第116話

「そうですね。何かと問われれば答えるのもやぶさかではありません。ですが、それはその子を離してからにしてもらいましょうか」



 ソフィアは高そうな枕をこちらに向けながら宣言する。



「さもないと永遠の眠りへとあなたを誘うことになりますよ」

「クソ!!カッコ可愛いこと言ってるくせに、格好でただ寝かせようとしている人にしか見えない」

「中々の枕じゃな。妾の家も最高級の資材で仕入れておるが、あれはかなり実用性を求めた素晴らしいものじゃ」



 なんだよこの状況。



 応援を呼ぶか、俺を攻撃しようか気を伺うグレイスの使用人、小さな怪物を人質に取るクズ、そしてパジャマっ子の貴族に枕の分析を始める吸血鬼。



 この謎の四すくみで成り立つ現状。



「お、お前は三代貴族のソフィアマーリンではないかー。クソー、ここは部が悪いな。俺は逃げさせてもらうぜー」



 メチャクチャ棒読みの演技をかまし、俺はカーラを置いて逃げようとする。



「ん?」



 だが体が動かない。



 否



 体を抑え込まれいる。



「クックック、お主、こんな面白そうな状況で逃げるとは、問屋が許しても妾は許さんぞ」

「離せ!!(迫真)」



 人質に捕まってしまった俺。



「おや?逃げないのですか?」

「よ、よく考えれば逃げる必要なんてないからな。人質がいる今、お前らのような国に縛られた奴に何か出来ると?」

「さすが邪神教ゲスいですね。ですがどうでしょうか。例えばですけど、今の状況を知るのは四人」



 ソフィアが一歩踏み出す。



「意外と行けると思いませんか?」

「目撃者消しちゃダメだって!!」



 ソフィアはほんのちょっと倫理観欠けてるからなぁ。



 それに彼女はおそらく一番人質が助かる選択肢を取っているのであろう。



 前世で人質を取られた際、人が動けない理由は人質にあるのではなく、人質を殺してしまった後の世間への対応なのだ。



 だが、この世界での人死にの感覚は緩い。



 つまり人質の価値がないと知れば、犯人は荷物という名の人質を捨てて逃げ出すというわけだ。



 まぁそれはそれとして、そんな作戦を躊躇わずに行うソフィアはやっぱり凄いけどな。



「ところでわざわざ何故ここに?」

「ソフィア様。そいつはどうやらリア様に何かするつもりのようです」

「なるほど」



 なんかソフィアが考え始める。



 緊張感の走る現場で申し訳ないが、マジでソフィアは何でそんな格好なのだろうか。



 お泊まりに来ているようにしか見えないが、まさか俺の家にじゃないよな?



 ソフィアとリアは確か学園で会えば話す程度の仲だったと思われるが、今の関係性は分からない。



 だから俺の知らぬところで仲良くなった可能性は十二分存在するが



「多分俺だよな」

「何がじゃ?」

「いや何でも」



 今新たに目標が出来た。



 どうにかして俺は逃げ去り、その上でソフィアも帰宅させる。



 ただでさえ絶体絶命の状況だが、俺は欲張りなもんで全てを解決しようと試みる。



「だが運が良かったぜ。マーリン家との同時侵攻だったが、ソフィアマーリンがこちらに来たということは、向こうは確実に陥落してるだろうな」

「ありえませんね」

「へ?」

「以前私の友人……いえ、大親友であるアクトは邪神教幹部にこう言っていました。『何故ここにお前がいる』。そこから導き出される結論は、邪神教にはそれぞれ担当のような地域が存在する。違いますか?」

「ちちちち違うし」

「ほう、あの人間中々やるおるな」

「そしてこれまで確認された邪神教は例のヒャッハー、そして学園及び王宮にまで侵入した姿を変える何か、そして以前から起きている魔獣騒動の元凶と思われる科学者。そして目の前にいるあなた」



 ソフィアは結論を叩きつける。



「そして奴らは実力行使、及び直接戦闘を行わない気質があります。こんな白昼堂々と行動を起こすことは考えられません」

「おっふ」



 やっぱり天才の相手は骨が折れるな。



「それに何より、明日にはマーリン家とグレイス家の共同実験があります。その情報を掴んでいない程邪神教の情報網が雑なことなどありえません」

「あ」



 記憶が蘇る。



『二週間後に共同実験を行います』



 忘れてた!!



 そういえばそんなこと言ってたな!!



 てか俺って地味にソフィアと出会ってそれくらいしか経ってないのか。



 あれから俺が本当に邪神教になって、ルシフェル信者に出会い、そしてグレイス家のゴタゴタを解決。



 この間が二週間もないとかバグだろマジで。



「ま、待て。ならば何故君は実験の前日にここにいる!!」

「お泊まりに来ました」



 普通に喋った。



「明日以降は忙しいと思うので、今日楽しもうと思って来ました」

「そ、そうか」

「ちなみにトランプとUNO、それからコックリさんまで幅広く準備しています」

「そこまで聞いてない。あと研究者がオカルト持ち込むなよ」

「それを迷信だと切り捨てる程私は甘くないです。未知に対して思考を停止させることこそ、最も解き明かす者として避けなければならない事象です」



 真面目な顔して言ってることコックリさんしたいだけでしょあなた。



「無駄な問答でしたね。無駄の大切さを知った私ですが、より明確な無駄の意味を理解することにも繋がりました」



 ソフィアは構える。



 多分俺はソフィアに勝つことは可能であろう。



 だが俺はパッシブ能力としてヒロインへの攻撃無効化を持っている。



 つまり実質的に勝ち目ゼロだ。



「しょうがないな」



 俺はカーラに捕まれた腕を切り落とそうとする。



 と思ったら



「あれ?」

「舐めるな」



 既に力は入っておらず、簡単に拘束が取れる。



「妾は退屈を嫌うんじゃ。刹那的な娯楽よりも、次への架け橋へと繋ぐんじゃ。だからか妾は巷では導きの美姫と呼ばれておる」



 暴虐のめちゃかわ美姫の間違いでしょ。



 いや、今はそれより



「おっと、そういえば俺は用事があるんだった」



 カーラを置きざりにし、俺は全力疾走で逃げていくのであった。



 ◇◆◇◆



「疲れた」



 とりあえず今のところ俺が把握しているヒロイン達にグレイムの恐ろしさは知られただろう。



 だがその代価として、俺の疲労はMAX。



 狂人の集会(邪神会談)の後に続けてするべきじゃなかった。



 とりあえず休もう。



 考えるべきことは両手で数えられない程発生しているが、そんなことより休息だ。



「てかここどこだ?」



 ボケッと歩いていたら、いつの間にか変な場所に来ていた。



 どこか周りの景色は揺れており、緑に満ち溢れた様子である。



「そこの方」

「え?」



 後ろ?いや右?それとも下?



 まるで全ての方向から話しかけられたような感覚に陥る。



「どうやらお疲れの様子、ここで休んでいかれては?」

「え?あ、どうも」



 思考がママならない。



「ほらこちらに」



 手招きされる。



 俺は真っ直ぐ……真っ直ぐ?そっちに向かう。



「どうぞ私の胸の中でお休み、坊や」



 ゆっくりと、俺の瞳は閉じた。

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