第83話

「僕達どこかで会ったかな?」

「あ、いや。武闘大会ですごい奴がいたと思ってな」

「あー、なるほど。まぁ途中でリタイアしちゃったけどね」

「その説は」



 うちのリアがすみません。



「何の映画を観るの?」



 何でこいつ話しかけてくるんだ。



「このゾンビ映画を」

「へー、実は僕もなんだ」

「そ、そっかー」



 どうでもいいわ!!



 いや待てよ



「実は最近、偶然ダンジョンに行ったらお前の姿を見たんだが、何かあったのか?」

「!!」



 真は驚いた顔をした後



「見られちゃったか」



 いつもの表情に戻る。



「なんてことはないよ。僕は自分の弱さを実感しただけ。それ以上でも以下でもないよ」

「そうか」



 やはりレベリングか。



「そんな奴が映画とはな」

「じ、実は僕はその……」



 急に気落ちする真。



「デートのつもりだったんだけど、相手が急用が入ったから」

「あー」



 エリカね。



 なんかごめん。



 でも心の中で喜んじゃってる自分もいる。



「それは……残念だったな」

「そういうのは失礼じゃない?」



 おっと、顔に出てたか。



 それと同時にチケットの順番が回ってくる。



「じゃあな」

「あ、うん。話し相手になってくれてありがと」

「どいたま」



 俺は二枚のチケットを持ち、アルスの元に戻る。



「待たせたな」

「ううん、今きたところ」

「何で100%バレる嘘をつくんだ」

「こうして君がツッコんでくれるからかな」



 はぁ(クソデカため息)



 可愛い。



「行くぞ。時間はあんまりない」

「うん」



 ……



「しょ、しょうがないなぁ」



 俺は彼女を抱え、映画館に入った。



 ◇◆◇◆



「また会ったね」

「あ、ああ」



 偶然、真と隣の席になる。



「ん?聞いたことある声がーー」

「何でもないから!!」



 アルスの視界を塞ぐ。



「あれ?今の声ってーー」

「聞き間違いじゃね?」



 真の視線を遮る。



 何でか分からないが、この状況で二人を会わせたらダメな気がする。



「ほら、映画始まるぞ」



 大きなスクリーンが動き始める。



 映画が始まれば、二人も真剣に見始める。



 内容は一般的なゾンビホラーだが



「人間関係が複雑だな」



 どちらかと言うと、戦闘シーンよりも心理描写が多い傾向がある。



『どうして俺を死なせてくれなかったんだ!!』

『そんなの決まってるじゃない!!』



 女性が主人公に口づけをする。



『あなたを、愛してるから』



 自然と、涙が溢れた。



「いいな、なんか」



 この言葉もまた、無意識によるものだった。



 物語はクライマックスに近付き、過激さを増す。



『どんなゾンビでも、首を刎ねれば死ぬ!!』



 どっかで聞いたな。



 激しい戦闘シーンの後、主人公が噛まれてしまう。



 こうなっては主人公がゾンビになることは避けられない。



『私、最後にあなたと」

「え?」



 急展開



 暗い部屋に、ピンクのベット



「待て待て」



 マジかよこれ。



 ヒロインの口付けが先よりも深く激しいものになる。



 俺の高鳴る心臓を



「!!!!!!!!」



 アルスの手が触れる。



「いいよ」



 え?



 いいの?



 いや何考えてるんだ俺!!



 ヒヤリと冷たいアルスの手が、画面と共有するかのように徐々に熱を帯びる。



 それは俺も例外ではなく、心臓の鼓動の共に、体の血流が激しく回る。



「アルス……」



 俺は……



 そして右手にも何かが触れる。



「あ、ごめん……」



 顔を真っ赤にした真。



「はぁ」



 一瞬で気が散乱する。



「サンキュ」

「え、うん」



 なんとか冷静さを取り戻す。



「惜しい」



 アルスが何かを呟く。



「危なかった」



 ここでもし彼女と関係を持てば、俺は確実にこの世界からの離脱を拒否していただろう。



「俺はいない人間だ」



 自覚しろ。



 この世界に本来俺は存在しないのだから。



 そして映画は



『成功して』



 世界を救い、最後に主人公が救われたかどうかは最後まで明らかにならなかった。



「凄かったね」



 真は感想を述べる。



「確かに名作だな」

「でも」



 アルスは



「私は最後が見たかったわ」



 少し悲しそうだった。



 ◇◆◇◆



「どうして真と話させてくれなかったの?」

「気付いてたのか」



 真は先に帰り、俺とアルスだけが残った。



「どうして会わせてくれなかったの?」

「どうしてって……二人が知り合いと知らなくてな」

「そう」

「ああ」



 彼女は遠くを見つめ



「嫉妬」

「……」

「口では何とでも言えるけど、本心は違うわ」

「……」

「そんなに嫌だった?目の前で喋られるのは」

「悪いか」

「いいえ。むしろ」



 アルスは妖艶に笑う。



 その表情にドキリとする。



 彼女には俺の知らない魅力がまだまだあるのだろう。



「帰りましょ」

「ああ」



 映画館を出る。



 胸のモヤモヤを抱えたまま。



 ◇◆◇◆



 日は落ち始めていた。



 夕日の光が、アルスの赤い髪と同化する。



「最後に寄りたいところがあるわ」

「どこだ?」

「公園」



 いつもの公園。



 ゲームでも登場しないエリアだが、俺の中ではこの世界で一番印象に残る場所だ。



「座って」



 彼女の横に座る。



「どうして俺に声をかけた」



 さすがにおかしいと気付く。



「俺が、俺さーー」

「君は違う」



 ……



「君は君、本当の君」

「……」

「今も、今日も、私は忘れるわ」



 彼女は無防備な姿を晒す。



 それはつまり、記憶を混濁させても構わないということ。



「最後に、私に夢を見させて」



 アルスは目を閉じる。



 それが意味するのは



「……」



 考える。



 この魅惑に、この絶対的な欲に従えば、俺はどうなる。



 俺は



「俺は……」



 俺は俺としていていいのだろうか?



「俺様は……」



 アクトは俺じゃない。



 でも今の俺はアクトで……



「無理だ」



 選べない。



「俺には選べない」



 選択すれば決まってしまうから。



 道を決めてしまえば、戻れないから。



「そう」



 アルスは笑い



「なら」



 顔が近づく。



 俺は動けなかった。



「私が導くわ」

「……」



 俺は静かに闇魔法をかけた。



 ◇◆◇◆



「そろそろか」



 事実が報道され始める。



 人々にグレイムという名と特徴が伝播される。



「しばらく隠居だな」



 顔を隠し、ボトボトと歩く。



「はぁ」



 最近ため息が多い気がするな。



「ああ、それからソフィアに会わないと」



 契約がある。



「それからどうにかしてアクトがいることを家に伝えないと」



 問題が起きる。



「やることが沢山あるんだ」



 迷ってる時間はない



「俺は最後まで信念を突き通せ」



 本当の意味で生かしてもらったこの命を、捧げろ。



「これは契約だ、俺」



 心臓を掴む。



「絶対に彼女たちを幸せにしろ」



 ◇◆◇◆



 アルスは目を閉じる。



「アクトはやっぱりバカ」



 アルスが大量の魔力を脳に留めれば、大抵の精神攻撃は弾ける。



 普段のアクトなら気付いただろうが、アルスがアクトの焦りを勘付いた。



「やっと」



 アルスは自身の唇に手を当てる。



 アルスはあの日の出来事を思い返す。



 似ているようで、違う。



 きっとアクトも同じ気持ちだったのだろう。



 だけど、アルスにとってそこは魅力的には感じなかった。



 何故なら彼がいないから。



 そして彼はまた、去ろうとしている。



 なら彼女の行動は決まっていた。



「アクト」



 この世界が弱肉強食であるのなら、世界で、宇宙で、全てに置いて最強である彼女は



「逃がさないわ」



 笑う

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