第118話

「何か?」

「いやこっちの台詞なんだが」



 なんで真顔でギャグ空間を生み出してるんだろうこの子。



 ほら、周りの人も変な目で見てるじゃん。



 やっぱり三代貴族って変人しかいないんだって目で見てるじゃん。



「説明不足でしたね」

「そうだな」



 何故カーラを持ってきたのか説明してもらおう。



「今回の実験は魔力の譲渡、及び魔獣や亜人の関連性に対してのアプローチを行います」



 どうやら一から説明してくれるようだ。



「私が以前調査した結果、亜人となった方の凶暴性はないと判断しました」



 グレイス家の人間が少しざわつく。



 そりゃそうだ。



 今までのソフィアの結果は全てマーリン家の出した結果として世に知られているからだ。



 では何故、彼女がここでその事実を出したかと言えば



「なんでだろ」



 分かんない。



 いやヒロインのこと何でも知ってるみたいな顔をしている俺だが、最近はむしろなんか俺の方が彼女達に知られている気がする。



「ですが何故魔獣が凶暴化するのかは未だ不明でした」



 ソフィアは大画面に資料を写す。



 そこには子供のお絵描きのような可愛らしい図が描かれている。



「ここに書かれている通り、これまでの魔獣の襲撃は邪神教による可能性が極めて高いです」



 可愛い猫がリアルな人間を食っているなんとも言えないグロ画像を見せつけられる。



「そしてその際に使用された魔獣は奴らが作り上げたものと考えられます」



 ざわざわと周りが騒めく。



 魔獣を作り出すという前代未聞の実験に立ち会えることに歓喜する者、邪神教がそれを見つけたことに憤慨する者、さっきから魔獣の絵が何故可愛いのか疑問に思う者の三つ巴であった。



「そしてその内容というのがこれです」



 今度は文字だけで概要が書かれている。



 俺には難しくて分からない。



「要するに大量の魔力を無理矢理動物に押し込めば魔獣として改化するということです」

「なるほど」



 リアが簡潔に教えてくれる。



 作文用紙数枚分の量を一瞬で読み取り、その上で俺のような馬鹿にも分かりやすく教えてくれる。



 やはりリアは天才だ。



「そんな目をしても何もせん」

「うぅ」



 ただ男を見る目だけはないな。



「そして今回は才能に恵まれたグレイス家の方々に協力を仰いだわけです」

「多くの魔力が必要ということですね」

「はい」

「ペンドラゴ家の方々はお呼びになられないのですか?」

「はい。彼らは脳筋なので邪魔なんです」

「承知しました」



 それで納得しちゃうのかよ。



 ペンドラゴって別に頭悪くないけどな。



 ただ物事をパワーだけで解決できると思ってるだけだ。



「これで説明は以上です。それまではグレイス家の方々は資料を、私達は準備を整えましょう」

「「「「「「「ハ!!」」」」」」」



 そして皆が着々と自身に割り振られた役割を実行する。



「え?」



 そして俺は困惑する。



「カーラは?」



 今までの説明中、常にソフィアはカーラを持ったまま話を終えた。



 何故誰もその件にツッコまない。



「俺様がおかしいのか?」

「お兄様の疑問はごもっともです」



 そうだよな!!



 さすがリアだ。



「こんな簡単に上手くいくのか、ですね」

「え、いや、あ、うん」

「魔力を大量に注ぎ込む。確かに可能性は高いですが、そんな方法は今まで多くの人間が試した筈です」



 言われてみれば確かに。



 魔獣を生み出す方法は古代より研究されている。



 そんな中で、こうも単純明快な方法で見つけられるのだろうか。



 もし、今と昔で違うことがあるとすれば



「亜人か」

「私も同じ結論です」



 昔は亜人が差別されていたが、今は違う。



「だがそれでも研究者であれば……いや、そういうことか」

「そうです。今のように科学が力を持っていなかった時代では、自身の力だけで強力な魔法を扱う亜人を捕えることは難しかったでしょう」

「だから亜人の理解も深められず、魔獣の性質にも気付けなかったわけか」

「さすがお兄様です。昨日ソフィアさんと思い付いた考えを一瞬で看破するなんて」

「はん。お前がそう導いただけだろ」



 そうなるとソフィアがカーラを連れてきた理由はやはり



「大丈夫ですよお兄様。カーラちゃんには少し魔力を借りるだけです」

「そうか」

「お兄様は心配性ですね」

「何のことだ」

「分かりやすいということです」



 少し周りを見ると、何人かの人間が化け物を見るような目で俺を見ている。



「新鮮な目線だ」

「お兄様の勇ましさに感動しているんですよ」

「まぁ当然っちゃ当然か」

「はい」



 ニコニコと顔色変えず俺の隣に立つリア。



 けれど最早俺達は人間という枠に収めるには些か違う領域に至っているのかもしれない。



「それにしてもあれは何だ」

「ソフィアさんが言うには魔力を貯めるタンクのようなものだそうです。あれに私達の魔力を貯めるそうですよ」

「へぇ」



 ゴツい機械が着々と組み立てられていく様子は圧巻である。



「それで、魔獣にするのは何の動物なんだ」

「普通にマウスを使うそうです」

「ふ〜ん」



 そういえばこういう実験ってなんでいつもモルモットとかが使われるのだろう。



 窮鼠にでも噛まれたのだろうか。



「お暇ですか?」

「お前こそ、やることがあるんじゃないのか」

「一応ひと段落つきまして、あとは単純作業ですので部下に任せています」

「そうか」



 ソフィアが相変わらずカーラを抱き抱えたまま現れる。



「上手くいくといいのですが」

「別に失敗したところで世界が終わるわけでもあるまいだろ」

「……あなた、本当にアクトですか?」

「あ?」

「いえ、すみません。私の今まで知るあなたがこうして分かりやすくフォローしてくれるかと思いまして」

「当たり前じゃないですかソフィアさん。お兄様の心は宇宙のように広く、宇宙のように深いのです」



 凄いボキャブラリーだ。



 リアにとって一番スケールが大きいのは宇宙だと言うことが暗に示されている。



「それは知りませんでした。私は精々海くらいかと」

「フフ、ソフィアさんもまだまだですね」



 どういう会話?



 何故俺の理解度で張り合う。



 しかもどっちも間違ってるし。



「確かに俺様は異世界のような広い心を持ってるが、今はそんなことよりもーー」

「異世界」



 一瞬空気が変わる。



「ソフィアさん?」

「あ、いえ、何でもないです」

「……」



 今確かにソフィアは異世界という単語に反応した。



「まさかな」



 そんな絵物語を彼女が信じるだろうか。



 ゲームでの真に救われたソフィアならまだしも、今の彼女がそんな非現実的なことを考えるとは……



「ところでアクト」



 そこで俺の思考は乱れる。



「何だ」

「実は先程から魔力検知を行なっているのですが、何故アクトから物凄い量の魔力が放出されているのでしょうか」



 さすがにバレるか。



「気にするな、どうせ忘れる」

「そうですか」



 ソフィアはどこか腑に落ちない様子だが、それ以上は聞いてこなかった。



「ソフィア様、準備が整いました」

「分かりました」



 ソフィアと視線が交差する。



「行きましょうか、お兄様」

「ああ」



 こうして魔獣という人類に対して長年脅威である大きな秘密が解き明かされようとしている中



「あまり変な動きはするなよ」



 すれ違い様にボソリと忠告を受ける。



「テメェこそな」



 俺はエムリルと静かな戦いの幕を開けた。

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