第100話

 <sideアクト>



 知ってはいたんだが



「やっぱりクソみたいな理由だな」



 腹の中から怒りが湧き上がる。



「以前までその理由に救われていた自分に同じことが言えるのか?」

「言えるな」



 確かにこれまでのアクトはザンサの恩恵を受け、それにしがみつくように生きてきた。



 だが、それはアクトの話であり、俺の話ではない。



「俺様は、アクトグレイスはこの世の害だ。クズで、ゲスで、カスなアクトは死ぬべき存在だ」



 この考えはいつまでも変わらない。



「テメェの少ない脳でも分かるだろ?ザンサ。俺様が死ぬべきだって」

「……」



 今、ザンサの脳には俺が例の扉を開いた映像が流れているのであろう。



「分かるかザンサ。俺様とお前は世界の腫瘍だ。生きてちゃいけない。だからさぁ」



 一緒に消えよう



「お前……」

「ほら、お前の愛した息子と共に逝けるんだ。本望だろ?」

「ふざけているのか」



 ザンサの表情は変わっていないが、それでも俺に向ける目は完全に理解から外れたものを見るものであった。



「俺様が死ぬだと?そんなこと絶対ありえない未来だ」

「そうか?今死ねば楽だと思うぞ?」



 だって



「そうすれば、一生リアに負けないだろ?」

「!!!!」



 ザンサは昔から有能であり、他人の感情を理解できない。



 競合相手がいなく、評価が己の中で完結しているザンサの自尊心というのは、徐々に肥大化していった。



 結果



「リアを恐れたんだろ。お前よりも利口で、強く、そして自分にないものを持っている」



 そりゃ悔しいだろう。



 だってそれは



「お前の代わりということだ」

「黙れ!!」



 人としての上位互換が現れたようなものだ。



 人というのは個性があり、人に優劣など付けられる筈はない。



 だが、個を見ず、人をデータでしか見ないザンサにとって



「俺様は天才なんだ!!」



 リアの存在は自己の否定であった。



「誰も俺様の代わりなんて務まらない!!俺様はグレイス家の当主だ!!」



 目の焦点がずれ、どこか狂気じみた様子で髪を掻きむしる。



 結果、その紫色の髪が無造作に地面に散らばる。



 それを見た俺は一言



「ざまぁ」



 あ、ヤベ



「リアの場所を教えろ」

「おいおい、俺様を殺せばリアの場所は二度と」

「教えろ」

「……それは……無理な案件だな……」



 腹がグツグツと煮えたぎるように熱い。



「……確かにこのままではお前は吐かないだろう」



 怒りは時として、人の判断を鈍める。



 いや、鈍めるというより



「お前、リアが大切なのだろう」

「俺様はただお前が気に入らないだけだ」

「そうか。だが、物を試さずに終わるのは俺様の性に合わない」

「何を……言ってる」



 ザンサは何かに連絡を取ると同時に、俺から背を向ける。



「おい!!どこに行く!!」



 嫌な予感がする。



「少し席を外すだけだ。心配するな」

「誰がお前の心配なんかするかよ!!おい!!待て!!」



 俺の声を流し、奴は部屋を出る。



「クソ!!」



 さっきまでと違い、焦りと痛みで思考がおぼつかない。



「ルシフェル、何か有れば……ルシ」

「きゃ!!」



 女性の甲高い声。



「待たせたな」



 ザンサが部屋に入ってくる。



「アクト様……」

「ウラ……」



 現れたのはグレイス家の門の前に立っていた女性。



 そして



「口を割らねばこいつを殺す」

「はん、そんなんで口を割ると?」



 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい



「安心しろ、そんな生温い手を使うと思うな」



 ザンサは躊躇いなくウラの腹を切り裂く。



「テメ!!」

「こういったのはタイムリミットがある方がことが早くて済む」



 ドクドクと腹から血が溢れている。



「普通の人間なら腹に風穴を開けられれば死ぬのだがな」

「そりゃお褒めに預かり光栄だ」



 冷や汗が止まらない。



 俺の痛みならいくらでも耐えられるが、もしこれをあの子が知ると考えれば



「フ、どうした、さっきまでの威勢が嘘のようじゃないか」



 意趣返しとばかりにザンサの顔は愉悦に染まっている。



「やはり家族というのは想定以上に効力があるようだ。覚えておこう」



 焦りのあまり頭が上手く回らない。



 おそらくウラをこのままにすれば十分もしない内に彼女の命が尽きる。



 だが、リアのことを話せば奴は確実にあの子を捉え、離さない。



「クソ!!」



 食いしばる唇から痛みを感じる。



「分かった、リアの居場所を吐く。だからその人を」

「アクト様」



 顔の色が青白くなり始めたウラが、痛みで顔を歪めながら



「大丈夫です」

「何を言ってる」

「私のことはいいのです。もう、あの子は私に縛られる必要はない」

「そんなわけないだろ!!」



 ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!!



「あの子がずっと耐えてきたのはお前のためだ」



 なら、あの子があんたに対する思いはそれだけ



「大丈夫なんですよ、アクト様」



 どうしてそんなに安らかな顔ができる。



「あの子にはもう、私よりーー」

「黙れ」



 ウラの傷口を踏みつけるザンサ。



「止めろ」



 悲鳴、そんなものよりも甲高く、そして人ではないような叫び声をウラが上げる。



「喋りすぎだ。こいつの意見が変わったらどうする」



 血が溢れる。



 命の源がこぼれ落ちていく。



「やめろザンサ!!分かった吐く!!だから助けろ!!」

「居場所を吐くのが先だ」

「そんなことしている間にその人はーー」

「居場所が先だ」



 クソ!!!!!!!!!!!!!!!!!



「ここから南、大きな丘の正面に洞窟がある。そこを埋めて隠している」

「そうか」

「おい!!リアの居場所を言った。だから早くーー」

「聖女様がいない今、信憑性が足りないな」



 ザンサが何かの合図を出す



「!!!!!!!!!!!!!!!」

「すまない」



 俺の目の前には



「な、何故いる!!ユーリ!!ソフィア!!」



 捕らえられた二人の少女。



「どうやらお前は最近ペンドラゴとマーリンの娘と仲良くしているらしいな」

「馬鹿野郎が!!二人に手を出せばお前だってタダじゃすまねぇぞ!!」

「違うな、俺様は王宮に侵入した賊を裁くだけだ」



 こいつ、冷静そうに見えて頭が回ってない。



 いや、それは俺も同じか。



「すみません、あんな見え透いた罠に引っかかるなんて」



 ソフィアが悔しそうに唇を噛む。



 そして



「門がそう簡単に開くわけないだろ」

「テメェ!!」



 奥からヘラヘラとした顔で現れるシウス。



「愛されてるな、餓鬼。こんな可愛い女の子二人が命がけで助けてくれるなんて男冥利に尽きるってもんだ」

「よくやったシウス」



 ザンサの隣にシウスが立つ。



「悪いな、最初はお前を警戒していた」

「気にすんなグレイス。俺達は昔からそうやって成り立ってきた」

「裏切ったのか!!シウス!!」

「裏切るも何も、元々お前と手を組んだつもりはねぇよ」



 シウスは笑いながら、持っていた煙管に火をつける。



「チッ」



 ザンサが煩わしそうに手を扇ぐ。



「だがアクト。確かにお前の考えは天才的だった」



 シウスは一歩前に出て話す。



「俺がここに侵入し、道中でザンサと出会いそこで話す内容、そして姫様に出会うまでの流れ、その他全ての読みが恐ろしい程に的中した」

「……待て、シウス」

「シー」



 ザンサの言葉をシウスは遮る。



「その後、あの女帝にまで落とし込むとは流石の俺でも驚きだ。やっぱりお前は正真正銘化け物だよ」

「おい、お前さっきから何言ってる」

「だけど天才なお前は自身の命、そして大好きで仕方がない嬢ちゃん達を一切計算に入れないのはお粗末だ」



 結果



「この二人はお前を救う為にこんな命知らずのことをした」

「シウス、お前」

「何が言いたい、シウス」



 俺とザンサは共に困惑する。



 そして俺は先に気付く



「……」



 ウラの吐息が荒々しいものから、柔らかなものに変わっている。



「ダメだぜ、惚れた女ってのは強く、そして何をするか分かったもんじゃない」



 シウスは末恐ろしいとばかりに苦笑いをする。



「なぁ、俺の好きなことを知ってるか」



 この空間に置いて、欺き、偽り、騙し、そして知っている男は笑った。



「強い奴らが潰し合うことだ」



 けたたましい程の轟音。



 あらゆる衝撃、あらゆる概念、全てを弾く鉄壁の障壁は



「アクト」



 あまりにも無造作に、容易に、当然の如く



「助けにきたわ」



 一人の少女の手によって破壊された。

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