第105話

「何故……俺様は生きている」



 ザンサは疑問に思う。



 確かにあの瞬間、自身がリアの攻撃で死んだことを理解したからである。



「おかしなことを言う。君は確かに死んでいるよ」



 マユは不可思議なことをさも当然かのように言う。



「誰だお前は」

「おや、随分と長くいたのに忘れるとは心外だね」



 マユは茶をすする。



 明らかに西洋な雰囲気を纏いながら、お茶を飲む姿はミスマッチでありながら、それでもどこか上品さを漂わせている。



「リーファ。これを言えば愚図の君でも分かるかい?」

「……」

「さて、寛大な私は君のような愚者の質問にも答えてあげよう」



 敢えてザンサの癇に触る言い方をするマユだが、最早ザンサに争う意思はない。



 正確には、争うだけ無意味な存在だと悟ったのだ。



「君は確かに死んでるよ。人間の基準では違うと答えるものも多いと思うが、まぁ自身の姿を見れば分かるだろう」



 マユは鏡を取り出す。



「……」

「おめでとう、化け物」



 ザンサが鏡に映る異形の姿を見る。



 自分は一体何で自身の姿を確認しているのか分からない恐怖がザンサに襲い掛かった。



「この姿は一体……」

「簡単さ。君の体は確かに消滅したが、あの子は優しいね。魂までは残された。だからまぁ力を失っていると言えど神だからね。そこはちょちょいと……ね?」



 ザンサは目の前の存在を理解できなかった。



 だが、直ぐに人間が理解する領域の遥か彼方にいるのがこれだと納得した。



「俺様をどうする気だ。拷問でもするのか?」

「それもありだね。痛みを通常の数百倍まで引き上げて、プチプチと潰すのもまた一興だろう」



 だけどと



「残念、まだ君の心をへし削るのはもう少し先の話になる」



 マユは愛らしそうにどこかを見つめる。



「今はただ、姉妹の行く末を見守ろうじゃないか。それが親の務めだろう?」



 ◇◆◇◆



 さて諸君。



 もうすぐ戦争が始まる。



 そんな中で我々のすべき行動とは一体何なのだろうか?



「そう」



 答えは



「随分と高いものを仕入れたな。本場のか?」

「いえ、インスタントです。アクト様」

「そうか」



 コーヒーを飲むだ。



「マスター、少し愚痴を聞いてくれないか?」

「何だい?」



 見ての通り、人々には今の国の状態は知られていない。



 帝国の侵入自体は既に始まっているが、結界により暫く進行を妨げている。



 奴らからすれば勝手に自分達で削れていくため、放置している状況だ。



 そんな状況の中で



「これは友達の話なんだが」

「その免罪符通用します?」

「その友達には血の繋がらない妹がいるんだ」

「なんとも漫画みたいな導入ですね」

「そんな妹が……」



 俺は唾を飲み



「可愛くて仕方ないんだ!!」

「何の話ですか?」



 元々アクトというゴミの好感度なんて擦り切れんばかりにマイナスにあった。



 だが、例の件をもってして俺の評価は急上昇。



 その時点でのリアの対応は確かに積極的であったが、どちらかというと慕う兄のような存在だった。



 リアは俺に対してまるで恋愛感情があるかのような態度だったが、必ず一線は引いていた。



 あくまで戯れていただけだったのだ。



 だが



 だがしかし



 それが今回の事件をもって、何かおかしな方向に進み始めた。



 朝



『お兄様、おはようございます』

『……鍵は……かけたはずだよな』

『安心して下さい。合鍵です』

『安心って何!!』



 昼



『ゲームというのを初めてしましたが、とても面白いものですね』

『そうだな。ところで朝からずっと俺様の部屋にいるけど、いつ帰るの?』

『ダメ……でしょうか?』

『一生いていいよ』



 夜



『ダメ!!』

『ですが……』

『ホントダメ』

『でも……』

『でももデモンストレーションもありません!!』



 そんな出来事が昨日のこと。



 そして



『あの……お兄様』

『ななななななななななんだ』

『もう一度……ダメ……ですか?」

『ダメです!!!!!!!!!!!』



「はぁ」

「申し訳ありませんアクト様。1発殴らせて頂けないでしょうか?」



 どうして俺の不幸話を聞いてこいつはイライラしてるんだ?



「分かるかマスター。三日三晩何も食べていない肉食獣の前に、A5ランクの肉が腰を振りながら誘惑してくるんだ。この生殺しが分かるか?」

「アクト様欲求不満なんですか?」

「違う。リビドーに溢れているんだ」

「さいですか」



 マスターは何か食べるかと尋ねてくるが、俺はコーヒーを飲みに来ただけなので断る。



「ここ飲食店何ですけどね」

「どうすっかなぁ」



 明らかに頭ピンクちゃんと、頭筋肉ちゃんと、頭の中ピンクちゃんの好感度が爆盛りされている。



「だけどそんなにアクト様にべったりなのに、今日は一緒じゃないんですか?」

「ん?あぁ、実は今は少し用事があってな」

「リア様にですか?」

「何の話だ。これは友達の話だ」

「その設定生きてたんですね」



 俺は一杯のコーヒーを啜る。



 そして暗い液体の表面から覗く俺の顔は



「おい俺よ」



 なんて顔してやがる



「嬉しそうにしてんじゃねぇよ」



 本当に戻れなくなっちまうぞ。



 カランコロン



 店の扉が開く音がする。



「いらっしゃいませ」

「……この人と同じものをお願いします」

「あー、これただのインスタントですが……」

「構いません」



 俺の隣に丁寧に座る大男。



「今日は天気が良いですね」

「そうか?太陽が煌めいていて最悪の天気だろ」

「そのような天気のことを良いと言うのですよ、アクト様」

「勉強になるな」

「お待たせしました」



 何も知らないマスターは笑顔でコーヒーを出す。



「確かにインスタントはお手軽ですが、それで味が劣るとは私は思いません」

「気が合うな。同じ異常者として誇りに思うよ」

「恐縮です」



 大男はコーヒーを飲むために顔の包帯を少し解く。



 するとその隙間から惨く爛れた肌が少し見える。



「やはり美味しいですね」

「で?そろそろ本題に入ったらどうだ」



 コーヒーが空となる。



「ペイン」



 マスターは何も言わず、二杯目を注いだ。



 ◇◆◇◆



 とある名前のおかしなお店。



「……」

「えっと、あの、その」



 奇妙な二人の美少女が向かい合い座っていた。



「このケーキ美味しいですね」

「え!!で、でしょ!!それはマロさんって言う私の……お母さん?みたいな人が作ったもので」

「素晴らしい方なんですね」

「そうなの!!……あ、あははは」



 だが残念なことに、翠緑の髪を持つ少女は少し、ほんの少しコミュ障であった。



「お兄様からお話は聞いていますか?」

「……うん。かなり前にね」



 リーファはあの日の情景を思い出す。



「そうですか……」



 リアは持っていた食器を置き



「そうです。私がお兄様の婚約者です」

「聞いてない」



 リーファは即座に反応する。



「え、えっと、ごめんね。私はあなたが私の妹だって話は聞いたけど……え?」

「あぁ、すみません。大事なことは先に言わないとと思いまして」

「今間接的に私との関係が大事じゃないって言われた?」



 リーファは困惑した。



 だがすぐに



「ふふ」



 リアは笑う。



「もう!!あんまり人を揶揄わないで!!」

「すみません、ジョークにしては時期尚早でしたね」



 リアの(半分)冗談は二人の間にあった壁を少し壊した。



「初めまして、お姉様。私の名前はリアと申します」

「お姉様……なんかムズムズするなぁ。コ、コホン。初めまして我が妹、私の名前はリーファです!!」



 当然血の繋がりは一切ない二人の性格が似ていないことは当然と言えるだろう。



 だが



「大変だったね」

「お互い様ですよ、お姉様」



 二人が同じ親を持つのは共通していた。



 そして何より



「不幸話は山程あると思います。きっと私では想像がつかないような、そんな思いが沢山あると」

「そうだね。でも」

「はい。それより語り会いましょう」



 二人には共通する存在がもう一人いた



「お兄様と私の出会いはですね」



 それから二人は話し合った。



「最初は嫌な奴だと思ったよ。今も時々思うけど」

「全てはお兄様の愛ゆえなのです」

「宗教?」



 話した



「そこでお兄様が現れたんです!!」

「いざって時はやるよね」



 話した



「ところでお姉様、お姉様はお兄様のことが好きなのですか?」

「へ?い……いやいや、ないない。絶対ないから!!」

「なるほど。まだ、と言うことですね」

「これからもないから!!」



 話した



「まぁ確かにあの時のあいつはかっこよかったかも?」

「ふふ」

「な、何よ」

「いえ、お姉様が素敵な人でよかったなと思いまして」

「そう?そう言ってくれると嬉しいな。私も、妹がこんなに可愛くて優しいなんて幸せだよ。時々おかしいけど」



 いつの間にか日は暮れ



「もうこんな時間か」

「楽しい時間はあっという間ですね」



 二人のお別れの時間が来た。



「じゃあもうあいつはいないんだ」

「そう……ですね」



 店の前で二人はどこか遠くを見る。



「リア」

「何ですか?」



 リーファはリアを包み込む。



「ありがとう。そしてごめんね」

「どうして謝るんですか?」

「私が、やるべきだったかなって」

「どうでしょうか?多分、私が動かなかければお兄様がやっていたと思いますよ?」

「あ〜、確かに、あいつならしそうだね」



 それでもリーファは離さない。



「じゃああれにする。大切な妹に重荷を背負わせたごめんにする」

「何だか適当ですね」

「いいの」



 リーファは最後に力を入れ



「もう終わった話だから」



 だからと



「もう、リアは自由だよ」

「……はい」



 もう一度



「はい」



 リアは大きく、返事をした。



 救済√2.5



 リア グレイス



 完


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