第78話

「アル……」

「君、こんなところで何してるの?」



 俺は今人気の少ない路地にいる。



「いや、ただ人と連絡を取っていてな。それでここに」

「アクト?」

「?!?!?!!?!」

「ごめんなさい、何だか雰囲気が知り合いに似てて」

「そ、そうか」



 こえ〜



 本当にこの子の勘の良さは不味すぎる。



 何がきっかけでバレるか分かったもんじゃない



「わ、悪いが、俺は用事があってな」

「あらそう。ごめんなさいね、足を止めてしまって」

「いや大丈夫だ。アルスもここは治安があまり良くないから気をつけて帰れ」

「どうして私の名前を知ってるのかしら?」

「き、君は有名人だからね!!」

「そう」

「ああ」

「……」

「……」



 沈黙が怖すぎる。



「それじゃあ」



 俺は空気に耐えきれずに足を動かす。



「ハァハァハァ」



 心臓の動悸がおさまらない。



「恋か」



 恐怖を恋へと移しかえる。



「ここまで来れば」

「ねぇ」



 腕を掴まれる。



 俺は昔からホラーが苦手だった。



「こっち見て」



 この世のものとは思えない怪力で顔を掴まれ、無理矢理目を合わせられる。



「……」

「……」



 ここでニヤければバレる、絶対。



 俺は今感情を殺し、ただ世界の一部になる。



 俺は無だ。



「勘違いかしら」

「誰と勘違いしてるか分からんが、この手を離してくれ。でなければ騎士団に通告する」

「そう」

「ああ」

「……」

「……」



 だからなんで黙るんだ!!



「次追ってきたら分かってるな」

「ええ」



 俺は逃げる。



 全力で逃げる。



「やった!!勝った!!てか可愛すぎだろ。めちゃ顔近かった。やば好きー!!!!」



 全力で叫ぶ。



「ふ〜ん」



 魔法で聴覚を強化したアルスは納得する。



「チャンス」



 アルスは端正な顔を歪ませた。



 ◇◆◇◆



「危ない危ない、リーファは付き合いが短いし、ユーリは必死で俺に対して敵意のみを持っていたからなんとかなったが、アルスは危なかったな」



 安心からか口数が多くなる。



「ルシフェル、いるか?」

「どうした?」



 霧のように黒い何かが集まり、可愛らしい形を成す。



「俺はしばらく邪神教として活動するから家に戻る機会が減る。今の内にお菓子とか買い込んでおくぞ」

「おお!!なら我はこの前発売した人が溶けるキャンディーなるものを食べたいぞ」

「おうおう、何でも買え」



 楽し気に鼻歌を歌いながら歩く俺とルシフェル。



 普段なら歩いただけで人が道を開けるが、今は人がズラズラと楽し気に町を歩いている。



「いやー、新鮮だな。こうしているとやっぱアクトがどれだけ嫌われてたか実感できるな」

「はむはむはむ」

「あ、そうだルシフェル。今から遊園地でも行ーー」



 ぶつかる。



「……」



 ぶつかる。



「嫌な予感」

「あ、すみません。前を見てませんでした」

「俺の方こそすまない。こちらも注意不足だった」



 案の定、相手はソフィア。



 絶対この子まだ魔力のやつ持ってるよ絶対。



「それでは失礼」

「はい」



 俺はあくまで他人を演じ、横を通り抜ける。



「……」



 ソフィアが見えなくなるまで、俺の心臓は大きな高鳴りをみせた。



「ふぅ、危ない」

「だがこれであの女と三日は会わなくてよくなったな」

「ああ、確かに」



 ある意味ここでソフィアに会えたのは重畳だったかもな。



「なんか疲れちまった。遊園地はまた今度な」

「遊園地か、一度は行ってみたいぞ」

「ああ、楽しみに待ってろ」



 俺は少し疲労を見せながら、一度家に帰った。



 ◇◆◇◆



 次の日



 俺は朝食を食べ、宿屋を出る。



 目的地は俺が指定したとある廃墟。



「待たせたな」

「いえ」

「準備は整っております」



 俺は眼前に一列する人を見る。



「よくやった」



 これら人々は奴隷だとか、亜人だとか、そんなものではない。



 ただの捕虜。



 戦争で負けた者達。



 それを国からぶん取ってやった。



「どうしてグレイム様はあそこで捕虜が送迎されると知っていたのですか?」

「俺独自の情報網だ。お前らにも明かせん」

「失礼しました」



 ラトが一歩下がる。



「目的は何だ」



 一番の大男が喋る。



「お前がここの隊長か何かか?」

「そうだ」

「目的か。単刀直入に言えばお前らを俺の部下にする。以上だ」

「自分が何を言ってるのか分かってるのか?」



 男は体にある鉄の鎖を鳴らす。



「これを解けば我々は祖国のためにまた暴れる」

「それ自分で言っちゃうの?」

「そうでもしないと我々の家族がどうにかなってしまうからな」



 ここの連中は大抵自分の意思で戦っていない。



 家族を人質に取られたり、親友、彼女、金、色んな理由で国に縛られている。



「知ってる」



 俺は一枚の紙に書き書きと文字を滑らせる。



「ん」

「これは?」



 男は俺の紙を受け取る。



「契約だ。お前らの抱える問題を俺が解決してやる。代わりに、お前らにはこの国で俺の命に従い、俺のために生き、俺のために死ね」

「……」



 男は紙を何度も確認し、仲間達と話し合う。



「俺の家族を国から助け、保護すると約束できるか」

「ああ」

「私の、大切な子供達を裕福にしてあげられますか」

「ああ」

「俺の」

「私の」

「出来る」



 断言する。



「俺になら出来る」



 ヒロインを救う苦難に比べたらその程度朝飯前である。



「俺はお前らを救わない。ただ、お前らの、命を賭してでも守りたいものを救ってやる。だからあの国のようなゴミではなく、俺のようなゴミの元で死ね」



 まぁ殺す気なんてないけどね。



 けど、それくらいの覚悟がなきゃ俺の部下はやってけない。



「俺は受ける」



 男は紙に自身の名を書く。



「私も」

「ここでやらなきゃ」

「もう一度顔を」

「もう会えないとばかり」



 次々に名前を書く。



「バカな連中だな」



 総勢十数名が俺の指揮下に入る。



 これだけの人数と、戦闘慣れした人間がいればある程度の規模の問題は起こせるだろう。



「いよいよ俺もラスボスじみてきたな」



 名前を確認する。



「いいだろう、契約成立だ」



 皆が俺に膝をつく。



「この二人から既に金は貰ってるだろう。しばらくは俺の指示があるまで国にバレずに生きろ。以上だ」



 それだけを告げ、俺は一人の少女の元に向かう。



「調子はどうだ」

「……」



 銀髪の少女は俺の目をジッと見た後



「ゆるじくだざぁい!!!!!」



 涙目で綺麗な土下座した。



 ◇◆◇◆



 この子の名前はノアロングレス。



 彼女を一言で表すと、可愛くて儚気でめっちゃ可愛くて、臆病だ。



 戦争に駆り出された理由も、普通に『行け』と脅されただけで来てしまう程だ。



 言ってしまえばこの子は本当にどのルートでも不幸になる。



 救いようのなさは別格だ。



「ノアは何も出来ませんよ?戦いも雑魚、体は小さいですがすぐに驚いちゃうので隠れたりも出来ません、ノアを置いても何もできませんよ?」



 必死に自身の無能さをアピールするノア。



「いーや、お前には最も重要な任務を与える」

「無理です、ごめんなさい、どうかノアに御慈悲を〜」



 泣きながら縋りつかれる。



 俺の中の何かが刺激される。



「お前には……」

「ノアには……」

「お前には!!」

「ノアには!!」



 わざと焦らす。



 ドンドン顔が強張るノア



「毎日俺の味噌汁を作ってもらう」

「ふぇ?」



 ◇◆◇◆



「あの、味噌汁できました」

「あ?」

「ひぃ!!」



 危うく味噌汁を落としそうになるノア。



「違うだろ?」

「あ」



 ノアは咳払いし



「味噌汁できたよ〜」

「よし!!」



 俺は味噌汁を受け取る。



「美味いな」

「本当?」

「この世で一番美味しい」

「そ、そうかな〜?」



 照れ照れと顔を赤らめるノア。



 守りたい



「でもノアだけこんなことしてていいのかな?」

「何がだ」

「最近はみんなグレイムさんの指示で忙しそうにしてるのに、ノアだけこんな仕事で」

「じゃあ働くか?」

「無理です!!ノアは無能ですから!!」

「なら今の仕事に専念しろ」

「う、うん」



 俺は味噌汁を啜る。



 居心地悪そうに銀髪をクルクルとしているノアを見ながら考える。



 ノアは他国の人間。



 このままこの国に置いていてもいい事はない。



 だが、しばらく俺は動けそうにないため、ノアを出来るだけ安全に守りながら、事を起こすまで置いておく。



 そのために一応俺の料理係をさせている。



「ところでグレイムさん。皆さんは何を始める気ですか?」

「ああ、言ってなかったな」



 俺は味噌汁をテーブルに置き



「戦争の準備」

「ほえ〜凄いな〜」



 その後に俺はノアの叫び声を堪能した。

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