第104話

 後日談



 俺らは、遂にザンサを倒すことに成功した。



 奴を殺すことが正解だったのかは今も分からない。



 あの選択がリアにとっての一歩となるのか、それとも枷になるのか、それが俺にとって一番の心残りだ。



「あぁ、お兄様ぁん」



 結果的に、ザンサの死は秘匿された。



 ザンサが消滅したと同時に



『まさか殺っちまうとはな』

『見てたのか』

『まぁあいつに逃げられたら元も子もないからな』

『それで、アーサー。あれをどうする』



 俺は国境前に広がった圧倒的な戦力を目の前にする。



『俺らは王の守護者だ。何も変わらん』

『そうか』



 国中には門の破壊及び、俺の罪含め諸々が奴の肩に乗った。



 奴が人体実験やら邪神教と繋がりがあったのは事実であり、こんな馬鹿げた所業の数々をもういっそザンサに背負ってもらおうというヤケクソ状態だ。



 何故こんな無理が通るのか



 その答えは



「お兄様、私はどうやら封印され過ぎて体が動かないようです。あーんを……いえ、口移しを所望します!!」



 戦争が始まろうとしているからだ。



 一時の統制の為に、多少強引な手も必要であろう。



 結局力があったのはザンサであり、あいつがいない今の俺にそこまで政治に関わる力はない。



 つまり気長に待つだけだ。



「そんなお兄様!!何故代役など……女同士の方が気が安らぐ?嘘です!!女はみんなお兄様を狙う獣ですよ!!」



 そしてリアについての話だが



 俺はリアの中のあいつを放置することにした。



 しっかりとした理由もあり、まだまだ力を取り戻せていないらしいが、それでも神の力は強力であり、非常事態においてリアを守れる力があるのは安心だ。



 それに一応マユからの頼みというのもあり、協力すればマユの力も借りられるかもという打算的なものもある。



 だが、それらを差し置いて最大の理由は



『私は、アンと共に歩みます』



 リアは封印されている時、かなりの時間アンと話したようだ。



 話を聞けば



『アンは昔は人々に崇められたそうです。ある日、人々は魔力を持つ生き物、魔獣を造り上げました。それらは人々の生活を豊かにしましたが、同時に数は数十年に一匹が限界。そこでアンに頼んだそうです』



 衝撃の事実だった



『その時に生まれたのが、大量の魔獣』



 アルスの手によって宇宙にぶっ放されたアジダハーカも、元々は家畜だったそうだ。



 それらが知恵をつけ始め、人々に反逆の灯火を上げた。



 結果、アンは魔獣を生み出した諸悪の根源として人類に忌み嫌われる存在になったそうだ。



『アンは本当は優しい子なんです。ただ人を殺すのに躊躇いがなくて、力の制御がちょっぴり下手くそなだけなんです』



 いや普通にやばいでしょと思ったが、俺の目的は



「そんなぁあああああああああああああお兄様ぁあああああああああああああああああああ」



 リアの幸せだ。



 その為なら、全人類だろうと笑って相手にしてやる。



「アン!!お兄様を拘束!!」

「オッケー」

「な!!おま!!」

「ぐへへ、これでお兄様は私のものです」

「クソ!!一体どこでそんな方法を学んだ!!」



 それに



『誰が来ようと、お兄様が守ってくれますから』



 あんなことを言われたらもう何も言えないしな。



 アンもどうやら俺に懐いているらしく



「アン!!俺様を解放しろ!!」

「嫌」



 大抵俺の願いは聞いてくれる。



 リアとアンは相性もよく、アンの倫理観も俺としてはリアに攻撃的な人間を先んじて消せるというメリットだと気付いた。



 とまぁ、他にも語るべきことは山ほどあると思うが、以上のことから今回の件は終止符を打った。



「やめろ!!離せ!!」

「ちなみにお兄ちゃんがちょっとでも抵抗したら簡単に外せるの知ってる?」

「……離せ!!」

「遂にお兄様を手中に出来るのですね!!」



 そして現在、俺らは教会にいた。



 念のためにエリカがリアの治療をするという名目で集まっている。



 何だか懐かしい光景だと、あの日のことを思い出す。



「お兄様……」

「リア……」



 そして俺は全身を拘束され、ベットの上でリアに馬乗りにされている。



 そしてリアの顔が近付き



「また……助けてもらいました」



 コロンと、リアは俺の隣に横になる。



「今度は私がお兄様を助けようと思っていましたが、やっぱり私はダメですね」

「そんなことは」

「いいんです」



 リアは俺の腕に顔をうずくめる。



 息が俺に肌を刺激し、変な気持ちになる。



「悔しかったです。不甲斐ない自分に、弱い自分に、ですがそれ以上に」



 嬉しかった



「あの扉の向こうは力の奔流でした。まるで自分が自分でないような、そんな空間の中でも、私が私でいられたのはお兄様のお陰でした」

「俺様は何もしてない」

「いいえ、私は信じていました。お兄様は必ず助けに来ると……必ず」

「……期待に」

「応えてくれた。それが真実です」



 俺の腕にかかる力が少し大きくなる。



「嬉しかった、嬉しかったんです。本当に、本当に本当に本当に嬉しかった」

「……」



 啜り泣く声。



 暗い部屋の中での涙と違い、それが幸福故のものであることは分かる。



 だからこそ



「それでも俺は、君に辛い思いをさせてしまった」



 今の彼女は救えても、過去の彼女は救えない。



 これまでの彼女の辛さを、そして最後の結果も、本当の意味で彼女を救えることは不可能と分かっていても、俺には後悔の念が渦巻く。



「すまない。君を一人にさせてしまった。孤独を嫌う君に、俺は何度もそれを強いてしまった」

「いいんです」

「優しい君に、全てを委ねてしまった」

「いいんです」

「もっと……君を……幸せにしたかった……」

「いいんです」



 潤んだ俺の目には、同じ表情の彼女の姿が写っていた。



「十分です。もう十分、私は救われています」

「俺は君に……返すことはできたのだろうか」

「勿論です。なんならお釣りを返しますよ」



 そう言って



「ん」



 俺は世界一のお返しをもらう。



「愛しています、お兄様」



 赤い頬と潤んだ目。



「俺ーー」

「体調は大丈夫です……か……」



 食事を手に持ったエリカが部屋に入ってくる。



「大変失礼しました」

「待て!!」



 部屋を出て行こうとするエリカを止める。



「何もなかったから!!」

「さすがに誰でも嘘と分かるますよ」



 ベットの上で涙を流した男女が顔を赤らめている。



 むしろ何もない方がおかしいが、このままエリカを返せば俺はマジで止まれなくなる。



「頼む!!」

「しょうがないですね」



 渋々エリカは部屋に入る。



「どうぞ」



 そして俺は気持ちを切り替える為に食事に貪りつく。



「エリカ様」

「何ですか?」

「ふふん」

「な、何ですか」



 ドヤ顔のリアを俺は見て見ぬフリをした。



 ◇◆◇◆



「今の状況で考えれば、まず国は取り込まれるだろうな」

「そうですね」



 食事を終え、現状を話し合う。



「ですが、おそらく……」

「無血開城。つまりはあいつなら絶対に降伏する」



 この国の王様は聡いが甘い。



 おそらく門を破壊された上にザンサを失った今の状態で帝国に勝つことは



「五分」



 その確率を踏まえた上で、奴は降伏する。



 犠牲を最小限に減らす道を選ぶだろう。



「まぁある意味安全だよな」



 正直これで人々が捕虜になろうが奴隷になろうが知ったことではない。



 能力ある者は保護されるのが世の常であり、ヒロインは皆が優秀な為、向こうに行こうが必ず高待遇となる。



 そもそも今の生活にそこまで変化が訪れるとも考えにくいしな。



「と、お兄様は考えているのですね?」

「何でナチュラルに人の心読むの?」

「そしてアクトさんはこの状況を使ってまた何か起こそうと考えていますね?」

「何でナチュラルに人の計画知ってるの?」



 もう嫌だよ俺。



「だが残念だな。今回は」

「自身が動く必要はない、ですか?」

「もう嫌」



 ソフィアの次に頭がいい二人が揃うともうダメだな。



「王宮での動きを見た予想ですよ。明らかにアクトさんが来てから動きに不審なところが多くなる人がいたので」

「あの子か〜」



 今回の要であるお転婆お姫様。



「可愛いからいっか」



 許そう、それが旦那の懐の広さだ。



「さぁ、火蓋は上がったぞ」



 戦争の始まりだ。



「ところでお兄様」

「何だ。俺様今結構カッコつけてる最中なんだけど」

「私にお姉様がいるのは真実ですか?」



 ◇◆◇◆



「やぁ、初めまして。よくも私と妹を閉じ込めてそして大事な愛娘を虐めてくれたね」



 ザンサグレイス君

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