第84話

 もう数時間すれば俺の顔は元に戻るだろう。



 だが



「ソフィアに会わなきゃ」



 契約内容の一つ、ソフィアと合計一時間の会話。



 今日まではなんとかアクトで稼いだ時間で耐えてきたが、もうそろそろ時間がない。



「マジで軽率過ぎた」



 今の俺の顔はグレイム。



 しかも俺の顔は既に世間に知れ渡っている。



 この状態でどうにかソフィアと会話をしなければならない。



「クソ」



 俺は軽い認識阻害のついたコートを被る。



 当然エリカのものよりも何ランクも下であり、効果はせいぜい



『さっきの人の顔どんなだったけ』

『さぁ』



 となる程度。



 しかも暑い。



 この真夏日になんて物着てんだ俺は。



 作戦もなく、歩き続ける。



 理由は単純



「あ、すみません」



 道を歩けば彼女にぶつかるからだ。



「ちょっと待ってくれ」

「はい」



 ソフィアを引き止める。



 どうにか顔を隠して彼女と会話しなければ。



「あー、少し道に迷ってな。悪いが道を教えてくれないか」



 とりあえず時間を稼ぐ



「自分で調べて下さい」

「え」



 そのまま去ろうとするソフィア。



「ちょ、ちょっと待て。え?ソフィアだよね?」

「おや、私の知り合いでしたか」



 おかしい



 ソフィアはポンコツコミュ障可愛こちゃん達(主にリーファとユーリ)と違い、猫被りが上手い。



 だから本来ならここで



『分かりました、目的地はどこですか?』



 と優しい気に教えてくれるはずなんだが……



「前までの君と違うよね」

「あぁ、そうですね。最近気付いたのです、素直になるのが楽しいことだと」

「へ、へぇ、それはいいことだね」



 これはソフィアルートでの台詞だ。



 自惚れでなければ、俺の行動の結果だろう。



 ただ何も考えず生きる彼女がやりたいように生きている現状は素晴らしいことだが、今はそれが仇となる。



 どうにかソフィアの気を引かないと



「実は俺も一研究者でな、少し君と話たいことがあるんだ」

「研究者ですか」



 ならばと



「私の質問に答えて下さい」

「あ、あぁ」



 運だな。



 本格的な内容となれば俺の専門外。



 どうにか知ってる知識の質問が来てくれ



「別の世界は存在すると思いますか?」



 一瞬で思考を加速させる。



 彼女が最も欲しがりそうな答えを導き出せ。



「あるな」

「ほう?」



 何故だと目が訴えかけている。



「人は体、魔力、そして魂で出来ている」

「……」

「体は当然物質だ。死ねば物質として形を崩すが、この世に残る。魔力は世界へと還元され、また分け与えられる」

「なら魂は?」

「そう、行き場所がないんだ」

「子供として生まれるという話では?」

「それはない。それだと死んだ人間と生まれる子供の数が合わない」

「そうなると」

「ああ、魂は別の世界に渡ってる、というのが俺の適当に考えた自論だ」



 長ったらしく話したが、こんなの誰がどう見てもこじつけである。


 魂なんて見ることも感じることも出来ない何かの居場所なんて分かるか。


 だが、実際に俺が前世からアクトの体に入ったからには、魂は世界を越えることは実証済みだ。



 それが分かったとことで俺は別世界があるのは知ってるが、証明するなんて無理なんだけどな。



「認めます。あなたは私の同類だと」

「あ、ありがとう」

「それではあそこで少しお茶でもしましょうか」

「ああ」



 ソフィアがどうして認めてくれたか未知数だが、都合がいい。



 このまま一時間稼がせてもらおう。



 ◇◆◇◆



 コーヒーを飲む。



「凄いですね、蟻が十匹でありがとうですか」

「ああ」



 思ったよりも順調に行き過ぎていた。



 こういう時に裏を疑いたくなる悲しい性だ。



「ジャンケン、奥深いですね。一見確率は3割ですが、実際は相手の癖、また最初に出すグーによる後の手の変化、またそれぞれの手の出しやすさなど、調べるときりがないですね」

「うん、きりがないから誰も調べないんだよ」



 今までの人生で無駄を嫌っていた彼女は、こういった小さな頃にやる遊びを殆ど知らない。



 そして彼女の気質故か、こういう些細なものにも全力で考える。



 あ、そうだ。



「じゃあさ。人に好かれる方法は研究されることが多いけど、嫌われる方法って何だと思う?」

「嫌われる、ですか。目の付け所が面白いですね」



 これにかこつけて、俺へのサポートをしてもらおう。



 せっかく俺がアクトだとバレてないわけだし。



「難しいですね。言っては何ですが、私の感情を少し他人とずれているところがありまして」

「じゃあソフィアの嫌うのはどんなだ?」



 その回答が一つの答えでもあるからな。



「そうですね。まずはある程度の教養があるのは前提ですね。話が合わないのはちょっと……」

「なるほど」



 今度知能ゼロになるか



「それと同時におバカっぽいところも欲しいですね。そっちの方が愛着が湧きます」

「なるほど」



 俺は結構ダメダメだからな。



 今度会う時はしっかりしよう。



「あとコーヒーが好きなのもプラスポイントです。私も好きなので」

「へぇ」



 そうなんだ。



「あと認識阻害をかけてる人もいいです。ミステリアスな感じで」

「ふ〜ん」



 偶然だなぁ



「あと、できるだけ私の目の前にいて欲しいですね」

「おいおいソフィア。さっきから嫌いな奴じゃなくて好きな奴の特徴になってるじゃねーか」

「本当ですね、これは失礼しました」



 深々と頭を下げるソフィア。



 全く、普段はしっかりしてるのにこういう隙が逆にいじらしいんだよなぁ。



「あ、コーヒー頼みますか?」

「ん?」



 俺は自身のコーヒーが空っぽであることに気付く。



「ああ、悪い。ソフィアは気がきくな」

「ありがとうございます」



 少しニマリとしながら、ソフィアは新たに注文する。



「ところでソフィア。今日は何か用事があったから外に出たんじゃないのか?」

「あ、そうですね。ですが用事は完遂したので、これが終わればそろそろ帰ろうとしていたところです」

「そうか。時間取らせて悪かったな」

「そんな、私も話せて楽しかったですよ。こうしてお店で喋るなんて初めてでしたから」

「そうか、ソフィアが嬉しそうで何よりだ」



 俺は時計を確認する。



 どうやらいつの間にか数時間も喋っていたようだ。



「それじゃ、俺はこれで失礼する」

「では私も」

「いや、もう少し楽しんでくれ」



 俺は予想される金額の二倍を置き、店を後にした。



「ホクホクだぁ」



 いやー、こうして知らない人としてソフィアとこんなに話せるなんてラッキー。



 契約したのは成功だな。



 あれ?手のひらが反対向いてらぁ。



「それにしても」



 俺って名前も顔も出してないよな。



「ちょっとソフィアといい、みんな警戒心薄くない?」



 可愛い娘を見守る気持ちになる俺であった。



 ◇◆◇◆



「好きなコーヒーの種類」



 ソフィアは目を通す。



「考える時に顎に手を当てる癖」



 謎解きのように一つずつ当てはめていく。



「驚いた時の反応、声の抑揚の位置」



 ソフィアはふぅ、と息を吐く。



「どうやら心拍数が上がると、思考能力が一気に落ちるようですね」



 書き込む。



「それにしても、今日は楽しかったです」



 コーヒーに口をつける。



「に、苦い!!」



 今度までに飲めるようになろうと決意するソフィア。



「今日も興味深いことばかりです。なぞなぞにジャンケン、コックリさんに人生のシーゲーム」



 ウキウキと楽し気にメモを打ち込むソフィア。



「そして何より」



 ソフィアは丁寧に言葉を噛み締めるようにメモを走らせた。



「これでよし」



 そこには



『アクトグレイスは別世界から来た』



「全く、本当に警戒心の薄い人ですね」



 今までの人生のツケを払うように、笑顔でソフィアはスキップした。

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