第110話

 地図にすら載っていない程寂れた土地。



 そこには昔に起きた巨大な戦争の跡地があり、あまりの悲惨さにどこの国も手を出そうとせず、そのまま歴史の奥へと仕舞い込まれた。



 そんな場所に、密かに設立された施設が存在した。



「随分と響くな」

「悪の組織だからじゃない?」

「関係ないだろ」



 長い廊下を歩く二人。



「いやぁ、でもまさかペインが死ぬなんて思ってもいなかったよ。なんかあの人『私は特殊な力がないので』とかよく言うけど、それで3席になれるはずないのにねぇ」

「お前が殺したようなもんだろ?」

「アクト様。悪いけどここは既に奴らの手の中だよ?」

「秘密があるならバレずにしろ」

「ど正論パンチやめてよ」



 アクトとサムは大きな扉の前に立つ。



「時間は」

「1時間遅刻だね」

「一番乗りか」



 大きな扉を開ける。



「……随分と遅かったな」



 アータムは席に座り、不機嫌そうに俺らを迎え入れた。



「集合時間は一時間前だったと思うが?」

「じゃあこの惨劇はなんだ?」



 俺の視界には十つの席と、空席が九つ。



「……皆、多忙なのだ」

「そうか」



 俺はちょっと可哀想なのでそれ以上何も聞かずに自然ととある席に着く。



「……」

「おっと、間違えちゃった」



 失敬失敬という態度で違う席に座る。



「既に話は通ってるわけか」

「なんの話か俺は分からんな」



 そして雑談と呼ぶには躊躇われる中、扉が開く。



「フシュー」

「ベルか」

「遅刻ですけど頭大丈夫?」

「さすがグレイム。自分も遅刻してるのにそれを棚に上げる豪胆さは異常だよ」



 ベルと呼ばれる男はガスマスクをしたまま席に座る。



 その体は一見大きく見えるが、実際は上から服を何枚も重ね着した結果大きく見えるだけである。



「フシュー」

「ちょ、うるさい。もっと静かに出来んの?」

「フシュー」

「いやフシューじゃなくてさ。普通に喋れよ。あ、そっか。そういえば君魔力吸えないんだったね」



 ピクリ



 一瞬、空気が固まる。



「……フシュー」

「邪神教は互いを詮索しないがルールの筈だが?」

「これは俺が邪神教に入る前から知ってたことだ。まさかそれすら咎めるなんて馬鹿は言わないよな?」

「フシュー」

「おいおいベル。互いに詮索はしないがルールだろ?」



 俺は大きく笑う。



 誰がどう見ても完全に煽っているだろう。



 そして



「少々遅れてしまいました。いやー、まさかワタシとしたことが研究材料に反撃を許してしまうとは、なんとも情けない」



 全身を包帯でグルグル巻きにしたロイは何か独り言を喋りながら入ってくる。



 結局は自慢したいだけなのだろう。



「おや、あなたが新しいメンバーで?」



 目をつけられる。



「初めましてだなロイ博士」

「……おや、どうもお久しぶりですね。名も知らぬ知人」



 握手とばかりに手を出してくるので



「薬品臭くて握手はちょっと……」

「それは申し訳ない」



 ロイはそう言って席に戻っていった。



「あら?今日はみんな早いわね」



 爪をテッカテカさせたオーロラが部屋に入ってくる。



 確かにその美貌は本物であり、透明に近いその髪は、どこか神聖さすら醸し出している。



 ちなみに邪神教は全員イカれてるため、オーロラの美貌はここでは埃と同じ値段である。



「新人さん?」



 俺に気付いたオーロラが歩み寄ってくる。



「ふ〜ん……よく手入れされた肌ね。毎日美容には気を遣ってるのかしら?」

「ああ、もちろんだ」



 前世で俺は、もし奇跡が起きてヒロインに会った時ように毎日美容に気を遣っていた。



 アクトとなってからは意味ないと分かっているが、習慣は中々抜け出せないものである。



「ワタクシあなたを気に入りましたわ。これからの会議が楽しみですわね」

「アハハ、どうだろうね」



 俺はお前嫌いだけどな。



 だがここで喧嘩を売る相手を間違えてはいけない。



 オーロラを怒らせれば確実に殺してくるから気をつけないとな。



 てかゲーム世界に肌荒れとかいう概念あるのか?



 そして俺はここで衝撃の事実に気付く。



「あれ?アクト様どうしたの?トイレ?」

「う、うるさい!!今は心の準備をーー」



 バタン



 扉が開く。



「何故いつも会議は急にするんじゃ?せっかく気持ちよく昼寝していたのに最悪じゃよ」



 ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク



「何の音じゃ?」



 まずい!!



 どうした俺の心臓!!



 いつもヒロインの前では止めていたはずの心臓がクラブハウスの音楽ばりに怒涛の鼓動を鳴らす。



「そ、そうか」



 今の俺はアクトモードでなく邪神教モード。



 殆ど素の自分を出してる今



「抑制が……効かなーー」

「お主」



 目の前に赤の混じったような金髪が俺の鼻を撫でる。



「どこかで会ったことあるか?」

「はひ!!」



 変な声が出る。



「あれ本当にアクト様?」

「う〜む、どこかあの時の奴と匂いが似ているが」



 サムの能力は体から作り替える能力だ。



 だから当然匂いや血、遺伝子レベルで他人になり変われるが、それは自身にのみでありさすがに他人は顔や体格くらいしか変えられない。



 つまり少々……今はまずい状態なのだが



「まぁ気のせいじゃろ」



 カーラは基本そういうスタンスのため大丈夫だった。



 否



「ハァハァハァハァ」



 俺が大丈夫でなかった。



(至近距離にカーラの顔だと!!なんてダメージだ。今まで腕も腹も幾度となく吹き飛ばされた俺が耐えられないなんて)



 まさかここまで俺が弱い人間だと思っていなかった。



 アクトという仮面が、どれだけ俺を抑圧しているのかが分かる。



「カーラ。グレイムと知り合いか?」

「グレイム?それが奴の名前か」

「……初対面ということか?」

「どうじゃろな」



 カーラは席に座り、そのまま眠るように目を閉じた。



「アクト様大丈夫?」

「安心……しろ。これも演技だ」

「演技にしては随分と辛そうだね」



 既に俺のライフは尽きかけている。



 なのに俺には今、もう一つの厄災が降り掛かろうとしている。



 ガチャリ



 扉がゆっくりと開く。



「……」



 そこに現れたのは一人の年端もいかない少女。



 熊のぬいぐるみを抱きしめ、ちょこちょこと歩いてくる。



「ふぐいおwvずうあkしk」



 胸が痛い。



 ただ歩いている。



 それだけで何故俺の心が揺さぶられるのか。



「……」



 不審者でも見るような目で俺を見た後、一言も喋らずに彼女は座る。



「さて、集まったな」



 空いた席は二つ。



 番号で言うなら3と6。



「これより」



 全身を黒い衣装で覆った男は宣言する。



「邪神会談を始める」



 第1席 アータム



「ふわぁ」



 第2席 カーラ



「ーー」



 第3席



「フシュー」



 第4席 ベル



「ネイルが……」



 第5席 オーロラ



「ーー」



 第6席



「ふん(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い)」



 第7席 グレイム



「……」



 第8席 ハル



「魔力?それとも血?どこかで……」



 第9席 ロイ



「面白いことになりそ」



 第10席 サム



 そうして長い一日が幕を開いた。








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