第97話

「酒でも用意できりゃよかったが、生憎ふざけている場合じゃくてな」



 アーサーはグラスに入った液体を揺らす。



「私達は嵌められた」



 ソフィアの父であり、マーリン家当主であるエムリルは丁寧な所作でステーキを切り刻む。



「あいつは昔から変な奴だったが、俺らに敵対する行為だけは避けてきたんだけどな」



 相反して、豪快な所作でステーキにありつくアーサー。



「それだけ切迫詰まったんだろう。奴にしては珍しく分かりやすく弱点を晒したわけだ」



 ナイフを突き刺す。



「どうするつもりだ、ペンドラゴ」

「そうだなぁ」



 アーサーは腕を組み



「俺は見逃してやろうと思ってた」

「思ってた?」

「いくらあいつが裏で何かしてようと、王と三代貴族による統治は安定している。もしそれが崩れれば、今以上の犠牲が出るのは確実だ」

「私も似たような意見だったな」

「……だがまぁ」



 アーサーは部屋の向こうにいる愛しの存在を見据え



「ちょっとばかし、おいたが過ぎると思ってな」



 時に人は理性よりも大事なものを優先する時がある。



「私も娘に頼られてな。今まで我儘を言わない子だったんだ。私はこれでも親バカでね」

「そうか。お前は昔から歪んでるからな。その愛で子供が溺れないといいな」

「まさか、私が与えるのは甘い蜜だよ」

「尚更溺れそうだな」



 アーサーはナプキンを乱雑に剥がし



「俺はとりあえず坊主の救出を優先する。それまではお互いに静かに暗躍だ」

「ペンドラゴが暗躍とは、今日は槍でも降るのか?」

「はん」



 アーサーは笑い



「槍如きでペンドラゴが止まると思うな」

「相変わらずだな」



 そこにあるのは友情というよりも腐れ縁。



 だが、腐ってもそれは繋がり。



「頼んだ」

「任せろ」



 この国の頭脳と力が結託した。



 それはあまりに強力で、あまりに



「目立ち過ぎます」



 別室



「やはり三代貴族全員が一斉に動けば国民も異常に気付きます」



 ソフィアは凛とした姿でコーヒーに口をつけ



「にがぁ」



 顔をしわくちゃにする。



「少数精鋭、つまりは実力と知能、それら上位のもので王宮に潜入するといことか」

「そ、そうなりますね」



 逆にユーリはコーヒーをブラックで飲む。



「ん?どうした?」

「い、いえ」



 ソフィアはそれを羨ましそうに眺める。



「そしてこの話を私にしたということは」

「はい。是非、そのメンバーの中にユーリさんをと」

「力を認められるというのは悪くないな」



 ユーリの鼻が少し高くなる。



「確かにユーリさんは実力、知識、共に最上級であるのもそうですが、最大の理由は」



 ソフィアは躊躇いなく



「色仕掛けが有効と判断したからです」

「ブッ!!!!」



 ユーリがコーヒーを吹き出す。



「え!!あ、口に……にが!!!!」

「ゴホッ!!ゴホッ!!」



 一瞬で場が阿鼻叫喚の地獄となる。



「きゅ、急に変なこと言うな!!」

「す、すみません」

「あぁ、ほら。これで口直ししろ」



 ミルクを飲むソフィア。



「で、ですが、ユーリさんの美貌であれば大抵の男は一撃かと。作戦の成功率を上げるならこれが有効です」

「ぬぐぅ」



 ユーリは悩む。



「そ、それこそソフィアでいいではないか」



 ユーリは爆弾に目をやる。



「確実に私よりは強い」

「私は戦闘面は役に立ちませんが?」

「いやいや、私よりも胸悪な兵器を持っているではないか」

「一応これでもマーリン家ですから」



 少し会話は噛み合っていなかったが



「バレたら気絶させる。それでいいな?」

「はい」



 折半案で締める二人。



「次は侵入方法ですね」



 ソフィアは一つの紙を取り出す。



「本来なら私達が守るべき場所に突入するというのもおかしな話ですね」

「それもそうだな」



 二人はどのようにして難点を突破するか話し合う。



「そして最初にして最大の難関」



 ソフィアは指差し



「門をどうやって開けるか」



 王宮が最難関と呼ばれる所以。



「内部に協力者がいればいいのですが……」



 ◇◆◇◆



「速く!!」

「はいはい」



 サムはアイドル顔負けのダンスを披露する。



 ちなみに場所は病院である。



「ハァ……ハァ……どう?」

「ダサい!!」



 少女は腕をぶんぶんと振る。



「もっとアイドルみたいにカッコよく!!」

「いやいや、これでも僕トレースだけは誰にも負けない自信がーー」

「スター性がない!!」

「わぉ、根本から否定されちゃった」



 サムは心から笑う。



「ねぇサム、ニュース知ってる?」

「僕はニュースと食パンで朝を始めるからね」

「そっか。いちいちめんどくさいけど、これ」

「どれどれ」



 画面には



『大罪人アクトグレイス、ついに捕まる』



「あのね、サム」

「なぁに?」



 少女は願う



「アクトお兄ちゃんを、助けて上げて」

「……もちろんだよ」



 サムは少女の頭を撫でる。



「絶対……だ……よ?」

「うん、約束する。だから今はおやすみ」



 少女は充電が切れたように眠る。



 それと同時に扉から女医が現れる。



「よろしくね」

「はい」



 サムは部屋を出、電話をかける。



「あ、もしもし。え?誰かって?僕だよ僕。え?詐欺?僕は人を騙したことなんて一度もないよ、失礼だなぁ」



 サムは顔の焼けた人間に作戦を伝える。



「そうそう、やっぱり邪神教って名乗るならそれくらい大胆に行かないとね」



 電話を切る。



「さて、アクト様。ようやく動き始めてきたね」



 サムは雲一つない空を見上げた。



 ◇◆◇◆



 赤いワインが注がれる。



「毒でも入ってるのか?」

「……」



 ザンサは先に一口飲む。



「オッケー、グラスを交代してもう一度だ」



 シウスはザンサとグラスを交換し、グラスを持つ。



「さぁ、最悪の夜に乾杯」



 ザンサとシウスはグラスをぶつける。



「単刀直入に言おう。今持っているのはお前だろ?シウス」



 ザンサはグラスを変えさせ、ワインに口をつける。



「はてさて何のことやら」



 ピシリ



「捨てるグラスが増えちまったな」



 シウスは美味しそうにワインを飲む。



「さて、俺がお前のあれやこれやの物的証拠を持ってるとして、何故俺がお前に渡す必要がある」

「……」



 ザンサは何かを取り出す。



「それは?」

「三が四になったところで対して変わらないだろ」

「まさか!!」



 シウスはそれを手に取る。



「推薦書だ」

「……そこまでするか?」

「そこまでだ」



 ザンサは深く腰掛ける。



「俺様はしっかりと国民の為に行動しているはずだ。1を捨て10を救う。これこそが三代貴族としての勤め」

「そうか」



 シウスは静かに



「その為なら自身の娘や息子を売るってのか?」

「そうだ」



 躊躇いはなかった。



「それにお前にだけは言われたくないな」



 ザンサはもう一枚の紙を取り出す。



「幸福教。10を殺し、1を幸せにするような組織だ。まさに邪悪の塊だろう」



 それは脅しであった。



「俺様の手を取れ、シウス。お前にとって悪くない話のはずだ」

「……」



 シウスはその手を弾



「のった!!」



 がっしりと手を掴む。



「おいおい、なんて美味い話だ。餓鬼から貰ったもんでまさか俺が貴族いりなんてよ」



 シウスは高笑いをする。



「お!!そうだそうだ、これだよな」



 シウスはザンサに大量の紙の束を渡す。



「これで全部だ。お前なら分かるだろ?」

「あぁ、確かにな」



 ザンサはそれらを一瞬で焼き尽くす。



「いいのか?」

「一度誰かに見られたら続けられないようなものばかりだ」



 ザンサは用はもうないとばかりに立ち上がり、部屋を出て行く。



「気持ち悪いなぁ」



 シウスはだるそうに



「ここまで計画通りだと」



 ◇◆◇◆



「ここに来た目的は知っているだろう?」

「勿論だ」



 二人の王は対談する。



「私とお前が手を組めば、あらゆる諸外国は一切の手出しが出来なくなる」

「だから同盟を結ぼうか」



 それは悪い話ではなかった。



 だが



「断る」

「何故だ?」



 女皇は不思議がる。



「確かに我々が手を組めば全ての国は平伏すだろう。だが、それは力での支配。王であるなら、力でなく信頼で勝ち取るべきだろう」

「はぁ、お前は昔からそうだ。頭は周るが気持ちがついていっていない。それではいつか死ぬぞ?」

「本望だ」

「そうか」



 女皇は立ち上がる。



「もう少しだけここに滞在する。それまでに答えが改まったらもう一度言え」

「ないと思うがな」



 女皇は部屋を出る。



「皇帝陛下のお部屋はこちらです」

「そうか」



 女皇は侍女と共に長い廊下を歩く。



 そして



「待て」

「どうかなされましたか?」



 立ち止まる。



「獣でも飼っているのか?」

「け、獣ですか?王宮は虫一匹すら侵入することは不可能なはずですが」

「ここか」



 何もない壁。



「どんな仕掛けだ?」



 女皇は不思議そうに壁を押すと



「え!!」



 扉が開く。



「牢獄か」

「な!!あれが収容されているのはここと真逆のはず!!ほ、報告しないと」



 侍女は急ぎ足で去って行く。



「さて」



 女皇が中に入る。



「飢えた獣だと嬉しいな」

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