第107話

「お前ら、下がれ」

「ですが陛下!!」

「分からないのか?」



 女帝は僅かに冷や汗を垂らしながら



「足手まといって言ってるんだ」

「……」



 重臣として誤った選択だろうと男は思った。



 だが



「承知しました」



 それが命令であるなら



「存外優しいのですね。『冷徹の女皇』と呼ばれるのは所詮噂でしかなかったということですか」

「そりゃそうだ。私の心は常に闘志で燃えたぎっている。それが冷たいだなんてあまりにも」



 女皇は斧を持ち上げ



「酷な話だろ?」

「全くです」



 振り下ろされた戦斧。



 およそ人が持てるとは思えないそれを



「いやはや」



 ペインは細い剣一本で止める。



「確かに旧時代であればその巨大な武器は非常に悪質ですが、今の時代魔力効率のよい剣の方が十全だと思うのですが」

「そりゃ何度も言われたさ。だけどね」



 徐々にペインは押され始める。



「おや」

「大は小を兼ねるって言うだろ?」



 突然戦斧から何かが噴き出し、その勢いを増す。



「潰れろ」



 破裂音と共に、地上に巨大なクレーターが生み出される。



「凄まじい火力ですね」

「アッサリと躱されたら意味ないけどな」



 いつの間にか遠くに立っているペインは興味深そうに女帝の武器を見る。



「なるほど。非効率的な魔力循環を敢えて利用し、溢れた魔力をジェット噴射のようにする事で質量という長所を伸ばしているのですか」

「ああそうさ。まぁ初見殺しに近いんだが、ネタが割れればただの重い武器さ」

「戦場に置いては一瞬の迷いが命取りです。その点で見れば非常に優れた武器かと思います」



 ですが



「それは弱者の考えです」



 ペインが走り出す。



 真っすぐ、まるで挑発するかのように来る軌道に



「いいだろう」



 女帝も合わせるかのように自身の最大火力を構える。



 そして



「死ね!!」



 一人の人間を覆うような影がペインを包み、そして



「ほら」



 影はパラパラと音を立てて崩れた。



「武器はあくまで補助。本当の意味での戦闘はやはりこの」



 ペインは自身の顔を抑え



「肉体なのですよ」

「……」



 まるで感覚を確かめるように拳を何度か握り直す女帝。



「お前の言ってることは正しいかもな。その武器、随分と錆びれているが、それもお前の矜持故か?」

「これですか?」



 ペインは大事そうにそれを見つめ



「これは形見ですよ」



 ペインは昔を顧みるように上を見る。



「あれは戦争中のことでした。何も知らない私と友。無差別に降り注ぐ魔法は止まることなく、周囲の人々を根絶やしに、そしてーー」

「そうか」



 パキ



「……」

「安心しろ。峰打ちだ」



 ペインの持っていた武器を真っ二つにする女帝。



「お前の過去話などどうでもいい。それでお前が何故不幸になったのか、何故邪神教に入ったかなど、それを聞いたところで」



 女帝は拳を握り



「お前が私達の敵であることに変わりはない」



 ペインの腹を鍛え抜かれた拳がめり込む。



 ペインの巨大な体がボールのように地面を何度も跳ね、人としての動きを損ないながら地面を滑った。



「終わったのでしょうか?」

「そんなわけないだろアホが」



 案の定、ペインはムクリと立ち上がる。



「攻撃を受けるのは久しぶりですね」



 ペインは少し楽しそうに歩き出す。



「実は私は話すのが好きでして、いつも自身のことを戦闘中に喋ってしまうのですよ」



 徐々にペインの足跡に、焼けたような跡が残る。



「私には実は皆さんのような特質した能力がないんですよ。邪神教失格ですね」



 次第にペインの体から揺らめきが発生する。



「私はただ身体能力が高く、それだけで幹部の第3席まで上がってしまいました。私としてはサム君のようなユニークな能力こそ評価されるべきだと思うのですが」



 徐々に揺らめきの理由が判明する。



 そう



「暑い」



 誰かが呟く。



 最初はただの違和感であった。



 だが



「ですので私は殺せば死にますし、強力な魔法も使えません。邪神教の中では一番倒しやすいかもですね」

「熱い」



 迫ってくるそれは、最早空高くに浮かぶあれと同じ存在のように感じてくる程。



「よ、鎧が!!」

「そんな!!」

「おい!!今すぐ金属類を脱ぎ捨てろ!!」



 女皇の言葉と共に一斉に武装を解除する一行。



「何が能力がないだ。なら今お前から発生しているそれは何だ」



 最初の冷や汗とは違い、生理現象として流れる汗を拭き取る。



「これは呪いです」



 ペインは答える。



「先程の続きですが、私には友がいました。とてもとても大事にしていましたが、残念ながら強過ぎた私を警戒した敵は」



『潔く死ねば、こいつを生かしてやる』



「本当に酷い。私は絶望しました。人間はなんて愚かだ、なんて理不尽なんだと。そこで私は思いました」



 ペインは真面目に



「こいつらを皆殺しにすれば、友も許してくれるだろうと」



 帝国の兵は震えた。



「そこで私は敵ごと友を斬り殺しました。すると何故でしょうか、友は私にこう言ったのです」



『地獄の業火に焼かれてしまえ!!』



「そして私の顔はこうなってしまいました。彼の得意な魔法は炎でして、死に際の闇魔法と合わさり解呪不可能の呪いとなりました」



 ペインの顔から焦げた肌が落ち、その奥がまた焼け焦げる。



「最初は大変だったんですよ?痛みで寝ることも出来ず、まるで拷問のようでした」

「それで世界を憎み滅ぼそうと邪神教に入ったのか?」

「おや、確かにそう捉えられても仕方ないですね。ですが違います」



 ペインは折れた剣を



「これは贖罪です」



 粉砕する。



「私は人と違う感性を持っているのは知っています。ですが、友を大切に思っていたのは事実です。ですので、友の最後の願い」



『地獄の業火に焼かれてしまえ!!』



「きっと地獄とはこの程度の痛みではないのでしょう。ですが、私が地獄の奥底に向かうにはまだ足りません」



 ですので



「友には家族がいるそうです。その家族を彼のこの呪いで殺してあげるのです。きっと彼は悲しむでしょう。間接的とは言え、自身の力によって大切な家族を殺すのですから」

「……イカれてる」

「そのついでに世界を滅ぼせば、きっと私は地獄に行くでしょう。ですので、今この国に攻められて彼の家族を殺されると困るのです」



 ペインは手の先がブレ、まるで蜃気楼のように高熱の何かを握る。



 ペインは自身の腕が焦げるのをまるで意に返さないようにそれをしっかり掴む。



「安心して下さい。焼けるより早く再生してますから」

「誰もそんな心配してないよ」



 女帝は震えた。



 未だかつてない程の強敵。



「やろうか」

「いいですね」



 そして二つの銃弾が衝突する。



 ペインの振り下ろしたそれを女帝は腕で防ぎ、そのまま斬り落とされる。



 だが逆に空いたペインの体に重い一撃を食らわせる。



「捨て身の一撃のようですが、私には大したダメージには……」



 ペインは言葉を途中で止める。



「脳がくらっときただろ?いくらお前の体が丈夫だろうと、体内に攻撃されれば関係ないだろ?」

「そういう不死は邪神教の特権なのですが……」



 女帝の落とされた腕はいつの間にか再生していた。



「あと何だ」

「10です」

「十分だ」



 女帝は再生した腕の調子を確かめる。



 だがそこで違和感



「……」

「私を殴った方の手は再生しないんですね」

「燃え続ける呪いか」

「切り落としては?」

「いや」



 女帝は深呼吸し



「もう慣れた」

「素晴らしい」



 ペインは目を輝かせる。



「さぁ、死合おう!!」

「このような好敵手に会えるなんて、私は本当に幸せものですね」



 二人の戦いはまだ始まったばかりである。







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