第101話

 赤い髪



 可憐で、魅惑で、そして儚さを纏った少女。



 その腕は細く白い。



 まるで雪で作った飴細工のようであるが、その飴は鉄を簡単に砕く程の強度を持っていた。



 彼女を知る全ての人間は躊躇わず叫ぶであろう



「アルスノート!!」



 ザンサは分かりやすく驚愕を顕にした。



「助けに来たわ」



 最強は凛とした表情で腕を差し伸ばす。



「デジャブか?」



 最近この現象をよく見る気がするな。



『助けに来たわ』

『俺が助けるはずだったのにな』



 本当に。



「何故……ここにいる」



 ザンサの表情が険しいものとなる。



「あら、失敬。未来のお父様に挨拶しないなんて少し礼儀がなってなかったわ」



 目にも止まらぬ速さ



 踏み抜いた地面がまるで豆腐かのように破裂した後が残る。



「初めまして」

「あぁ……初めましてだな」



 全身を壁に押し付けられたザンサは苦しそうに返事を返す。



「息子さん、もらうわ」

「大罪だ」

「そうね」

「お前らは国中から永遠に狙われる。お前の活動時間を考えれば、確実に死ぬ」

「ええ、そうね」

「強硬手段をとった時点でお前の負けだ!!アルスノート!!」



 ザンサは痛みで顔を歪めながらも、その表情は勝利の顔であった。



「だから何?」

「グ!!」



 アルスの表情は変わらない。



「確かにこれでアクトを逃したところで状況は変わらないし、私の立場も危険になるわ」



 でも



「それであなたが死なないのは別の話よ?」

「お前!!」



 アルスはいつの物事の本質を見抜く。



 そう、アルスの行動は俺らの勝利に直結しない。



 だが、それはザンサにとっての勝利でもない。



 奴の最大の目標は生。



 その生を脅かされることが



「ふざけるな!!」



 最大の敗北であり



「アクトは多分、あなたが苦しむと嬉しがるから」



 おいおいアルスさん



「俺様は人助けに一番生を見出す男だぜ」



 歪み切った笑顔で俺は答える。



 だが、最高に楽しくて最高に気持ちがいい時間は終わりだ。



「アルス」

「分かってる」



 ザンサから手を離し、こちらに歩みを寄せるアルス。



 アルスは俺の手錠を



「ん」



 指で引っ張って外す。



「あー、しんどかった」



 手錠が外れた瞬間、みるみる俺の体は再生していく。



 正確には欠損部分が自然と魔力で補完されているだけであり、治ったとはいえないが、常に身体中を走っていた痛みが引いた。



「アクト様」



 まだ傷は深いが、少なくとも危険な状態を避けたウラ。



 捕まったをしていたソフィアが治したのだ。



「ホント、マジで次会ったら殺す」

「俺のお陰でいい感じになったのに酷い言い草だな」



 ケラケラと笑うシウス。



「はぁ」



 確かに、彼女達の協力を仰がなかったのは俺の踏ん切りがつかなかったせいでもあるが、それはそれとしてこいつに操作されていたことに腹が立つ。



「馬鹿どもが!!こんなことをしてただで済むと思うな!!」

「ザンサさんよぉ、焦りで随分と小物臭くなっちまったな!!」



 まぁザンサからすればこれは国家反逆罪やら何やらで俺らが劣勢に見えるだろうが



「既に盤面は出来てる」



 全ては既に終わった後であり、後は時間の問題だった。



 問題点が一つあるとすれば



「またアクト死ぬつもりだった」

「アルスさんや」

「何?」

「持てと?」

「私、頑張った。ご褒美」



 既に力を使い果たしたアルスはぐでんと俺に寄りかかっている。



「いいなぁ」

「誰ですか?今の可愛い声」



 ことが起きる前に、俺は殺されている可能性があった。



 俺としてはシウスを信用するしかないという大博打だったわけだが、こいつはこいつで俺の予想を遥かに超える方法で約束通り俺を助けた。



「じゃあな、次会う時はお前が牢屋の中だろうよ」



 ドヤ顔で俺はザンサを見下し、アルスとサヤを担いで部屋を出た。



「ところでどうやって脱出するの?」



 カッコつけた手前恥ずかしいが、最大戦力アルスがいない今、いくら俺らでも王宮から脱出するには戦力が足りない。



「大丈夫」



 アルスは震える手で親指を上げながら



「壊しといた」



 俺が門を破壊されたことを知り、発狂したのはこの数秒後の出来事であった。



 ◇◆◇◆



 道中でおおよその経緯を聞いた。



 やはりというか、予想通りというか



「よくやったな」



 これは久々に自分を称えた言葉であった。



 上手くいったと自負できる程度にはことは順調に進んでいた。



 そう、いたのだ。



「いや普通にまずいって!!」



 門壊しちゃダメでしょ!!



 あれなければこの国瞬殺だよ?



 いや別に王宮が弱いわけではないが、三大魔獣やら邪神教が攻めきれないのはあれあってのことであり、俺にとってのある意味切り札的扱いだったんだけど



「壊し……ちゃったか……」



 壊したらしょうがないかぁ(ヒロインにゲボ甘い)。



 ちなみに、ウラのことはユーリに預かってもらい、全員解散の流れとなった。



 それぞれやるべきことが分かっているのだろう。



 途中で何故シウスは彼女らが来るかを知っているのか問えば



『さぁな、誰が俺とお前を繋いだか考えれば?』



 と、桜色の髪の少女がキラキラとした笑顔をしている姿が頭をよぎった。



「ふぅ、やっと着いた」



 そして俺はとある場所に戻る。



「随分と、待たせたな」



 あの日からまだ数日しか経っていないとは思えない程濃密な時間だったが、しっかりと俺は約束を果たし、帰ってきたのだ。



「おそらく王宮の方は門の件でごたつくが、それが終われば例の結果も届くだろう」



 今頃勝ちを確信したシウスは悪態つきながら笑みを浮かべているのだろう。



 既にやつの逃げ場はないというのに。



「よっしゃ!!また勝ったー、俺って最強じゃーん」



 ルンルン気分で階段を降りていく。



 そして



「怖い、怖いよ」



 声



 啜り泣く声



「パパ、ママ」



 彼女にとって一番大切な存在の名前が聞こえる。



「……」



 リアの母親は予想出来る通りウラである。



 ザンサはリアを手に入れるために、まずは父親を嵌めた。



 リアの父親を借金まみれにし



「俺の元にこれば助けてやる」



 地獄への切符を渡し、父親を、そして母親を拘束。



 そして両親を人質に取られたリアは有無を言わせずザンサの養子となった。



 そしてリアは両親を、両親は互いとリアを人質といった形に取られた。



「許せねぇ」



 最初から分かっていたはずなのに、こうして目にすると冷静さを失う。



 ここでザンサを殺せば色々とまずい。



 罪という形で投獄するのがベストだと分かっているのに



「戻った」

「え?あ、お帰りなさい」



 俺の言葉と共に涙を引っ込め、笑顔で迎えてくれる。



 自身の感情を殺し、愛想を振る。



 まるで以前のリアに戻ったようだ。



「えっと」



 俺なんかよりも彼女の方が辛いはずなのに、俺は縋るように抱きしめてしまう。



 俺は願う。



 大義名分を



「突然目が覚めたら、よく分からない場所にいて、突然襲われて、パパもママもいない」

「そうだな」

「しかも覚えてないのに分かるんです。もうパパもママもいないって、私のせいで殺されたって知ってるんです」

「リアのせいじゃないよ」

「違うんです、パパとママが死んだのも、お兄様が危険な目に合うのも、全部」

「あいつのせいだ」

「お兄様……」

「君の幸せだった人生も、辛かった記憶も、取り戻せない過去も、全て奴が奪った」

「……」

「今まで大変だったよな」

「そんなこと……」

「いいんだ、泣いて」

「ですが……グレイスの者は……」



 もう……いいんだ



「必ず、俺が君を救うよ」



 どうも最低で最悪な俺は、ヒロインに頼まれなきゃ何も出来ない男なようだ。



 ◇◆◇◆



 三代貴族の溜まった不満は爆発寸前だ。



 言ってしまえばグレイスの手によって格を下げられたわけだからな。



 そいつらに理由を与えれば



「どうなるんだろうな」



 さて、実はあいつに盗聴器をつけてた俺は、奴がグレイスと手を組んだ情報が手元にある。



 これを使えばあのクズは俺に頭を垂れながら快く俺の話を承諾するだろう。



 ちなみに盗聴器は何故か俺の服についていたのは気にしない。



「そう、気にしなければ問題にはならない」



 そして、三代貴族が邪神教と手を組むのはこちらだけでなく、あちら側も一緒。



 ザンサとお手て繋いでた奴からすればザンサの存在は消したくて消したくて仕方ないだろう。



 そして王様にもプレゼントをあげた。



 王宮の破壊はやばいが、その事件を使わない手はない。



 国民の信頼を取り戻すためには犯人が必要だ。



 絶対防御は外からの攻撃に強いが謳い文句のため、犯人は身内から出す必要がある。



 そして、その委託は既に本命に頼んでおいた。



「確かに受け取りました、聖女様」



 これでもう奴に味方はいない。



 そして追い討ちをかけるように



「門壊れちゃったので、攻めるなら今のうちにですよー」



 連絡先を聞いておいた女皇にメッセージを送る。



 別に色々丁度いいから協力関係の為だけの話だったんだけど、妙に懐かれたんだよなぁ。



「さて」



 俺は携帯を閉じる。



「死ぬ前に顔でも見に行ってやるか」



 確実にこの後大変なことになるのを覚悟した俺は、最後に憎き相手の絶望した顔でも拝みに行こうとすると



「おろ?」



 何かに掴まれる。



「リア?」



 可愛い寝息を立てているリ



「誰だ」



 違う。



 リアの寝息はおよそ4.2〜5.3秒に間隔のはずなのに、今のこれは少しタイミングがズレていた。



「うにゅ?」



 そして何かは目を覚ます。



「ふわぁ」



 リアの姿で可愛らしく伸びをするが、その気配は明らかに神聖を浴びていた。



「初めまして」



 何かはピシリとお辞儀をし



「アンの名前はアンラ!!」



 純粋な、純粋な笑顔で



「これからよろしくね、お兄ちゃん」



 警戒心を緩めない俺は



「リアのお兄ちゃん呼びいいな」



 それと相対した。







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