第99話
「グレイス家は三代貴族の中で最も優秀である。グレイスの名を落とすということは、自身の死よりも恐ろしいものと思え」
ザンサは父親に言われた教訓を守った。
そして
「おい!!ザンサ!!どうしてこんなことを」
「父上、あなたは少々無能過ぎた」
ザンサは自身の親を手にかけた。
理由はただ、グレイスの名に泥を塗ったからであった。
ザンサは当主となり、表向きは品行方正、裏では危ない組織と繋がり始めた。
「もみ消せ。それで全てなかったことになる」
いつしかザンサにとって、権力の前では全てが無力であると察した。
だが
「跡取り?」
「はい。三代貴族たるもの、跡取りがいなければその力は失われてしまいます」
「そうか」
それからのグレイスの動きは早かった。
自分に見合うだけの能力を持った女性を連れ、毎日のように一夜を明かした。
だが
「本日もダメでした」
「クソ!!」
ザンサに子供は出来なかった。
「遺伝子レベルの病気ですので、元々治っているものを治すのは聖女様でも不可能だそうです」
「ならどうすれば……」
ザンサは絶望した。
それが生まれて初めての挫折であった。
それからもザンサは日に日に焦りを募らせた。
そしてついに
「生まれました!!」
ザンサの子供が産まれた。
ザンサは久しく感じていなかった喜びに満ちた。
だがそれは束の間の幸せ
「か、体が!!」
ザンサの父親の代から側についていた爺やが大きな声を上げる。
「まさか……これは……」
多量の魔力によって、人間の体が亜人のものへと変わっていく現象。
幸か不幸か、三代貴族であるザンサと、優秀であった女性の魔力が合わさり、産まれた子供はザンサの遺伝子を無視する為に体を作り替えた。
その結果
「失敗だ」
ザンサは望んだはずの子供を手放すことになる。
「エルフが三代貴族である俺様の子供だと知られれば信用を失う」
「そ、そんな!!」
意を唱えたのは子供を産んだ女性。
「私の!!私達の子供よ!!」
女性の騒ぐ声に、ザンサは一言
「もみ消せ」
使用人にそう伝えた。
◇◆◇◆
「養子などを取っては如何でしょうか」
「そうだな」
ザンサは側近である爺やの言葉に同意する。
自身の能力の高さに自負を持っているザンサとしては、自身の子供が欲しかったわけだが
「まぁ、俺様に近しい奴がいれば考える」
そう結論づけた。
そしてある日
「産まれ……ました」
「なに!!」
ザンサは歓喜したが、相対して爺やの反応は薄い。
「問題があったのか?」
「はい」
「また、亜人か」
「いえ、亜人ではありませんが……」
「何を渋っている!!時間の無駄だ!!」
「実は……」
どこか言いづらそうに
「魔力が……ありません」
「な!!」
魔力がない、それが意味するのは
「俺は……どうやらもうダメなようだな」
「旦那様……」
おそらく子供に恵まれないことを悟ったザンサ。
「一応こいつは残しておく」
それから数年、ザンサの子供が生まれることはなかった。
「こちらの資料をどうぞ」
それからザンサは優秀な子供も探すようになった。
最初は親元のない子供だけだったが
「これも、これも、これもダメだ」
ザンサは優秀な人間以外認めたくなかった。
それが将来のグレイスの人間となる者であるなら当然だと、そう考えたザンサはいつしか
「見つけたぞ!!」
初めて自身のお眼鏡に会う少女に出会う。
「魔力、知能、身体能力、どれも優秀だ!!」
「ですが旦那様……」
爺やは言いづらそうに
「この子には家族が……」
「そんなもの」
どうにでもなるだろ
「アクト坊ちゃんはどうされますか?」
「あいつはダメだな。俺様の血を引いてるとは思えない。だが、まぁ俺の子だ。世間にも知れ渡ったし、残しておく」
ザンサは無能な子供を生かす自身を、この上なく善良な人間であると再確認した。
「それでは、少女をグレイス家へとお迎えして参ります」
「ああ」
そうしてグレイス家に
「初めまして」
一人の少女が養子とさせられた。
「今日からグレイス家の養子となったリアグレイスです」
「ああ」
ザンサは少女を確認する。
資料にあった通り幼いながらに知性を感じさせる態度、そして自身同様端正な顔立ち、そして何より
「両親が生きていけるのはお前の匙次第だ」
「存じております」
従順であった。
「ひたすらに学び、鍛えよ。他の造物共には気を遣え。そして俺様に利益を与えよ。以上だ」
そうして月日が経つ。
「またあいつが問題を起こしたのか」
「はい」
「チッ!!ここまで来ると処分に困るな」
「どうされますか」
「……慈悲だ、生かしておいてやる。今はまだな」
多少の問題もあったが、それもザンサにとって許容範囲であった。
だが、それからザンサの生活は急展開を迎える。
「封印が?」
「はい」
グレイス家が代々封印してきた力の塊。
「いつの間に……」
その内の一体が解放されていた。
「このことは……」
「黙認しろ。大丈夫だ、こいつさえ封印しておけば奴も力を出せない」
そしてそれだけでは収まらず
「アクトが……魔法を?しかも舞踏大会で準優勝だと?」
今まで無能だと決めつけていた息子が、突然大きな功績を上げた。
「どういうことだ!?」
更に事件は起きる
「デモ?それが俺様と何の関係がある」
「実はそれが……」
「計算は……あってるが、あり得るのか?」
「エルフは元来高い知能を持つと言われています」
「だが……そうか」
これで終わらない
「旦那様!!」
「クソ!!」
溢れ出る力を抑える。
「ハァハァ、やっと落ち着いたか」
「ですが次またいつ起きるか」
「依代を用意する。これに耐えられる精神力と魔力を持つものを用意しろ」
「かしこまりました」
それからザンサは幾人もの人間を用意し
「死に!!死にたく!!あぁ、あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、どうして……」
「またダメだったか」
また一人、廃人となる。
「旦那様、これ以上は流石に……」
「分かってる」
人を攫い過ぎた。
これ以上は明るむに出る可能性が極めて高い。
「はぁ」
ため息が出る。
「旦那様、リア様がお帰りになられました」
「あぁ、もうそんな時間か」
頭を悩ませながらザンサは部屋に戻る。
「お久しぶりです、お父様」
「とりあえず書類の整理をしろ」
いつも通りリアを雑用のように使うザンサ。
「ところでお父様」
「何だ」
少し苛立ち気に返す。
「こちらを」
「……あ?」
そこにはこれまでのザンサの悪事の数々が載った紙。
「そろそろ解放して下さい」
「な、何を急に言っている」
ザンサは混乱した。
確かに家族から無理矢理引き離すのは一般的に褒められたことではないこともザンサは理解していた。
だが、勉学に不自由のない場を与え、一生食い扶持にも困らない、その上三代貴族という名誉すら与えたというのに。
「ふざけているのか!!」
「安心して下さい。解放頂ければ私はこれ以上あなたに関わらないことを誓います」
「ッ!!!!」
動揺を隠しきれないザンサ。
「お、俺様の恩を忘れたか!!」
「勿論忘れておりません。あなたから受けた数々の思いを」
リアの目には強い光があった。
何者にも屈しず、誰よりも誇り高い。
ザンサは一瞬、そこに本物を感じた。
感じてしまった
「これはどういうつもりですか?」
「うるさい!!」
ザンサはその日、恐怖と劣等感を覚えた。
今まで道具と思ってた人間が、初めて自身に牙を向けた。
その結果
「捕らえろ」
およそ人数差は数十倍。
にも関わらず、半分の意識が奪われた。
一人の命も奪わずに。
「いつの間にこんな力を」
軽く満身創痍になったザンサは、少し冷静さを取り戻した。
「恩を仇で返すゴミめ」
自身の与えてきた愛を、拒否する娘にザンサは嫌悪を抱いた。
「こいつなら、おそらくあれを抑えられる」
こうして
「じゃあな」
歪で下劣なザンサの愛は、こうして幕を閉じた。
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