第132話
「美味いよー、今なら焼きそば一個200円、ニ個なら400、三個なら800だ。安いよ安いよー」
「くじ引き如何ですかー。当たりは事前に抜いておいたので当たれば凄いですよー」
祭りは異常な盛り上がるを見せていた。
通常の民間での祭りと違い、貴族による大きな催しは破竹の勢いであった。
しかも夏休みも終わりが近付き、参加者も我先にと祭りを全力で楽しみ、ある意味で
「あいつも喜んでるだろうな」
「そうだね」
「ああ。それはいいことだ。いいことかもだが」
俺は腕をグイッと自身の方に寄せるが、一ミリも動く気配がない。
「離せ!!」
「だーめ。今日はデートなんだよ」
「ちゃうわ!!」
俺の腕をがっしりと掴んでいるユーリは一向に俺の手を離そうとしない。
神パワーにより筋力が増してきたはずの俺だが、やはり長年鍛えてきたユーリに勝てるきがしない。
この世界の人間は見た目は細いのに力強い法則はなんなのだろうか。
ゲームあるあるなのかもな。
「それにアクト君と一緒だとこうして誰にも話しかけられないからね」
「お陰で俺様は無用な視線を受けることになってるんだがな」
どれだけ人が多かろうと、ユーリの美貌は目立つものだ。
それだけでなく
「ど、どうして三大魔獣を討伐されたユーリ様がアクトなんかと」
「まさか今回の討伐には奴が何か絡んで」
ユーリは最早ただのお嬢様ではない。
次期当主筆頭であり、三大魔獣を倒した英雄だ。
当然今までの比ではない程の注目と期待を受けているわけだ。
そんな話題の人物が俺と一緒に歩けば
「私はそんなこと気にしないよ?」
「俺様が気にするんだよ」
「……それに、倒したのはアクト君もだよ。私はただ残りを消しただけ。本来讃えられるべきはアクト君なのに」
「俺様がそんなことを望んでいるように見えるか?」
「ううん。だからこうして甘んじて受け入れてるの。そしてそのお願いを聞いてあげてるんだから、これくらい許してよね」
より一層腕に力が入る。
それと同時に柔らかな膨らみが押しつけられ
「フッ……グッ……」
「大丈夫?」
「大丈夫なわけ……ないだろ……」
煩悩を気合いで耐える。
唇は噛みすぎて痛みを感じなくなり始めてきた。
「アクト君ってあんなに可愛い女の子にいつも囲まれてるのに、こういうことには慣れないんだね」
「あ?さっき鼓膜潰したから何言ってるか分かんねぇよ」
「逆に痛みに対して強すぎない?」
失敗したな。
ユーリの甘い声をシャットダウンすればまだ耐えられると思ったが、逆に感触の方に集中してむしろダメだった。
だが破裂した鼓膜も直ぐに魔力が補填する。
本当に人間っぽさが無くなってるな。
「ーーいい?」
「え?あぁいいんじゃないか?」
どうしよう。
聞こえ始めた時にはユーリが何か提案していた気がするが、つい了承してしまった。
こういう時は大体いつも厄介な展開になると経験したはずなんだけどな。
「なぁ、やっぱり今の」
「見てアクト君!!あれ食べよう!!」
「ちょ!!引っ張るな!!」
ユーリに手を引かれ、色んな屋台を回った。
「凄い伸びるね」
「カロリーの塊だな」
二人で馬鹿みたいにチーズを伸ばす。
「勝負しよ」
「なんで俺様がそんな」
「怖いの?」
「やってやろうじゃねぇか!!」
金魚掬いをし、空っぽになった水槽に苦笑いの店主にユーリは何度も謝り、一匹だけ貰っていった。
「くじ引きだって」
「あんなん当たるはずないだろ」
「運試しだよ運試し。すまない、2回分頼めるだろうか?」
その後に一等を当てたユーリに不正だと問い詰める店主は騎士に連れて行かれた。
一等を抜いたはずなのに当てたから文句つけるってバカなのか?あいつ
「アクト君、次はあれ!!」
「はいはい」
いつの間にか俺も楽しみ始めていた。
腕もいつか離れ、カップルのように手を引っ張られる。
その手は直ぐに外せるはずだが
「アクト君」
笑顔を見せるユーリ。
「そうだな」
俺はその手を握り返した。
◇◆◇◆
いつの間にか夜になっていた。
楽しい時間というものは
「あっという間に終わっちゃうね」
「何のことだ」
「楽しかったね」
俺は星の見える空を見上げ、ユーリは俺の横顔を眺めている。
ペンドラゴの分館の庭でで二人で佇む。
本館ならまだしも、今ここには警備の一人もいない。
ユーリがいれば盗人なんて大丈夫という業務丸投げな理由だ。
「花火が終われば祭りも終わりだ」
「そうだね」
「……そろそろ気を抜いたらどうだ?」
「何のこと?」
ユーリは不思議そうに顔を傾げる。
「ユーリが甘え……気が緩む時はいつだって本当の自分から解き放つ時なんかじゃない」
「……」
「何をカッコつけてるのかは知らんが、ここには誰もいない」
「アクト君……」
ユーリの笑顔は消え、俯く。
「なんだろうな、この気持ちは。最近は新しいことばかりで混乱してしまうよう」
ユーリは前座のように言葉を絞り出す。
「ゆっくりでいい」
「すまない。今日は一日中甘えてしまって申し訳なかった」
「気にするな」
分かっている。
今日のユーリは俺を異性として見ていないことくらい。
「祭りの場では元気にしていたかったんだ。でなければお父様がきっと喜んでくれないから」
「……」
「大丈夫だ分かってる。こんなことを言ってもお父様は怒りも攻めもしない。でも、自分で自分が嫌になるんだ」
「ユーリ……」
「後悔するなと、楽しく生きろと、お父様は言って下さった。でも、でも無理なんだ!!」
雨粒が落ちる。
「こ、この気持ちが、収まる気配がないんだ!!ずっと、ずっとずっとずっと、胸の中をずっと、蝕み続ける」
「アーサーは」
「お父様はそんなこと望んでないだろう。でもなアクト、時に大切なものというのはどんな悪よりも辛いものを残していくんだ」
その通りなのかもしれない。
どんな極悪人からの仕打ちよりも、俺はきっと目の前の少女が傷つくことの方が胸が苦しくなってしまう。
知らなければよかったと思えないくらい、大切な
「辛い!!辛いんだ!!もう何もかも嫌になってしまうくらいに!!」
息を荒げるユーリ。
「俺は……」
俺は一体君になんて言えばいい。
多分ここで俺が何を言おうとも彼女は進んでいく。
屍を乗り越えて進んでいく。
だがこの瞬間、この時、今もなお囚われ傷ついているこの子を
「なぁアクト」
一発の花火が上がった。
どうやら雨はいつの間にか止んだらしい。
最初の大きな花火が
「好きだ」
花を咲かせた。
無言の時間は続いた。
「漫画とかだと、こういう時には聞こえなかったというのが王道なのだろう?」
「古い話だな」
そうだな。
その手に頼るのもありなのかもしれない。
難聴系とでも洒落込むべきなのだろう。
「悪いが返事の言葉は持ち合わせていない」
「……そうか」
「だが、花火が綺麗な夜だ。なんで花火が綺麗か知ってるか?」
「彩りがいいからか?」
「いいや違うな」
俺はソッと、その唇に触れた。
「儚いものだからだ」
これは一夜の夢。
祭りのように盛り上がり、花火のように消える。
だから今夜だけは、俺はアクトではなく
「愛してるよ、ユーリ」
俺の声は花火の音と共に消え去った。
救済√3.5
ユーリ ペンドラゴ
完
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