第134話

 時は流れる。



 季節は未だに猛暑日が続く中、若者達の一つの変わり目を迎えた。



「お兄様、宿題は終わらせたのですか?」

「俺様があんなもんするはずないだろ」

「そう言うと思いまして、既にお兄様の分を終わらせておきました」

「リア。お前は賢いがバカだな」

「恋は人をバカにする。そういうことですね」

「違う」



 久しぶりにリアと朝食を食べている気がする。



「それにしても驚きました。私が学園に入ってまだ半分の年すら超えてないのですよ」

「あ〜言われてみればそうだな」



 正確に言えば俺は五月初めにこの世界に来たため、まだ四ヶ月程しかこの世界にいない。



「もしかしてこの世界の時間軸バグってるのか?」



 そう思える程濃密な時間だったな。



「そしてこの短期間で私含め、お兄様の妹である私含め!!多くの魅力的な方々を堕としてきましたね」

「何故二回強調して言った。しかも俺様は誰も落とした記憶はない」

「歩くだけで全ての女性が振り向く。正にお兄様のよくしているギャルゲーみたいですね」

「は、はは、確かにそうかもな」



 恐ろしい子だな。



 この世界の大元はギャルゲーなんだぜ?



 てか



「何故俺様がギャルゲーしていることを知って」

「ご馳走様でした」



 俺の思考を遮るようにリアが食事を終える。



「お兄様、急いで食べなくても……」

「好きにさせろ」



 俺は急いで食事を平らげる。



 この料理だけでそれなりの物が買えると思うと忍びないが、俺はアクトだから許される。



「行くか」

「はい」



 こうして俺が家を出るまでリアも待ち続ける。



 本来のアクトなら全然遅刻する男だが、そうするとリアも同じく遅れてしまうため、学園へに行く時間は優等生な俺である。



 靴を履き、リアと肩を並べて玄関に行く。



 あぁ、昔ならどうにか一緒の登校を避けようと必死だったのにな。



 今ではラブコメ主人公と化してしまっている俺に、何だか嬉しさと悲しさが押し寄せてくる。



「行ってきます」

「いいか。あれが何か変なことをし出したら、俺様に速攻で連絡しろ。いいな」

「かしこまりました」



 俺は使用人に釘を刺し、家を出た。



 ◇◆◇◆



 蝉の鳴き声



 照りつける太陽



 そして昨日降ったであろう雨が、地面にアクトの顔を映す。



 何だか初めてこの世界に来た時を思い出した。



 水溜りに映る自分の姿を見て、俺は自身が転生したことに気付いた。



 だがあの時と違うことがあるとしたら



「どうか致しましたか?」

「いや、何でも」



 水溜りには笑顔の少女が写っている。



 絶対に有り得なかったであろう景色がそこにあった。



「行くか」

「?」



 俺の動作を不思議に思った様子のリアだが、特に何も聞かずに横を歩く。



 気まで使えるなんて弱点のなさに驚きだよマジで。



「それにしてもこうして学園に行くのは懐かしい気分になりますね」

「そうだな。……懐かしいと言えば、ユーリはいないんだな」

「今日は用事があるので早めに行くと言っていました。ユーリさんも忙しい方ですから」

「それもそうだな」



 ……



「なんか……変だな……」

「変、ですか?」

「ああ。なんか……心の中がポッカリ空いたというか」

「言われてみれば……私もそんな気がしてきました。お兄様に振られた夢を見た後のような喪失感です」

「……(ツッコミを入れたら負けだと思った男)」



 リアは置いといて、何故か胸がモヤモヤする。



「お兄様、どうして泣いているのですか?」

「は?何言って」



 俺は泣いていた。



 何故かは知らないが泣いていた。



「安心して下さい。リアはどこにも行きませんよ」

「いや別にそんな心配は」



 ◇◆◇◆



『リーファに弟がいたなんて情報、誰も分かりませんよ』

『そりゃそうだろ。裏設定なんだから』

『その設定いるんですか?ゲームをプレイした人も、ゲームの中に登場するキャラの誰も知らない。それって何の意味もないじゃないですか』

『でも俺らが知ってるだろ?』

『ですからそれに何の意味が』



 一人の男はパソコンに何かを入力する。



『真がリーファに髪飾りを上げるシーンがあるじゃん。これって、実はリーファそんな好きじゃないんだ』

『え?でもリーファは好きだと。それにあの様子は心の底から好きでないとでない表情ですよ』

『君も大分この世界に染まってきたね』

『……質問に答えて下さい』

『ああ悪いね。そうそう、この髪飾りは弟から一度貰ったものなんだ。だから彼女は好きなんだよ』

『まぁ予想通りの回答では有りましたね』

『そうだね。でも、面白いと思わないかい。存在しない筈の設定を組み込むことで、物語の見方がガラリと変わるんだ。リーファの行動の全てが、存在していない弟の影がチラつくようになる』

『結局何が言いたいんですか?』

『つまりさ、物語ってのにはあっても無くても成立する物が多数あるんだ。この君LOVEだってそうさ。選ばれなかったヒロインの末路を知ってるだろ?』

『大不評の嵐でしたね』

『そうだ。だが誰を選んでも、誰を見捨てても、物語は綺麗に邪神を倒し完結するんだ。面白いと思わない?』

『思いません。彼女達は誰一人として欠かせない人物でした。彼女達あってこそ、真はあのような主人公になれたのです』

『主人公……ね。ま、答え合わせではないが、見てみようか』



 男が画面を開く。



『本当の主人公の軌跡を』



 ◇◆◇◆



「何かを……忘れている?」

「忘れている……ですか。私も一度記憶喪失をした経験がありますが、確かにあの時の違和感に似ています」

「いや、だがおかしいだろ。普通の人間ならまだしも、俺様とリアの記憶を同時に消せるなんて御業なんて」



 まさか!!



「ルシフェル!!おいルシフェル!!」



 声を掛ける。



 だが返事がない。



「やっぱりあいつか」

「お兄様、何か心当たりが?」

「ああ。名前は確かビクティとかいう奴だ」



 ルシフェルの力を使い、何かした可能性がある。



「まだ確信があるわけじゃないが、可能性は高い。悪いがリア」

「はい、問題ありません」



 さすがリアだ。



 今は当主となったリアが、学園にいないとなれば、どんな事情かと疑われる。



 そうとなれば色々と面倒が起きる。



 それらを素早く察したリアはさすがと言う他ないだろう。



「それじゃあ」

「はい」

「行くか!!」

「行きましょう!!」



 こうして俺とリアは同じ方向に走り出すのであった。



「まぁ知ってたけど」



 ◇◆◇◆



 とりあえず別れて捜索するわけだが



「……よく考えればおかしい」



 そもそもビクティとか言う奴は死んでいるはず。



 生きていたとしても、カーラの存在が深く刻まれているはず。



 あまり関わったわけではないが、それでも奴の性格はある程度知れた。



 あいつはアクト程度の小物の悪党。



 ならば、こんなにすぐに行動を起こすか?



 それに他にも



「そんなに頭を抱えて、何かあったのか?」

「いや、何かがあったと思ったんだが、もしかしたら何も起こってないのか……」

「我にはよく分からないが、アクトのこういう時の勘はいいから当たってると思うぞ」

「そうか……ん?」



 横を見ると、そこには大量のアイスを持ったルシフェルが立っていた。



「どうしたんだぞ?」

「はぁ」



 こいつ



「アイス買いに行くなら事前に言え」

「アクトは過保護だぞ。我はそんなお子ちゃまじゃない」



 ルシフェルは普通にいた。



「なぁルシフェル。何か嫌な感じがしないか?」

「ん?我は何も感じないぞ」



 異変を感知するという点では非常に敏感なルシフェルが何も感じないということは



「本当に気のせいか」



 そう考えると心のモヤモヤがどんどん無くなっていく気がする。



 それは何だか心地よいが、同時にそれは



「ダメだ。まだ、やり遂げなきゃいけない」



 何故かは分からないが心の中を渦巻く。



 リアには一度学園に行くよう伝え、俺も同じく学園に向かう。



「何か忘れているような……何か大事な約束があったような……」



 思い出せない。



 本当にこのまま何もなければいいのだ



「あ」



 声がした。



 見知った、愛しい声がした。



「そっか、みんなは学園があるんだったね。忘れてたよ」



 そこには耳の長い少女が立っていた。



 そう、よく知る少女。



「なんだ、リーファか」

「何その反応。私に会うのがそんな嫌だった?」

「どうだか……」



 リーファ



 レオ



 記憶



 神



 忘却



『学園でまた会いましょう』



「ソフィア?」



 心の穴が埋まった。

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