第119話

「密だな」

「密ですね」



 魔力タンクの横には小さな部屋があり、その中にぎゅうぎゅう詰めとなった多くの人間。



「予算の縮小及び、魔力を回収するにあたってより濃密なものを取るにはより収縮した場所が必要なんです」



 ソフィアが補足してくれる。



「おい、あの中に入れって言うのか」

「アクトは入らなくていいですよ?そもそも何故あなたに魔力があるんですか?」

「お兄様がお兄様だからですよソフィアさん」



 ソフィアには悪いが、あんな場所にリアを入れるなど俺には到底許容することが出来ない。



 もし誰かがリアに触れでもしたら、俺はそいつを八つ裂きにするだろう。



「リアさんは別の場所です。リアさんレベルになると、タンクが壊れる可能性があるためもう一つの場所をご用意しています」

「まぁ俺様達レベルはVIP待遇してもらわないとな」

「その通りですねお兄様」

「何故アクトまで入ろうとしてるんですか?」



 ソフィアの言った通り、少し離れたところにもう一つの魔力タンクがある。



「それではリアさんはあちらで準備を」

「分かりました」



 リアが丁寧な所作で歩いていった。



「既に予想は立てていると思いますが、今回の要はカーラさんです」

「俺様ほどの天才でなければ辿り着けない前提で話すな」

「おそらくですが、例え大量の魔力が存在したとしても体が変化するとは限りません。ペンドラゴ家当主アーサー然り、つい先程までいたリアさん然り、魔力は前提であり結果ではありません」

「つまりなんだ、魔力+何かが必要だと?」

「その通りです。ですが、その理論を展開するのであればあのアルスノートのような理から外れた動物がいてもおかしくありません」



 一瞬頭の中に表情を変えずにドヤ顔しているアルスが映った。



 可愛いなぁ。



「ですが強力な力を持つ動物など人間以外で前例がありません」

「じゃあそれは人間のみにある何かってことか?」

「はい。ですがそれがまだ分からない今は、その変異する基を確実に持っているであろうカーラさんに協力をお願いしています」

「それ寝言で返事してるだろ」

「一応昨日で許可は取っていますので」



 カーラがそれを許すとは



 いや待て



「そもそもカーラが亜人だと……」

「血が欲しいと言ってきたので飲ませました」

「あ、そなのね」



 あの子マジでこの世界の人間が亜人差別多いの知らないのかな?



 いや、知った上でしたのだろうな。



「それで何て言ったんだ?」

「丁度いいので実験手伝って下さいと」

「カーラがいない場合どうしてたんだ?」

「どこかのお姉様を連れてきていました」

「そうか」



 概ね今は計画通りに進んでいるわけか。



「どうしてそんな不服そうな顔をしてるんですか?」

「ただイライラするだけだ」

「なるほど更年期ですね」

「年」

「ソフィア様」

「分かりました」



 どうやら実験が始まるらしい。



「アクトもどうぞ」

「ああ」



 俺とソフィアは別室に入る。



 そこからモニター越しに現場を見るわけだ。



 そこには辛そうな顔をするグレイスの人間と、一人優雅に本を読んでいるリアの姿、そして



「いつまで寝てんだ」

「起きないんですよ」



 リアの隣でグースカ寝ているカーラ。



 あの部屋めっちゃいい匂いしそうだな。



「それでは始めて下さい」



 ジジジと電子音が響いたと思えば、ゲーミング何とかみたいに機械が一斉に光を放つ。



「まるで世界の終わりみたいだ」

「詩的な表現ですが、あまりにも現実的な現象を見すぎた私にとっては些か…ですね」



 徐々に音は肥大化し



『ん』

「どうしたリア」

『あ、お兄様。問題ありません。これ程のスピードで魔力を消費するとあの日を思い出して』

「……少しでも異常があればすぐに言えよ」

『はい。ありがとうございます、お兄様』

「妹思いですね」

「あいつは俺様の財力源だ。死なれたら困る」

「これが俗い言うツンーー」

「見ろ」



 あまり子供には見せられないような状態のマウスの挙動がおかしくなる。



「毛が抜け落ちてる……いえ、新しい毛が生えているんですか」



 先程まで手のひらサイズだった筈だが、今では見た感じ中型犬程の大きさまで大きくなる。



「質量保存を知らねぇのか?」

「魔力はそんなもの簡単に無視しますよ。もしくは、中身が空で外側だけ膨れているのかもですね」



 そのままネズミの歯は、まるで殺しに特化したように鋭く変化し、爪は人を簡単に切り裂いてしまいそうである。



「暴れ出したな」

「眠らせていた筈なんですがね」



 だが想定した通りなのか、ネズミの部屋は強固に出来ておりネズミ……いや、魔獣はただ虚しく吠え続けるだけであった。



「実験は終了です。直ちに停止して下さい」

『それが、先程から一切操作が利かず』

「原因は」

『不明です。おそらく何者かの操作による可能性が最も高いですが』

「……原因及び犯人の特定はあとです。とりあえず電源を落として下さい」

『は、はい』



 部屋の電気が一斉に消える。



 モニターの向こう側が見えなくなった。



「とりあえず現場に向かいましょう」

「待て」

「……」



 ここで動くのは正解か?



 もしこれが奴が原因で起きたことだとすれば



「俺様一人で行く」

「どうしてですか?」

「……理由はうまく説明できん。だが、こうした方がいい気がした」

「……分かりました。アクトがそう言うのであれば、私はそれを信じましょう」

「……」



 俺は部屋を飛び出した。



 後に俺はこの出来事に深く後悔することになる。



 ◇◆◇◆



「大丈夫かリア!!」



 例の小部屋に入る。



「お兄様怖かったですぅ」

「そうか」



 怖がっていたとは思えない速度で飛んできたリアをするりと躱す。



「それにしてもマーリン家がこのような些事で失敗とは珍しいですね」

「凄いな。さっきまでの顔が嘘のように凛としてるぜ」



 皆が緊急事態で騒いでいる中、未だに寝ているカーラを一瞥して考える。



「黒幕があいつなら目的は概ね分かるが」

「お兄様、申し訳ないのですが少しお時間をいただいても?」

「何だ急に」

「実はですね。先程の実験が想定していたよりも速くに魔力を吸収していました。そして中々吸引は止まらず、私の魔力が底を尽きかけました」

「お、おいそれってかなり危険じゃ……まさか!!」

「ごめんねお兄ちゃん。アンの魔力持っていかれちゃった」



 一瞬顔を出したアンの言葉からして



「クソが!!」



 俺は全力で魔獣のいる部屋に走った。

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