第136話

 <sideソフィア>



「それでは娘さんの方が素晴らしい頭脳をお持ちだと?」

「そうだ。我の娘は非常に優秀でな。今もまた、何かの研究に没頭している。それが片付けば一度紹介してやろう」

「ありがとうございます」



 プロパンさんは誘拐犯の割には非常に友好的でした。



 その膨大な知識量はまさしく人間業ではないと断言出来ると同時に、どこか人間臭く苦労人なのだと分かる部分もあります。



 出会い方が違えば、もしかしたら友人になれたかもですね。



「そう、我らは敵だ。お主がどれだけ善良であろうと、我らの選択が揺るぐことはない」

「それがあなた方の命を危険に晒してもですか?」

「……もしもの場合のために、お主は囮なのだ。命は平等だと言うが、そんなことはない。我は生きる。その為に最善の手は尽くしてある」

「そうですか。最善なんてもの、存在しないと思いますが」

「……来たか」



 プロパンさんは弱々しく言葉を漏らした。



「アクトが来たんですね」

「……」

「私が知り過ぎてしまった為にここにいるのは分かっています。その……つまりは、アクトが来た世界、そしてこの世界の秘密に触れない限りは話してくれても構わないのでは?」

「好奇心の探究に終わりはない。終わりがあるとすれば、私が恋に落ちた瞬間だと、娘は少女漫画を読みながら良く言っていた」

「随分とロマンチックな娘さんですね」

「そうだな。つまり娘が言いたかったことは結局」



 プロパンさんは遠くを見つめ



「恋とは世界すらも破壊するということだ」



 ◇◆◇◆



「人間、直ぐにここから立ち去れ」

「あ?神如きが俺様に命令とは随分とお高く止まってるな」



 謎の空間に二つは立っていた。



 片方は魅惑と美貌を兼ね備え、正に神々しいという言葉が相応しい存在。



 片方はまるでその首を噛みちぎらんとばかりの悪面をし、紫色の髪はその醜悪性が滲み出たかのようである。



 そんな真反対の見た目をしたそれらが相対するのは、ある意味必然だったのだろう。



「道を開けろ神。テメェらはさっさと尻尾巻いて逃げて、に泣いて詫びれば許してもらえるだろよ」

「貴様、我々を馬鹿にしているのか!!」

「おいおい、俺様のせいにするなよ能無し。お前らの中身がないのは生まれつきだぜ?」

「……我らが不完全体だから勝てると、そう判断しているのなら間違いだ人間」



 一つの神は背中から翼のようなものを羽ばたかせる。



 突風はまるで世界の終わりを示すかのように空間を歪ませ、圧倒的な差を見せつけた。



 そんな災害を前にしても、男が以前変わらずその余裕を崩さない。



「これが神だ」

「ん?なんだ宴会芸の練習なら他所でやれよ。俺様はお前の僕凄いですよ自慢に付き合ってられる程暇じゃないんだ」

「ならば、その傲慢に後悔を抱きながら」



 死ね



 神が男に向かって突進すると同時に男は剣を抜く。



「馬鹿が!!人間の法則が我々に通じると思うな!!」



 神に武器など通用しない。



「だからどうした」



 男は止まらず剣を振るう。



「遅いわ!!」



 剣が振り落とされる前に、男の心臓に手を掛ける。



「カハっ!!」



 男の口から血が吐き出される。



 外界の世界に接した心臓は、未だにドクドクと波打つ。



「終わりだ、人間」

「なぁ、知ってるか」

「何故……生きている」



 男は神の体を掴む。



 魔力で作られた実態のない体に触れた。



「心臓が人体を離れて波打つなんてありえねぇだろ。そんなの漫画の中での話だけだ」

「これは」



 神の握った心臓が霧散する。



「魔力か」

「自身を神と名乗る愚者が言っていたことがある。神も所詮は一つの種族。つまりお前らは全知でもなければ全能でもない。ましてや弱体化したお前らなんぞ話にすらならない」

「我は本物の神だぞ!!」

「貴様……」

「驕るなよ神、お前らは結局人間と変わらねぇんだよ」



 そして男は神の首を切り落とした。



 堕ちた神の首は男を最期まで睨むように見続け、そして消えていった。



「チッ、これで初見殺しが見破られたか」

「でも凄いぞアクト。我はアクトが殺さるんじゃないかとハラハラしたぞ」

「こんなしょうもないところで死ねるか。それにあれは雑魚神だ。今からのはもっと強い奴らがゴロゴロと湧いてくる。気を引き締めろ」

「う、うむ。だがアクト、神に対して雑魚なんて言うのはアクトぐらいだぞ」

「……俺が心に決めた神は一人だけだ。それ以外の一切は結局有象無象の一つなんだよ」

「え?アクトは神様を信仰してたのか?」

「……ルシフェル、お前はやっぱバカだ」

「な!!我は馬鹿じゃないぞ!!」



 こうして男と少女は次の場所へと向かうのだった。



 ◇◆◇◆



「神話でしょうか」



 私はその光景を見て驚きよりも感動がまさった。



 私は今、一つの歴史の幕開けを見ているのだと。



「あれはどういった原理なのでしょうか?神は剣で切れるんですか?」

「いや、あれは切ったのではない、断ったのだ」

「断った?」

「神が人間の世界に干渉する為には本体ではなく魔力で作った体で干渉する。まぁ、例外もいるのだがな」

「それは何故でしょうか?」

「理由を説明するのは難しいな。人間が海で呼吸できなくとも魚が出来るように、人間が空を飛べなくとも鳥はその翼を羽ばたかせるように、生まれついての性のようなものだ」

「そして魔力は人間で言うところのガスボンベであり、翼であるように、神にとっても人間界に接触する為には魔力を経由するということですね」

「その通りだ。飲み込みが速い者と語るのは楽しくもあり、その才能に嫉妬することもあるな」



 プロパンさんはどこか遠くを見ていた。



 それがこれの娘であると、なんとなく察せた。



「そしてあの少年は本体と魔力の結合を断った。闇魔法は次元を離す。あの御方の力であれば造作もないだろう」

「どうにも納得出来ませんね。あなた方であればアクトの体が普通ではないと知っていたはず。何故あれにその情報を伝えていなかったのですか?」

「結末は変わらないからだ。彼が真実に思い出し、この場所を目指した時点で」



 プロパンさんは諦めるように



「我らの負けは決定している」



 ◇◆◇◆



「……」

「なんだかあいつ、やる気を感じないぞ」

「そうだな。このまま通してくれると助かるんだが」



 男は新たな敵と遭遇する。



 そこにはどこか気落ちした様子の何か。



「はぁ……チラ」

「なんか話を聞いて欲しそうだぞ」

「めんどくせぇ、無視だ無視」

「はぁ、どうしてこんなことになったんだ」

「アクト、あいつなんか勝手に喋り始めたぞ」

「スキップボタンを探せ。どっかにあるはずだ」

「僕は止めようって言ったんだよ。抑止力である君と戦うってのは世界と戦うのと同義だ。おかしな話だよね、世界の意思で彼女を捕まえたら、世界の意思である君と戦うことになるなんてさ」

「なんだこいつめっちゃ喋るじゃん」

「きっと友達が少ないんだぞ。我も一人の時は壁に向かって喋り続けた時期があった」



 男と少女はそこにいる存在に色々言っちゃいけないことを言い続ける。



 だが男と少女は決して話を聞きたいが為に喋るのではない。



 そう



「御託はいいからよ、そこをさっさと退けよ神」

「僕は戦いたくないんだ。ないんだけど」



 神は立ち上がる。



 周りの空気が変わったことを全てが察した。



「人間が神を頼るなら、僕が何に頼るか知ってる?」



 男は剣を抜く。



 先程と違い余裕の無い表情だ。



「僕自身だ」



 そして戦いが始まった。

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