



 リアは亜人への偏見を無くし、リーファの生きやすい世界を作る。



 ユーリには人々への安心を与え、未来を明るいものにしようとしている。



 そして俺は



「可愛い女の子を好きに出来る権利を手に入れる」



 どうしてだろう、自分がとてつもなくちっぽけな人間に思えてきた。



 死にたい。



「アクトはいつも通り、初戦敗退を狙うということでいいか?」

「いや、俺様は登るぜ。上に」

「なに」



 ユーリは目を見開く。



 そして普段のような凛々しい目を向ける。



「何かあるなら手を貸そう」

「必要ないし何もない。お前には関係のないことだ」

「……また、隠し事か?」



 おいおいユーリ、なんだその目は。



 俺は大事な嘘しかついたことないぜ。



 それに



「今回は本当に、何もないんだ。俺様を信じろ」



 強いていうなら、俺が犯罪者として見られる可能性が高いことは確かだな。



「……そうか。ならいいんだ」



 ユーリは笑顔を見せる。



 だが直ぐに顔を元に戻し



「だが、アクトが勝ち上がると少々民達が血気盛んになりそうでな。悪いが」



 ユーリはまるであの時のように



「貴様を倒させてもらう」



 とキメ顔で言っているが、先程から何度か手を繋ごうとしてきている辺り、残念な子である。



 ちなみにその後、しばらく手を(強制的に)繋いだ。



 ◇◆◇◆



「さぁ続きまして第二ブロック。今回も三人の注目選手をご紹介します」



 会場が盛り上がるのはよろしいが、それにしてもあのキナコ、妙に選手に詳しいな。



 いや、俺が知らないだけかもしれないし考え過ぎか。



 ゲームに登場するキャラなら覚えてる自信があるんだけどな。



「一人目が二年Aクラス、マル選手。その実力は邪神教襲撃の際、お一人で三人を相手取る程の実力。そんな彼が成長し、一体私達にどのような伝説を見せてくれるのでしょうか!!」



 ……誰だそいつ。



 え?いたっけ?



 まずいな、同じクラスメイトの名前すら認識できていなかった。



 いや興味なかったことは事実だが、授業などで名前を呼ばれる機会もあったはず。



 だが、俺はマルなんて名前は全く身に覚えがない。



「歳はとりたくないもんだな」

「まだ17歳のくせに調子に乗るんじゃないぞ」

「うるさい0歳児」



 ルシフェルの口にチョコを突っ込む。



 幸せそうに食べる様子を見て、俺は前世での兎への餌やりを思い出した。



「そして二人目も同じく二年Aクラス、バツ選手。やはりこの世代は色んな意味で伝説と呼べますね」



 オブラートに包んだな、あいつ。



「バツ選手はなんと、前回の大会では途中で怪我により途中退場したそうです。今回は是非ともその力を発揮して欲しいものですね」



 怪我?



 そういえば、前回の大会で俺が準決勝まで上がれた要因の一つって



「そして最後はやはりこの御方。文武両道、眉目秀麗、温厚質実とは彼女の為に作られたと言っても過言ではありません!!」



 さっきからこいつ過言なことしか言わないな。



「一年Aクラス、学園のアイドルこと、リアグレイス様です!!」



 ユーリの時と同じように大絶賛である。



 まぁリアも良い子だからね……多分……。



「それでは選手入場です」



 説明することはないだろう。



 同じようにゾロゾロと人が流れ込んでくる。



 先程の魔法合戦で削れた地面も、今ではすっかり平坦なものになっている。



 そして



「「「「「リア様ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」



 人気者の登場は分かりやすくて仕方ない。



「……」

「返さなくていいのか?」

「アクトがそんなことする筈ないだろ」



 リアはこちらに目を向け、手を振る。



 その中間地点にいる観客は大盛り上がりだ。



「それではカウントダウンを開始したいと思います!!」



 キナコの声援と共に



「5」



「4」



「3」



「2」



「1」



 スゥッと息を吸い込み



「試合開始!!」



 金属がぶつかり合う。



 今回はユーリの時のような構図は出来ないらしい。



 それどころか



「リア様、お守りします」

「ありがとうございます、皆さん」



 幾人かの生徒がリアを守るようにグルリと展開される。



 そしてリアは遊ぶように、生徒に合わせた威力の魔法を打ち続けている。



 リアにとっては予選はあくまで前哨戦。



 勝って当然ならば、出来るだけ力を温存し、手の内を隠す。



 非常に利己的である。



「……それにしても、意外とレベルが高いな」



 こうして冷静に見てみると、学生のレベルの高さに驚く。



 邪神教が攻めてきた時は頼りなかった印象だが、あれは実戦の経験の少なさからだろう。



 こうして大会という名目であれば、その実力を存分に発揮できるわけか。



「……」

「おいアクト、普段以上に悪い顔してどうしたんだぞ」

「これは使えるな」



 つい笑みが溢れてしまう。



「あいつらを全員、ヒロインを守る戦力へと変えてやる」



 俺は密かにとある計画を立て始めた。



 ◇◆◇◆



 <sideリア>



 退屈。



 今の私には愛おしさと気怠さだけが胸の内を占めていた。



「アン、お兄様はどうしていますか?」



(え?分かんない。アクトお兄ちゃんはバカな時以外はいつも警戒してるから弾かれちゃう)



 さすがお兄様。



 あぁ、会いたいです。



「どうかされましか?リア様」

「いえ、なんでもありません。このまま共に最後まで生き残りましょう」

「はい!!」



 分かりやすい好意を私に向ける。



 全く、恋愛の駆け引きというものを知らないのだろうか。



 恋愛は好意を悟られたら負けだとお兄様が言っていました。



 確かにこの人に対して私は一抹の感情も抱いていない。



 なるほど、お兄様の言うことはやはり正解でした。



 私もお兄様への好意を隠し続けいるけど、大変だな。



「はぁ、もっとイチャつきたいですお兄様」



 思いを馳せ、ただ魔法を打ち続ける。



 開始から一歩を動かずに、出場選手が半分を切った頃



「リア様!!」

「……あなたは」



 私の目の前に現れたのは



「少しお話ししませんか?」



『アクトとは距離を取った方がいい』



 あの時の……



「なん……でしょうか?」



 その時の私の笑顔は、これまでにない程引き攣っていたという。


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