第106話

「アクト様の目的は一体何なのでしょうか」

「何の話だ」

「単なる疑問です」



 ラスボスと悪党は仲良く同じ飲み物に口をつける。



「邪神教の活動範囲はご存じでしょうか?」

「……」

「さすがですね」

「俺様はまだ何も喋っていないが?」

「顔に出ていましたよ。顔は口程に物を語りますからね」



 顔の見えない男はそう言って笑った。



 その表情を見て、俺はなるほどと納得する。



「この国での主な担当は私とサム君です。サム君が調査を、私が戦闘を担当していますね」

「ペラペラと喋るな」

「サム君とは違い私は秘密主義ではありませんので」



 舐められているのか、それと挑発されているのか。



 どちらにせよ、アクションは起こすべきではない。



「実はですね」



 ペインはぬるりと



「私は既にここでのミッションを達成しました」

「…………」

「アクト様の思慮深さは些か不気味ですね」

「いくら門が壊されたとはいえ、あそこの警備をお前一人が問題を起こさずに突破できるは思えないな」

「逆に言えば、騒ぎさえ起きてもいいなら私が簡単に落とせてしまうことはご存知だと?」

「お前は思慮深いではなく妄想が過ぎるな。論理を飛躍するのは結構だが、その少ない脳みそを空っぽにしたらどうだ?」

「これは失敬」



 まるで俺の言葉を意に返さない様子のペイン。



「簡単ですよ。サム君みたいに開いた門に侵入し、騒ぎが起きたので目的を達して逃げただけです。アクト様のように」

「シウスマジで無能すぎ」



 大きなため息が溢れる。



「ある意味計画はすんなり行ったのか」



 当初の予定よりも戦争は早めに決着がつきそうだ。



「それにしても面白かったですよ。『わしの命一つで民の命を守れるなら本望だ』だの、『必ずこの報いは晴らされる』だの、アクト様にも見せたかったですよ」

「確かに惜しいことをしたな。何故呼んでくれなかった?もしかして俺様がいたら失敗すると思ったのか?」

「まさか。アクト様程度で私を止められると?」

「余裕だな」

「結構」



 化かしあいは続く。



「ですがまさか帝国が攻めてくるのは予想外でした。お陰で色々準備していたものが狂い始めましたよ」

「そりゃラッキーだな」

「そこで話は戻りますが」



 俺の持っているコーヒーがカタカタと揺れる。



 それは奴から発せられた圧だろうか、それとも俺がビビっているだけだろうか。



「何が目的なんです?」

「そうだな」



 ピキ



 ヒビが入る。



「お前らを一匹残らず根絶やしにしてやることだよ、邪神教」



 人外同士の睨み合いは、空間を揺らす。



「ならここで、あなたを殺して差し上げましょう」

「はん。手っ取り早く一匹殺せるなんて幸先がいいなぁ!!」



 パキン



 持っていたコップの取手が壊れる。



「冗談はここまでにしましょうか」



 緊迫した空気が霧散する。



「いやはや、まさか帝国と私をぶつけるなんて思いもしませんでしたよ」

「殺したい奴の為に国を守る気持ちはどうだ?」

「非常に最悪な気分です」



 ペインは椅子から立つ。



「帝国を滅ぼした後はアクト様、あなたの番です」



 ペインは店を後にした。



「お気楽な奴だ」



 帝国を甘く見過ぎだな。



「あれ?お客様は帰られたのですか?」

「ん?ああ」

「ところでそれは?」

「あん?」



 ペインが座っていた席に袋が置いてあった。



「……」



 全身に変な寒気が走る。



「開きたくねぇ」



 ゆっくりと、何かの液体が垂れたそれを開く。



「あぁ」



 何とも居た堪れない気持ちだ。



「初めましてだな」



 既に事切れたそれに挨拶をする。



「愚王」



 ◇◆◇◆



「状況は?」

「現在帝国側が停滞状態。結界が崩壊するのはおよそ30時間後まで迫りました。敵戦力は変わらず200万。対してこちらの戦力は100万にも満たされていません」



 マーリン家当主、エムリルは淡々と戦況を述べる。



「姫さんよ。どうして戦争が始まるって伝えねぇんだ?」



 アーサーは不思議そうに尋ねる。



「少しは頭を使えペンドラゴ。私達にとっての今の勝利ポイントを考えろ」

「あぁん?……あぁ。門か」

「その通りです、アーサー様。帝国とぶつかれば我が国の状況が他国に知れ渡ります。その状況下に置いて、私達が優先するのは防衛ではなく修繕」

「門の復活を最優先する為に、国民には疲弊した状態を改善してもらう必要があります」



 一つの席が空白のまま、会議は続く。



「私は反対ですけどね。疲弊しているからといって、鞭を振るわないのはどうかと」



 エムリルは少し苦言を漏らす。



「まさか私が善意でしていると?」

「違うのですか?」

「はい。もしこの状況で国民に事情を話せば、おそらく」

「寝返るな」



 言葉を貰うようにアーサーが続ける。



「マーリン。お前は少し厳しすぎだ」

「甘過ぎる奴らばかりなだけだ」

「方針は変わりません」



 少女は唇を噛み締め



「命令には従ってもらいます。これは」



 王命です。



 ◇◆◇◆



「皇帝陛下」

「何だ」

「何故このまま攻め入らないのでしょうか?陛下の力を持ってすればこの程度の結界は簡単かと」

「確かにそうだな」



 女皇はその進言に最もだと頷く。



「だが、それは罠だ」

「どうしてでしょうか?」

「奴は心根が優しい。故に王の器ではないが……まぁいい。おそらく戦うことよりも守ることに重きを置いている。つまりこの結界は初手でありながら最終。時間稼ぎを終えたその瞬間こそが、本当の狩り時だ」

「なるほど。さすがの知見です」



 側近の男は満足気に下がる。



 女皇は確かにその地位に着くべきとばかりのカリスマ性と知性、その上圧倒的武力を保持していた。



 だが、彼女は知らない。




 一筋の刃が



「もうあんたの知ってる王はいないんだな」

「……ガハ!!」



 女皇の胸を刺す。



「どんな気分だい?圧倒的格下の人間に背後を取られた上に、その命まで取られる気分は?」

「何者だ……貴様」

「へ、陛下!!」

「おっとっと」



 一人の男を囲うように兵達が集まってくる。



「大丈夫ですか!!陛下!!」

「問題ない」



 胸に刺さった刃を抜く。



 するとみるみるその傷口から流れていた血が止まる。



「あれ?僕確かに心臓を刺したはずなんだけど……やっぱりこの世界化け物多くない?」

「悪くない手だったな、邪神教」



 女皇はその大斧を背中から抜く。



「ありゃりゃ、死んじゃうね僕」



 薄っぺらい笑いを浮かべた男は



「僕みたいな好青年のピンチにはきっとヒーローが現れるはずだ。みんなも一緒に呼ぼうか。せー」



 ズサリ



「死ね」

「……」



 男の全身に一斉に剣が刺さる。



「やり過ぎじゃない?」



 ケロロンと全身に刺さった剣を見下ろす男。



「……不死身か?」

「一緒にしないでよ。僕はただ人を騙すのは上手いだけの雑魚だよ」



 徐々に姿が変わっていくそれは



「……人形か」

「おっと、失敗した僕は怒られるだろうけど、あの人一人で十分でしょ。さぁ、呼ぼうか」



 人形は大きく息を吸い



「助けて!!ヒー」

「おっと、すみません」



 天空から舞い降りてきたそれは、人形を粉々に壊す。



「サム君には申し訳ないことをしましたね」



 黒いフードを被った男は



「初めまして、帝国の皆様」



 綺麗なお辞儀をし



「私は邪神教幹部第3席」



 ニヤリと笑い



「ペインと申します」

「随分と大層な名だな」



 誰も動けずにいたその場で、唯一同格の存在は同じく笑った。



「私の名前はファーニル。早速で悪いが」



 大きな戦斧を向け



「殺し合おうぜ」

「素敵な誘い文句ですね」

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