第82話

「これが……前に言っていた戦争ですか?」

「……」

「戦争なの?」

「ああ」



 ノアは不思議そうに眺める。



「ノアには遊んでいるだけにしか見えないけど」

「遊んでいるのさ」



 俺は部下を集め、街の中心で馬鹿騒ぎをしている。



 一人は酒を飲み、一人は踊り、一人は像に落書きとやりたい放題。



「炎上するかな?」

「炎上って何ですか?」

「人が(社会的に)死ぬことだ」

「ひぃいいいいいいいいいいい」



 何故俺がこんなことをしてるかというと



「お前ら!!ここをどこだと思ってる!!」



 騎士団が現れる。



「どこって、ここは変な像が立てられたただの道だろ?」

「な!!ここは神聖なる愛の女神様が降臨なされた土地だ!!不敬だ!!」

「へー、知らなかったな。お前ら!!これはかの有名な愛の女神様の像らしいぞ!!」



 俺の事前の合図と共に、部下がハンマーを持ち出す。



「おい!!お前ら何をしてる」

「何をしてるってお前」



 像にヒビが入る。



「崇められる神は邪神様だけだ」



 像が音を立てて崩れる。



「女神……様が……」

「どんな気分だ?」



 長い歴史において、この像が壊されたことは一度もない。



 何故なら皆が知っているから



「お前ら……自分達が何をしたのか知ってるのか?」

「俺らは何をしたんだ?」

「死ぬぞ」



 愛の女神はこの国で最も崇拝の対象となる神。



 聖女という存在も、元々は愛の女神の降臨後に現れた産物。



 そんな存在を壊したということは、この国に喧嘩を売ることと同義。



「あいつ、邪神様といいあの格好といい」

「例の邪神教か」



 騎士団はすぐに応援を呼ぶ。



 今からここはまさしく戦場になるだろう。



「速いな」



 後光



 というよりも、そのオーラは光を放つ。



「邪神教ですか」

「どうも」



 珍しく怒りを見せるエリカが現れる。



「まさか女神様の像を破壊する愚者が現れるとは思いもしませんでした」

「常識に縛られてるな。いつそれが崩れるか分からない時代が今だぞ?」

「……その通りですね」



 敵と判断しながら言葉を聞き入れるか。



「聖女様、俺はあんたを尊敬してる。慈愛に満ち、他を守るのは最低限であり、奮起させようとする志。どこを取っても素晴らしい人間だ」

「ありがとうございます。ですが、私はあなたを軽蔑します」

「そうかい」



 そりゃ、彼女の治癒は愛の女神によるものだ。



 ならば、彼女は女神に倒して大きな恩を感じているということ。



 そんな神の像を壊した人間を嫌いになるなという方が無理な話だ。



 そう



「無理な話だよな」



 いつネタバラシするか楽しみだ。



「聖女、お前の秘密はいつまでも隠し通せるものじゃない」

「何を」

「いつか覚悟を決めることだ」



 俺は背を向ける。



「逃がしませんよ」



 エリカは瞬時に魔法を展開する。



 光魔法は眩い光を放ち、闇魔法しか使えない俺は、なすすべもなく捉えられてしまうだろう。



 ま、そんなの最初から知ってる話だな。



 一歩前に出る。



「お前ら!!ちゃんと俺のこと覚えておけよ。俺の名前はグレイム、邪神教第七席だ」



 そして騎士が走り出し、魔法は放たれる。



「ノア」

「あ、はい」



 ノアは深呼吸し



「皆さん」



『逃げて下さい』



 そして



「消えた……」



 俺らは姿を消した。



 ◇◆◇◆



 ノアは逃げのプロである。



 ただ言葉にするだけで世界が、現象が、形を変え、彼女の命じた通りに神隠す。



 ノアが戦争に駆り出され、今日まで生きてこられたのもこの能力故だ。



 だがこの力は万能ではなく



「大丈夫か」

「は、はい」



 息を荒げるノア。



「悪いな」

「いえ、皆さんの今日までの苦労に比べたら」



 水を渡す。



 まだ小さい体にそぐわない量の水を飲む。



「だがこれで計画は完遂した」



 俺の計画は単純だ。



 俺の名前を大きくすること。



 俺の名前が大きくなれば、今後部下も増え、悪名も広がり、何より



「グレイム様」

「どうしたラト」

「アータム様が丁度二週間後、会議を開くそうです」

「そうか」



 釣れた。



 幹部の会議は何か大きな出来事の前、もしくは後に行われる。



 そして今回、言ってしまえば邪神教の脅威は以前より大きくなってしまった。



 そう、なってしまった。



「アータムに殺されないかな〜」



 邪神教は堂々としているように見えて、案外ひっそりと生きている。



 何故なら国からの脅威度が低い方が当然行動しやすいからだ。



 まぁそんなこと考えてる連中なんてあんまりいないけどな。



 だが、メリットを考えればまぁ大丈夫だろ。



「お聞かせ下さい、どうしてこのようなことを?」

「それは最初に聞くべきじゃないか?」

「いえ、きっとお考えがあるのだと」

「そうか」



 最初よりも忠実になってる気がする。



「簡単だ。聖女の力を強めるためだ」

「聖女の力を強める、ですか?何故俺たちの脅威である聖女の力をわざわざ?」

「そんなの決まってるだろ。切り札が失われたら人はどうなる」

「あ」



 像を壊した。



 すると教会の力は弱まる、ではなく、むしろ強まる。



 理由は、国が全力でことをデカくする事で、国が一丸となるからだ。



 どうしてそんなことをするかといえば、知らん。



 それだけ愛の女神は皆に愛されているということだ。



 そして国が一丸となり、どうするかといえば



「聖女を全力で守る」



 そうなれば、もし邪神教が暴れようと、聖女は中々出張出来ない。



 エリカを失えば、確実に国は傾く。



 何万の命よりも、彼女の命が重くなる。



「作戦は成功だ」



 邪神教は俺一人で潰す。



 ならば、エリカに危険を強いる可能性は極力下げたい。



 つまり俺は名を上げ、ヒロインを守り、邪神教会議を起こすという理想を一手で綺麗に成し遂げた。



「やっぱ俺天才だな」



 ◇◆◇◆



「君」

「へ?」



 その後、俺は待機を命じて外に出た。



 サムが言うにはあと数日で顔が戻るらしいため、しばらくはひっそりと暮らすことになる。



 だが邪神教としてやりたいことがまだあるため、名前が広がる前に一度行動しておこうと思った矢先



「この前の人だよね」

「アルスか」



 道端でアルスに出会う。



「今暇?」

「暇ってことは……」



 アルスが俺の手を取り



「暇?」

「うん!!」



 しまった!!



「あ、いや今のは」

「じゃあ少し付き合って」



 そのまま凄い力で引っ張られる。



 俺は諦める。



「どこに行くんだ?」

「映画館」

「へぇ、アルスの見たい映画ね」



 普通に気になるな。



「あ、あと」

「なんだ」



 アルスは手を伸ばす。



「抱っこして」

「は?」



 アクトの時ならまだしも、アルスとグレイムが会ったのはこれで二回目だろ。



 アルスは俺の知らぬ間に体どころか尻まで軽くなったのか?



 もしくは



「バレたか」



 確率が高いのは



「ねぇ」



 アルスは俺の思考を遮るように



「ダメ?」

「もちろんするとも!!」



 俺は考えることをやめた。



 よく考えれば、普段と顔も行動も違ければバレるはずがないはず?!



 アクトとしてじゃなく、俺として行動すればいいんだ。



「行くか」

「ええ」



 ◇◆◇◆



 映画館には恋愛映画とゾンビ映画がある。



「まさか!!」



 恋愛映



「これを見たいわ」



 アルスが指を示すのはゾンビ映画



「そ、そっかー」



 ちょっと残念な気分になる。



「ごめんなさい。チケット買ってもらえないかしら」

「当たり前だろ?」



 アルスにチケットを買わすなんてアクトならまだしも、俺がするはずない。



「少し待っててくれ」



 俺はチケットを買いに行く。



 列に並ぶ。



 皆が楽しそうにしているが、今お前らの近くにいる男は悪名高きアクトであり、人類の敵である邪神教だ。



「よくあるよな。ラスボスが道端で主人公と会うような回って」



 そして言霊は



「後ろすみません」

「ああ……は?」



 声の主は



「真」



 力になるのであった。

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