第80話

 カーラは欠伸をする。



 夜行性の彼女にとって昼はまだ就寝時間であるにも関わらず、外に出ている。



「さて人間、妾はここらで凄く美味そうな血の匂いに釣られて来たが、どうやら人間がいないではないか」



 温和そうな顔が



「主がやったのか?」



 俺は一瞬で萎縮する。



 生物として上位の存在だと体に刻み込まれているようだった。



 だが



「それがどうした?俺様が犯人であろうとなかろうと、俺様に向けていい態度じゃねぇよな?」

「お?」



 そんな存在にすら、悪態をつく。



 それはがアクトグレイスたる所以。



「お主、そういえばその名、どこかで聞いたな」

「知らないとは無知だな」



 アータムのことだ。



 カーラには耳にタコができる程伝えてるだろうに



「妾にそれ程の態度を取れるとは、実に面白い人間だ」



 ペロリと舌を出し



「味見したいくらいじゃ」

「ご褒美ーー」

「ん?」



 危ない



 本音が出るところだった。



「ご褒美だ」



 出ちゃった。



「お主、変わってるな」

「俺様をそこらの一般人と同じ括りにする方が間違いだ」

「ほう」



 珍しく彼女が人に興味を持つ。



 まぁ邪神教に入ってるくらいだしな。



 だが、それよりも丁度いい。



「お前、俺様を犯人と不敬にも疑ったということは、まだ突き止められていないということか」

「妾もさっきまで寝ていたからな。せっかくご馳走があるというのに、いざ着けば店が閉まっていたなど許せんのでな」

「例えが庶民」



 だがこれは



「お前、邪神教だろ?ならお前らの上に立ってるとかいう奴に会わせろ」

「お主」



 空気が一瞬でピリつく。



 やはり攻め過ぎただろうか。



「妾がそんなことを知ってると思ったのか?」

「あ」



 可愛い。



「だがまぁ、妾も蒙昧に成り下がったわけではない」

「元々だからじゃないか?」

「妾は既にある程度情報を掴んでおる」

「なに?」



 地面に血で絵が描かれる。



「これは地図か?」

「犯人はどうやら中々ずる賢いようでな、魔力を綺麗に分配し、認識しずらいようにしておる」

「お前、魔力が分かるのか?」

「お主、どうしてそこまで妾のことを知っておる?」

「天才だからだ」

「面白い」



 ニヤリと笑うカーラ。



「今回は珍しくアータムが積極的でな」

「アータムがか?」



 邪神教からしたらこの状況はむしろ良い方向なのでは?



 それに実行犯は邪神教の上の奴じゃない?



「理由は妾も知らん。だが、妾も美味しい血が欲しいのでな」

「それで、これはアータムが調べたものってことか」

「その通りじゃ。確かに頭の回転は速いな」

「なるほど、それで俺様が犯人か疑ったわけだな」



 俺がいる場所だけ血の色が濃くなっている。



 この地図はアータムの力で随時魔力の動きを認識しているのだろう。



「だが、どうやらお主は犯人ではないらしい」

「この血が真っ白なのはエリカか」

「そして複数の箇所に魔力が濃くなっておる。おそらく、この魔法を唱える愚か者はここのでれじゃろうな」

「アータムは動かないのか?」

「それは知らないのか?」

「いや、知ってる。聞いただけだ」

「お主本当に不思議じゃの〜」



 ケラケラと笑う姿も可愛い。



 頭撫でたい。



 けど撫でたら多分腕が飛ぶ。



「それより、これは何だ」



 指を指す。



「何じゃろな」



 ある一箇所に、血がドンドン吸い込まれていく。



 絵に穴が空くという怪奇。



「これが犯人じゃないのか?」

「もしそうだとしたら、妾はパスじゃ。こんなの手に負えん」

「なら俺様が最後に行く」

「死ぬ気か?」

「俺様が死ぬはずないだろ」

「……」



 速過ぎて対応出来ないが、目では追える速さでカーラが俺の喉元に手を伸ばす。



 だが



「ほう」



 俺が反応出来なくても、ルシフェルなら間に合う。



「多少は出来るようじゃな」

「当たり前だろ」

「だが妾よりは弱いな」



 そんなのカーラに比べたら全人類の大半は弱いだろうに。



「妾に暇があれば助けてやる」

「どういう心行きだ?」

「単純に妾が気に入っただけだ」

「そうかよ」



 俺は彼女の気紛れに少し心強く感じる。



「とりあえず妾がここらを周る。お主はここでも行け。一番力が弱い場所じゃ」

「チッ、まぁいい」



 そしてカーラは先程の動きが手抜きであることを証明あうるように、消えた。



「俺達も行くか」



 ◇◆◇◆



「なんか……」



 カーラに言われた場所に行く。



 ここは前まではただの住宅街だったはずだが



「なんか……ラスボス戦前って感じだ」

「我怖いぞ」



 周りの物物が崩れ落ち、ジャングルかと思わせるような木々が生い茂る。



「これはビンゴでも引いたか?」

「我もここから嫌な感じを凄く感じるぞ」

「さすがの俺でも分かる」



 完全に踏み込んではいけない領域。



 だが



「時間がないんだ」



 カーラの援軍はしばらく望めない。



「行くぞ」

「うむ」



 俺は歩き出す。



 進めば進む程



「静か……だな」

「うむ」



 情景は不穏さを増し



「前にも言ったが、俺がホラーが苦手だ」

「聞いたことないぞ」



 肌寒さが物理に干渉し始め



「ルシフェル、俺は怖くないが、手でも繋ぐか」

「ア、アクトはビビり過ぎだぞ」



 そう言いながら素早く手を繋ぐ。



 そして



「ここ」

「だな」



 一言で表すとすれば、森の館だろうか。



 先程の静けさが消えた代わりに、カラスが飛び交い、よく分からない獣の鳴き声が響く。



「ルシフェル、先入れ」

「なんでだぞ!!」

「レディーファーストだ」

「そんなレディーファースト嫌だぞ!!」

「だって怖い!!」

「認めるな!!我だって怖いぞ!!」



 二人でブルブル震える。



「行くしかない」

「我ここで待ってていい?」

「俺が死んでもいいならいいぞ」

「うぅ〜」



 互いに軽く抱き合う形になり、ギシギシと思い扉を開く。



「ご、ご機嫌よー」



 俺はわざとらしく大声を上げる。



「へ、返事がないぞ」

「ほらな、今どきこんな安いもんでーー」

「誰だ」

「「すみません!!帰ります!!」」



 姿は見えないが、声だけが聞こえる。



 扉に手をかけるも、開かない。



「お前ら、何故俺の魔法の中で生きている」

「やっぱりビンゴか」



 あまりの不気味さと相まって気付くのが遅れたが、この匂い



「相当殺ったな」

「クハハ、安心しろ、これらは全て悪人。死んでも問題ないもの達ばかりだ」

「ふ〜ん」

「なんだ、ここまで来た人間は正義感の強い奴と思ったんだがな」

「この世界には生きてていい人間と、死んで然るべき人間がいる。常識だ」

「クハハ、面白いな、お前」



 ゆっくりと大きな階段が目の前に現れ、コツコツと足跡がする。



「初めまして、アクトグレイス」

「何だ、俺様を知ってるのか。まぁ当然だがな」

「顔を見ればさすがに分かる」



 男はルシフェルのような綺麗な白ではなく、どこか薄汚れたような長髪の男だった。



「あの人間、なんだが変だぞ」

「なんだ、俺を止めにきたのか?」

「俺様は絶対だ。俺様の気に入らないことをする奴は全員死刑何だよ」

「クハハ、やっぱり本物はおもしれー」



 さっきから笑ってばっかだな、こいつ。



「一つ聞く、お前を殺せばこの魔法は消えるのか?」

「ん?ああ、答えはイエーー」



 俺は瞬時にルシフェルから魔力を借り、奴の息の根を止めるために剣で貫く。



 だが



「おっかねー」

「んだよこいつ」



 俺の攻撃は防がれる。



「やっぱり俺の魔法が効かないってことは、何かあると思ったんだ」



 男の周りには



「黒いモヤモヤ」

「お前もまさか俺の同類とはな」



 奴もカウンターで俺の腹に小さなナイフを刺そうとしている。



 軽く神の領域に至っている俺は、それを同じく闇魔法で止める。



「チッ!!」



 俺は奴から離れ、魔力を切る。



「おしまいか?」

「お前がしょぼ過ぎて力を出したくないだけだ」



 ルシフェルが消えてしまうことは俺の中で最早ヒロインと同程度の重さとなっている。



「何者だ、お前。俺様はテメェみたいな力を持った奴知らねぇぞ」

「俺も自分にこんな力があるなんて知らなかったよ」



 男はナイフを眺める。



「彼女が、俺の愛しい彼女が教えてくれたんだ。俺には素質があると。そして頼ってくれた、俺が世界を征服することを」

「彼女?それは一体どんな不細工なんだ?」



 そして俺の右手が吹き飛ぶ。



 これで両腕か。



「お……れ様は……ハァ、何回……腕が飛ぶんだろうな」

「おっと、悪い。これ以上人は殺しちゃダメだった」

「気持ち悪」



 絶対こいつヤンデレDVだよ。



 女の為に命張るとかバカなのかな?



「そうだ、俺の愛しの彼女の名前を覚えておけ」

「興味ねぇ〜」

「俺の彼女の名前は」



 邪神ルシフェル



「……は?」

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