第122話

「お母……様?」

「久しぶりね、ユーリ」



 フワリと微笑むユーリの母親に対し、ユーリは既に決壊しそうである。



「ごめんなさいね。母親なのに一緒にいてあげられなくて」

「しょうがないんです。それがペンドラゴの宿命なのですから。それに……私はお母様に会えただけで十分です」

「……どうしましょうアクト君。娘が愛おしくて堪らないわ」

「抱きしめとけば?」

「ユーリィイイイイ」

「お、お母様!!」



 そして俺の言った通り本当にユーリに抱きつく。



 なんとも微笑ましい光景だが、俺の場違い感が半端ないな。



「可愛い可愛い可愛い」

「ちょっとお母様。アクトの前で恥ずかしいですよ」



 ユーリに向かって頬擦りし、ユーリは恥ずかしがるが、顔はどこか嬉しそうである。



「ここが天国か」

「やっと来たかアーサー」

「そんなに俺を待ってどうした?俺のこと好きなのか?」

「死ね」



 急にキショいこと言うな。



「こうして見ると、確かに親子だと分かるが、むしろお前はユーリの父親なのか?」

「……俺はユーリの父親だ。それ以上でもそれ以下でもないくらいにな」

「そうか」



 さすがに親子の再会の場に俺が居合わせるのはどうかと思ったので、部屋から出ようとすると



「うお!!」

「逃がさないわよ?」



 突然背中に柔らかな感触が襲う。



「なんだ急に。離れろ」

「ダーメ。アクト君も一緒にいなきゃ」

「なんで俺様が」

「ユーリの昔話聞きたくない?」

「まぁ他にすることもないしな」



 しょうがない。



 もう少しだけお邪魔させてもらおうか。



「私とユーリが最後に会ったのは5歳の頃かしら」

「そうだな」



 机を挟み、正面にはアーサーと母親、そして俺の横にはユーリが座っている。



「待て。それよりお前の名前を教えろ」

「ごめんなさいね。私の名前はティア。分かってると思うけどユーリの母親よ」

「なぁ。俺様とお前、どこかで会ったことないか」

「旦那の前で口説くとはいい度胸だな」

「いやそういうつもりじゃ……てか俺様別にお前に興味ないし」

「娘にゾッコンってわけね」

「悪いな、疑って」

「アクト君〜」

「めんどくさいな!!この家族!!」



 俺みたいな底辺の人間にとっては、グレイスやらマーリンよりもここの方が脅威かもしれん。



「アクト君には申し訳ないけど、先に学園でのユーリの話を聞かせてくれない?」

「お母様、それはちょっと恥ずかしいと言いますか」

「別に対して面白みもないだろ。いいぜ、3分程度でこいつの話を終わらせてやる」



 三時間後



「そしたらこいつは言ってたんだ。『私の友人を傷つける奴を私は許さない』ってな」

「……」

「さすがは俺達の娘だな!!」

「立派に育って嬉しいわ」

「もうやめてくれ!!」



 顔を真っ赤にし、俺の腕を引っ張り止めろと静止を呼びかける声。



「なんだユーリ。まだ物語は序盤だ。これから盛り上がってくるんだろう」

「や、やめてくれ。私はこのままでは愧死してしまう!!」

「そうねアクト君。話の続きはユーリのいない時にしましょ」

「お母様!!」

「ふん、まぁいいだろう。次はお前らが語る番だ」



 ユーリの昔話か。



 ゲームでもあまり効いたことなかったし、気になるな。



「どこから話ましょうか」

「難しいな」



 するとどこか話に詰まる二人。



「あなたからどうぞ」

「そうだな。あれはユーリが5歳の頃の話だ」



 ◇◆◇◆



「ユーリが甘いものが好きなのはそういうことがあったからか」

「可愛らしいわね」

「俺の好きな物ばかり食べようとしてだな」



 ユーリトークで盛り上がる三人。



 仲間外れの一人は最早諦めたのか、はたまた既に峠を越えたのか地面に倒れピクリとも動かない。



「ん?もうこんな時間か」

「楽しいお話は時間が過ぎるのが早いわね」



 時間は夜中になっていた。



「少し席を外す」

「ションベンか?」

「お前本当に貴族か?」



 俺は部屋を出て、どこに有るか分からないトイレを探す。



「実に興味深い話だったな」



 ユーリの昔話なんてレアエピソードを聞けるなんてこの世界に来れて本当によかった。



「もしかしてトレイは大自然でするとかじゃないよな?」

「アクトは変態だからそういうの好きそうだぞ」

「んなわけあるか!!」



 いつも居てくれる存在が顔を出す。



「……一応、外見てくるか」

「やっぱり興味があるのか?」

「いや別に。ただ、なんとなーく気になるだけだ」



 俺は靴を履き、一度外に出る。



 奥からは談笑する声。



「ある意味いい散歩になるかもな」



 別に尿意はそこまで押してきているわけではないため、少しゆっくり出来そうだ。



「やっぱ雰囲気あるよな」

「物語みたいだぞ」

「まぁその物語みたいな世界にいるんだけどな」



 蛍が集まり、綺麗な光を放つ。



 昼間にあった鳥の鳴き声は消え、静けさだけが俺の耳をくすぐった。



「いいデートスポットにでもなるんじゃないか?」

「我は虫がいるから嫌だぞ」

「そうだな。でも、鈴虫みたいな声はしないんだな」

「鈴虫?」

「ああ、俺の前の世界にいた虫だ」

「そういえば我、アクトの前の世界の話をあまり聞いたことないな」

「そういえば……確かにそうだな」



 俺の前の話なんてしても楽しくないという理由で避けていた節があるな。



「我はこの世界のアクトを知ってるが、前の世界のアクトも聞いてみたいぞ」

「全然面白くないからな。むしろ、聞いてて後味の悪いものばかりだと思うが」

「それでも、我はアクトを知りたい」



 綺麗な、本当に綺麗な目だ。



「ルシフェルには一生敵わないんだろうな」

「ん?当たり前だぞ。我は邪神だからな」

「そういえばそうだった」

「な!!忘れるとは酷いぞ!!」



 久しぶりにゆっくりとルシフェルと話した俺。



 やっぱり、俺はルシフェルのことを本当に



「……ルシフェル」

「うむ」



 突然何かの気配を感じる。



「こういう突然はヒロインとの出会いイベントだけで十分なんだけどな」



 全身に突き刺さる圧迫感。



 息をするの苦しく、体の動きがぎこちなくなる。



「アーサーが言ってたな。ここらに魔獣は居ないって」

「あの人間バカだぞ」

「全くだ。もう少し調査を徹底しろよな」



 巨大



 怪獣だとか、化物だとか、そんな言葉がぴったりの大きさ。



 全身はモサモサの毛で覆われており、手には大きな爪。



 あまり知能を感じさせない様子を見せるそれは



「三大魔獣の一匹、森のクマさん」

「随分と可愛らしい名前だぞ」

「そういう呼ばれ方されてたからな」



 童話で有名な森のクマさんだが、現実で熊に会えば普通にヤバいし怖い。



 そしてこいつも、ゲーム故に少しメルヘンな見た目をしているが、今までどれだけの人間を殺してきたのか数えることも出来ない。



 そんな理想と現実のギャップが似ているという点で、こいつは森のクマさんや、熊畜生、家畜と皆に呼ばれていた。



「さすがに部が悪いってレベルじゃない。アーサーとユーリの力を借りても勝てるかどうかだ」



 アジダハーカ戦で圧勝した俺だが、あれはルシフェルの力をギリギリまで使った結果であり、その上アジダハーカは弱体化していた。



 理由は何度も話しているが、洗脳されると大きな弱体化が発生し、アジダハーカの場合はおそらく闘争心を高められただけだろうが、それでも十分な程だった。



 だが今遠くに見えるあれは今、万全の状態で眠っている。



 おそらくここらに魔獣が居ないのも魔獣達があれを恐れた結果であろう。



「三人に報告して帰る。ペンドラゴと騎士団でかかれば流石にいけるだろ」



 バクバクとなる心臓があれを起こさないか心配だが、ゆっくりと俺とルシフェルは後退する。



「それにしてもまさかこんな場所にいるなんてな」



 神出鬼没で有名なクマさんだが、本当にどこにいるか分かったもんじゃない。



 最初は忍足、次に歩き、そして走り出す。



「ある意味チャンスだな。クマさんはゲームの終盤で倒すが、ここで仕留められたらデカイな」



 緊張が解けたのか、俺は楽観的に見てしまった。



 そしてまた、大きな失敗を犯した。



「ミャオ」

「アクト、猫の鳴き声がしたぞ」

「猫なんて今気にしてる場合じゃないだろ」

「それもそうだ」



 こうしてスルーした先には



「ミャオ」



 子熊がポツンと座っていた。

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