第141話

「ここに来るのも久しぶりだな」



 遠くにはシスターと子供の姿。



 以前までは簡素な服でどこか痩せた様子だったが、どっかに毎月馬鹿みたいに寄付をするアホのお陰で今では健康そうな顔立ちだ。



「これはアクト様!!ほ、本日はどのようなご用件で!!」



 俺を見かけたシスターの一人が凄まじいスピードで俺の元にやってくる。



「エリカを呼べ」

「せ、聖女様はただいま少し多忙でして……その……」

「……チッ」

「ヒィ!!」



 ガタガタと震えるシスター。



 最初の頃はこんな反応ばかりだったが、最近は少し彼女達のせいでおかしくなってきてる。



 もっと気を引き締めないとな。



「俺様は寛大だから待ってやる。おい、俺様専用の個室を案内しろ」

「も、もちろんです!!」



 シスターが地面にぶつけるんじゃないかと思うくらい頭を下げる。



 果たしてアクトはこんな態度を取られて幸せだったのだろうか。



 情状酌量の余地はないとはいえ、少し思うところがないわけでもないな。



 遠くに見える子供達は、まるで俺を射殺さんとばかりの視線を向ける。



 街を歩けば似たような目線が飛んでくる。



 世間から見たアクトグレイスは変わらず憎むべき対象なのであろう。



 それで正解なはずなのに、なんだか少し嫌な感じがしてくる。



 別に俺は他人の目とかは気にしない。



 あいつらが俺のことをどう思おうが気にしない。



 にも関わらず、この気持ちを説明しようとするなら



 俺はもしかして



「認めて……欲しいのか?」

「こ、このお部屋にどうぞ!!」



 中に入り、とある部屋に連れて行かれる。



 いやここ



「司教の部屋じゃねーか」

「ど、どうしてそれを!!」



 そういえば俺が司教の事件に関わった一人だとこいつらは知らないのか。



「犯罪者の部屋に俺様を入れようとはいい度胸だな」

「も、申し訳ございません!!で、ですがアクト様に相応しい部屋はここ以外になく」



 確かに部屋の中は以前と違い綺麗になっていた。



 破壊された後を修復するために大リフォームをしたのだろう。



「いいだろう。とりあえずここには誰も入れるな、いいな」

「は、はい!!」



 そしてシスターは猛ダッシュで部屋を出た。



「懐かしいな」



 俺は無駄にデカい椅子に座る。



「我はむしろ昨日の出来事みたいだぞ」



 そんな俺の上に座るルシフェル。



「しばらく暇だから外でプラプラしてきたらどうだ?」

「いや、我は今こうしていたい気分なんだぞ」

「そうか」



 それから俺とルシフェルは特に何もすることなく、適当に雑談を交わしながら時が過ぎるのを待った。



 そして昼頃になり



「お待たせしました」



 部屋の中にエリカが入ってくる。



「本当にな」

「最近は色々とありまして……本日はどのようなご用件で?」

「ん」

「あ……綺麗な腹筋ですね」

「ん!!」



 俺は腹の横を突き刺し、貫通する。



「また、お怪我を」

「かすり傷だ」

「普通なら死んでいるのですよ?」



 エリカは俺に触れ、魔法を唱える。



 見た目の変化はないが、俺の傷口が閉じていくことが分かる。



「なんだか無茶をするあなたを止めたい自分と、それがあなたらしいと思ってしまう自分がいます」

「それが普通だろ。俺様とお前は違う。誰かの気持ちに寄り添うなんて不可能なんだよ」

「確かにその通りですね」



 ソッと俺の手に触れられる冷たい手。



「私は……あの人に何かしてあげられたのでしょうか……」



 力が入る。



 エリカにしては珍しく感情的だ。



 やっぱりエリカ、君は……



「好き……なのか?」

「……ええ!!」



 俺の質問に動揺するエリカ。



「ど、どどどどどどどうして急に!!ア、アクトさんらしくないですよ!!」

「別に、ただ気になっただけだ」



 普段は気を張っていて大人見えるが、エリカもまだアクトと同い年だ。



 こうして見るとやっぱり普通の女の子だな。



「好き……なんでしょうか……」

「さぁな。俺様が分かるはずないだろ」



 ズキズキと胸が痛む。



 好きな子が誰かとくっつくと思うと脳が破壊されそうだぜ。



 でも



「後悔しないように生きろ。誰かのためじゃなく自分の為に。それが誰かにとっての幸せになることだってあるんだからな」



 居た堪れない気持ちになったため、俺は逃げるように椅子から立とうとする。



「……ん?」



 重い。



「ル、ルシフェルお前!!」



 こいつ、寝てやがる!!



 よだれ垂らして熟睡している。



「好きに……生きる……」



 どうしよう。



 俺の性格は嫌なことから逃げるなのだが、その手段を封じられてしまった。



 無理矢理ルシフェルを起こしてもいいが



「グッ!!可愛い!!」

「か、可愛い!!」



 なんだこの生物は。



 普段のアホ面を見せてくれればいいのに、こうしているとただの美少女ではないか。



 俺は気を紛れさせるためにルシフェルのほっぺを突く。



「なぁエリカ」

「は、はい!!なんでしょう!!」



 抑揚激しいな。



「この部屋、覚えてるか」

「……忘れもしません。あの件がなければ、この教会は既に無かったでしょう」



 エリカは浸るように目を瞑る。



 あの日の情景を思い出しているのだろう。



 対して俺はどうにか空気を変える話題を考えるので精一杯である。



「アクトさんには本当に感謝しかありません。あの時、司教を止めて下さりありがとうございます」



 丁寧に頭を下げる。



「フン、あんなものただの暇潰しだ。べ、別にお前のためにやったわけじゃないんだからな」

「ふふ、そうですね」



 俺のツンデレに分かり手みたいな返しをするエリカ。



 あ、そういえば嘘通じないじゃん。



 やべ、忘れてた。



 うわぁ、俺変なこと言ってないよな?



 若干パニックになる。



「あれ以降も謎の人物から送られ続ける寄付により、私達の生活はとても豊かになりました」

「そ、そうか」

「王が変わり、今までは有力な家に警戒していましたが、現王女により教会へ来るお金も増えました。最近は子供達に初めてステーキを食べさせてあげられました」

「いい話なんじゃないか?」

「そうですね。それから最近はとある方が草むしりなどを手伝ってくれていたのですが、音沙汰がなくなり少し困っているんです」

「そりゃ困ったな?」

「そうなんです。ですので殿方の力があると助かると思うんです」

「そうだな?」

「ですので手伝ってくれませんか?」

「え……いや……」

「嫌かしても良いかで答えて下さいね」



 やっぱりこの子は危険である。



 ◇◆◇◆



「暑い」



 俺は軍手をつけ、長く生えた草を引っこ抜く。



「楽しいですね」



 隣には麦わら帽子を被ったエリカ。



 可愛い好き。



「偶にこうして汗を流すと気持ちいいですね」



 いや全然。



 クーラーの効いた部屋でゲームしてる方がいいけど?



 まぁ隣にエリカがいるから十分だが



「魔法使える奴にパッパと頼んだ方が速くないか?」

「それだと周りのお花まで傷つけるかもしれません。腕の良い方々はお忙しいので忍びないですし」

「俺様は?」

「暇そうでしたので」



 あってますけどね?



 そんなストレートに言わんでくれます?



 闇魔法と光魔法という草むしりに不向きな使い手が集まってしまった。



 魔法は便利だが、万能でもないのかもな。



「それに、こうして誰かと一緒に何かをすること自体が楽しいですから」

「……」



 そう、この作業を以前まで一緒にしていた奴は



「どうかしましたか?」

「いや、少し熱に当てられただけだ」

「水分補給はしっかりとですよ。お願いしている身ですので、遠慮なく休憩はして下さいね」

「……いや、全部片す」



 そのまま日がオレンジ色になるまで作業は続いた。



 エリカは途中で何度か抜けては戻ってくる。



 多忙の中でも時間を作っている様子は、こちらの方が無理をするなと言いたい気分になる。



 そしてエリカがいなくなると



「……お兄ちゃんは」

「あ?」

「も、申し訳ございません!!」



 子供が話しかけてくる。



「どうしてお兄ちゃんじゃなくてお前が来るんだ」

「俺様はあいつに言われてやってんだ。ガキがごちゃごちゃうるせぇな」

「も、申し訳ございません!!後でしっかりとアクト様のことを」

「お兄ちゃんを返せ!!」

「……」



 これが本来の俺の姿のはずなんだけどな。



 俺はラスボス、そして世紀の大悪役だ。



 そう、これが正しいんだ。



「今日は機嫌がいい、見逃してやる」



 シスターは顔を輝かせ、逃げるように子供を連れて行く。



 子供は最後まで俺を睨み続けていた。



「好かれてたんだな」



 真、お前は本当にダメな奴だ。



 こんなにもお前を待ってる人間がいるのに。



 俺と違ってお前はこんなにも



「ワ!!」

「うおっ!!」



 不敵な笑みを浮かべるエリカが顔を出す。



「やっぱり優しいですね」

「なんのことだ」

「なんだか私達、似てると思いませんか?」

「何がだ」



 俺の隣に座り、花々を見つめるエリカ。



「どちらも自分を縛り付けている。籠の扉は開いているのに、その向こうを見ようとしない」

「俺様は自由だ」

「そうですね。私も自身が好きなように生きていると信じています。それでもやはり、胸の奥に刺さった棘は、真実を何度も教えてくる」

「……」

「真さんもきっと、今の私達の同じなのではないでしょうか」

「あいつが?」

「目の前に簡単なゴールがあるのに、素直になれずに何度も迷って、巡って、そして間違った道に進む」

「俺様が間違ってると?」

「どうでしょうか、私にも分からなくなってきました」

「なんなんだ本当に」



 今日のエリカは変だ。



 やっぱり心に大きなダメージがきているのか?



「いつか、話せるといいですね。お互いに」

「……そうだな」



 多分その時に俺はもう



「このまま、時間が止まればいいのにな」

「……ふぇ!!」



 そして何故かそれ以降一言も喋らなくなったエリカを置いて、俺は家へと帰ったのだった。

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