第137話

 二つの呼吸が重なった。



「チッ」

「僕達の体はあくまで魔力で出来ている。形を崩すことは出来ないが、例えば」



 神の手には突然槍が握られ、男はそれを剣で受け止める。



 だが



「何!!」



 それは剣を貫通し、そして男の頬を掠った。



「イテェ」

「魔力にだって違いはある。火の魔法を使える者、水の魔法を使える者、そういった違いがあるように神と人間の間にも魔力の差が生まれる」

「……聞いてねぇよ」



 神は攻撃を止め、男は荒げた息を整える為にお喋りに付き合うことにする。



「だから君の剣と魔力を貫通し、僕の魔力で生成された槍は君の攻撃を防いだ。そして神という上位存在である僕の魔力は、人間の物質と魔力をすり抜け、君には傷をつけることが出来るという上位互換の操作が出来てしまうのさ」

「おい、あんま適当なこと言わない方がいいぜ。お前の言ってることは穴だらけだ」

「僕はこれでも知識を司っているもんでね。悪いけど間違ってる理由を教えてみてくれないか、人間如きの脳で」

「はぁ、神ってのはどいつもこいつも個性的な奴ばっかだな」

「うむ、我のことじゃ無いな」



 男が頬に触れると、傷は塞がる。



 だが実際には見た目だけであり、男の血液が減っているのは事実。



 短い戦闘で呼吸が乱れているのがその証拠だ。



「まず俺様の魔力はお前らと同じ神の魔力で出来ている。ならこの剣に宿った魔力をすり抜けることは出来ないだろ」

「君の方こそ無知を晒すな。神は人間の信仰や感情を魔力に変換する。神を人間界に降臨させる方法だって似たようなものが多い。それくらい知ってるだろ?」



 男は考える動作を見せることなく



「当然だ」



 そう答えた。



「人間の思いってのは次元そのものすら超えてしまう。だから僕達の世界に来た感情や信仰は神の魔力として受け取られ、人間の世界で得たそれらは人間の魔力として得られる」

「つまりなんだ?俺様の使ってる魔法は人間の魔力だからすり抜けちまう。そう言いたいのか?」

「そうさ。そして君の神が今の今まで人間界で一度も攻撃を受けたことがないのは、その体は神の魔力で作られているから。そして君に触れることが出来るのもまた、神の魔力所以のものさ」



 神が意気揚々と喋る内容を、男は噛み締めるように整理する。



「俺はまだ、人間なわけか」



 男は笑い



「どうでもいいな!!」



 そして男は走り出す。



「僕がわざわざお喋りを始めたのは何も君の回復を待つ為じゃない。時間稼ぎの役目はもう十分果たした」



 神が手を向ければ、そこには幾何学模様が浮かび上がり



「安心してよ。今度は透けないから」



 辺りは爆発した。



 ◇◆◇◆



 <sideソフィア>



「アクト!!」



 激しい爆発音が響いた。



 プロパンさんの出した鏡の向こうの景色が見えなくなる。



「プロパンさん!!アクトは、アクトは無事なんですか!!」

「今のは人間の魔力を元に作られた魔法だ。つまりは神には通用せず、人間にのみダメージを与える我々にのみ許された自爆技だ」

「そんなことを聞いてるのではありません!!私の質問にーー」

「既に我は解を示している筈だ」

「え?」



 画面の煙が晴れ始める。



 そこには



「これって……」

「そう、これはただの負け試合。心配をするなら常に自分の身のことを考えていた方がいい。お主はただの人間なのだから」



 勝負はついていた。



 アクトの剣があれの胸を貫いていた。



「それは……アクトが別の世界から来たからでしょうか」

「それも既に答えた筈だ」

「そうでしたね。それ以上の詮索は無しが条件でした」

「賢い上に物分かりもいいと、娘にも見習って欲しいものだ」



 プロパンさんは本当に娘さんが大切なのだと分かると同時に



「……すみません。答えたくなければいいのですが」

「例の件以外は何でも答えよう。お主の好意が我らの生命線だからな」

「では遠慮なく」



 私は今の戦い、そしてプロパンさんの会話から導き出したとある可能性を話す。



「もしや、プロパンさんの娘さんは世界を塗り替えようとしているのですか?」

「……聡明だな、やはり」

「おそらく、いえ確実にあなた方の今の行動は重要なものと言えます。それにあなた方は自身の命に重きを置いているのにも関わらず、優秀な娘さんの姿が見えないのは、この矛盾した世界の仕組みを塗り替える為の何かを行なっているから。とりあえずはこのような結論が腑に落ちました」

「一部の狂いもなく正解だ。我らも甘んじて死ぬ気は毛頭ないのでな」



 私はその言葉が嘘だとなんとなく分かった。



「わざわざ集団で襲うのでなく一人ずつ相手をさせるというのも時間稼ぎという意味では理解できました。ですが、それ故に新たな疑問も生まれました」

「なんだ?」

「アクトに直接話せば良いのでは?私も説得に応じても良いですし」

「それは無理だ」



 無理?



 難しいではなく無理と断言する程の理由ということでしょうか。



「お伺いしても?」

「……」

「ありがとうございます」



 これもアクトの秘密ですか。



「無から有が生まれることはない。であるなら、それを作ったのは我々よりも上の何かしかいない。そんな作られた存在である我らに、果たして自由意志などあるのだろうか」

「哲学ですか?私の分野ではないので詳しい記述は出せませんが、そうですね」



 私は私の答えを出す。



「無から有が生まれないと言いましたが、そこには無があるのです。何も無い状態がそこに有る。ですので無から有は生まれる、私はそう思います」

「言葉遊びだな。……だが、嫌いではない」



 プロパンさんは楽し気に笑った。



「そうですね。屁理屈もいいところです。ですが」



 私はもう一度画面を見て



「理屈で全てを測れる程、私達は縛られていないということです」



 ◇◆◇◆



「だから僕は……最初から嫌だと言ったんだ」



 神が自身の胸に手を当てる。



 刺さった剣により、リンクが切れたのだ。



「イヤイヤ期は餓鬼の頃に治しておけよ神」

「残念、僕は神の中で言えば子供も同然さ。経った300年しか生きてないからね」

「我は赤ちゃんだったのか」

「じゃあさっさと消えろよ」



 男が剣を引き抜こうとするが、ピクリとも動かない。



「それにしても闇魔法はやはり強力だね。正に最強に名高いよ」

「おい!!マジ離せよ」

「話せ?ありがとう君も対話が好きなんだね」

「一人でピッチングしてんじゃねぇよ!!」



 男が何度も攻撃するが、魔力体である神には攻撃が効かない。



 今の神は膨大な魔力により、無理矢理この場に居座っているだけであり、時期に消える。



「はぁ、で何が言いたいんだよ」



 男は剣が抜けないことを察し、仕方なく話に応じた。



「いや、ただ僕がどんな手を使おうとも負ける事実が変わらないことを認識しただけさ。この戦いの結末は全ての者が察していた」

「……また俺様が抑止力って話しか?残念ながらそれは俺様じゃねぇ。お前が負けたのは純粋に俺様の方が強かった、それだけだ」

「そうなのかもね。僕は負けた事実は変わらない。だが」



 神は最後に笑い



「最後に勝つのは僕達だ」



 そうして神は消えたのだった。


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