第109話

「ど、どういうことですか!?」

「我々にも分かりませんが、帝国軍が後退しました」

「何か問題が起きたのか?」

「俺らの実力にビビったんだろ」



 帝国軍が撤退した。



 その事実は王国にとって朗報であったが、故にその怪しさに疑念が尽きない。



「早急に詳細を把握して下さい」

「了解しました」



 駆け足で騎士が去っていく。



「はぁ」



 王女は大きなため息を吐く。



(確かに王にはなりたかったけど、こういう形は望んでないし、それになって早々問題起きすぎでしょ)



 それでも一人の王としての責務を果たそうと努力する姿は、確かに王の器なのであろう。



「で、実際の話は調査が済んでからだろ?なら、せっかくのチャンスなんだ。今の内にケリをつけようぜ」



 アーサーは先程までの陽気な笑顔を抑え、真剣な趣で二人を見る。



「空席の補充」

「……皆さんの意見をお聞かせ願えますか?」

「私としてはシウスを推薦します。彼には実績も能力もありますので繋ぎとしては十分……ダメですか?」

「あ、いえ、確かに……よい判断だと思いますが……」

「アッハッハ。姫さん顔に出てるぜ」



 王女の端正な顔が歪む。



「シウスさんの能力の高さは知っていますが……その……なんといいますか……」

「怪しいな」

「それが彼のスタイルだと私は考えていますが」

「……」



 王女の頭には一人の人物が浮かんでいた。



「やはり経験と能力で言うのであれば、グレイス家が一番では?」

「まだ時期早々では、グレイスの子供は二人でどちらもまだ子供。その上此度の件でグレイスの信用はかなり落ちています。妹の方の成長を待つのが得策では?」

「あー、そっか」



 アーサーは顎に手を当て



「あいつならお釣りが出る」

「私も娘から話は少し聞いているが、本当に信用足り得るのか?私にはむしろ何かの精神汚染と言われた方が納得がいく」

「いえ、確かに彼なら」

「姫様もですか」



 この場での王に票の権利は本来存在しない。



 三代貴族内で多数決が発生し、王はそれを承認するかどうかを可決する。



 だが、その空席がある今は



「一度召集をしましょう。マーリンさんはそこで見抜いて下さい」



 そうして



「グレイス家のアクト様、リア様が到着致しました」



 騎士の言葉と共に、ズカズカと大きな足音と僅かな音も発生しないしなやかな足取り。



「あん?俺様はお前らと違って忙しいんだよ」

「お待たせ致しました、王女殿下、マーリン様、ペンドラゴ様」



 アクトとリアが現れた。



 ◇◆◇◆



「……態度は今のところ置いておこう。今は席に座りたまえ」



 エムリルは空いた席に目を向ける。



「リア」

「はい、お兄様」



 リアは席に座り、アクトはまるで自分が一番偉いと言わんばかりに



「おい、俺様用の豪華な椅子を用意しろ」

「え!!で、ですが……」

「用意して上げて下さい」

「分、分かりました」



 そう言って騎士は煌びやかな椅子を用意する。



「フン」



 まるで足りないとばかりの態度でアクトは座る。



「おう久しぶりだなグレイスの息子。いや、今はもう違うか」

「お久しぶりです、アーサー様」

「確か名前は……リアだったか?いつもユーリと仲良くしてくれたありがとな」

「いえ、私の方こそユーリさんにはいつもお世話になっています」

「おいペンドラゴ。今は世間話に興じる時間じゃない。やるべきことはーー」

「空席の確保は私が致しましょう」



 リアはエムリルの言葉を先読みして答える。



「……問題点は山程あるが主に三つ。一つ、君はまだ学生だ。二つ、信頼も実績もない。三つ、君の兄はどうする」

「学生であることは些細な問題です。私は既に学園で学ぶべき過程は既に終わっていますので」



 グレイスの人間として常にトップを取る。



 そんな脅しはもうリアには存在しない。



「それに実力という点であれば私はお父様の仕事をこれまで何度もお手伝いしています。大体の内容は既に把握しています」

「……」

「信頼という点でも私は不幸中の幸いであの人の指示の元、人々にはそれならに感謝されるべきことをしてきました。後は悲劇のヒロインでも立ち上げればむしろ信頼という部分はプラスでしょう」



 エムリルは飛んだ化け物だなと納得した。



「そして最後に、お兄様を差し置いて私如きが家を継ぐのはどうかという話ですが」

「めんどい、だるい、気に食わん」

「ですので、嫡子という古き制度などを差し置いて私が家を継ごうと考えています」



 ニッコリと物怖じせずに笑うリア。



「当初の予定とは違うと思いますが……」

「確かに、彼女なら資格はあるかと」

「そうだな」



 3者はそれぞれリアを認めた。



「なぁ、だとしたら何故貴様はここに来た。アクト」

「あん?」



 アーサーの質問にアクトは



「ただの冷やかし」



 嘘をついた。



「とか言って、ホントは妹が心配だっただけだろ」

「あの時も妹さんの安全だけは特に気をつけていましたね」

「お、お兄様!!」

「お前らマジで一回黙れ」



 アクトは頭を掻き



「チッ、せっかく帝国が引いた理由でも話してやろうと思ったが、興が冷めた」

「なに!!」



 反応したのはエムリル。



「それは本当か」

「なんでわざわざ嘘を言う。俺様が嘘をつくのは」

「照れ隠しの時だけですね」

「リア、一回マジで黙ろうか」

「おい、まずは話を」

「おいマーリン」



 会場に妙な寒気が走る。



「今のお前と俺、どちらが上の立場か分かっているのか?」

「もちろんだ」



 マーリンの背後に大量の魔法陣が浮かぶ。



「吐け。死にたくなければな」

「いいだろう。格の差を教えてやる」

「お待ち下さい」



 止めたのは王女。



「今は争っている時間ではありません」



 頭を下げ



「アクトさん。どうか、教えて下さいませんか?」

「姫様が頭を下げるなど!!」

「今の私は姫ではなく王です」



 より深く



「国を守るためなら、これくらい惜しくありません」

「……」

「いいだろう」



 アクトは座り



「そいつの顔に免じて喋ってやる。ほら、律儀に俺様の言葉を一つ残らず頭に残せよマーリン」

「クッ!!」



 エムリルは大人しく座る。



「俺様はめんどくさいのが苦手だ。端的に言えば邪神教と奴らがぶつかった」

「待て。何故お前はそれを知っている」

「見たから。嘘かどうかは勝手に判断しろ」



 そしてアクトは喋り始める。



「帝国と邪神教幹部のペインが交戦。女帝の策によりペインと相打ち。以上だ」

「……ということは、まさかあの女帝が死んだということですか?」

「ん?あぁ、そう捉えてもらって構わない。実質死んだようなものだしな」

「植物人間のような状態というわけか」

「それも違うな正確には」



 アクトは淡々と



「シェアハウスだな」

「は?」

「まぁ帝国は邪神教との戦闘で疲弊して去った。これが真実だ」

「失礼致します」



 それと同時に騎士が部屋に入る。



「調査により、帝国と何かが衝突した模様。大地に巨大なクレーターと何千もの死体がありました」

「さぁ、信憑性があがったな」



 アクトはエムリルを嘲笑いながら指差す。



「引き続き調査を進めろ」

「ハ!!」



 騎士が部屋を出る。



「ザマァ!!最初から俺様の話をお行儀よく聞いてれば恥かかずに済んだのになぁ!!」

「なんだかお兄様マーリン様へのヘイトが高いですね」

「確かにお前の証言の信頼度は上がった。そこに私情は挟まないが、先程の私の疑いに一切の失念はなかった。それだけだ」



 アクトとエムリルは睨み合う。



「で?結局この子ってことでいいのか?」

「私は賛成です」

「同じく」

「じゃあ決定だ」



 三人の承諾と共に、机が光り一枚の紙が現れる。



「これからよろしくお願いします、皆様」



 こうしてリアはグレイス家当主となった。



 ◇◆◇◆



「よかったのか?」

「何がですか?」

「お前はあのクソ野郎と同じ苗字を背負い続けなきゃいけないんだぞ?」

「お兄様こそ何を言ってるんですか?」



 リアは不思議そうに



「私が背負ったのはお兄様と同じ名前ですよ?」

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