第71話

 <sideソフィア>



 さすがにありえません。



 私は運命の悪戯という言葉は好きですが、真実かと問われれば、否と返答するでしょう。



「これは流石にありえませんね」



 疑問を抱いたならば、それを解き明かすのが研究者の定め。



「この組み合わせでしょうか?」



 そこで、私は彼に後日互いの状態を調べようと提案し、彼はそれを承諾しました。



 これはアクトグレイスという人間がどのような人物か知ることの出来るチャンスであり



「気合を入れないと」



 闇魔法という謎に満ちた魔法に、火の魔法を加えることで生まれる空間がねじれたバックに、明日必要なものは詰めました。



 時間を指定しなかったのは失敗ですが、先に到着して先に準備しておくのもいいですね。



 あとは徹底的に調べるのみですね。



「さて、鬼が出るか蛇が出るか」



 私は一つの覚悟を決めた。



「ん?ソフィア様?どうしてこんなにお洋服を?」

「気にしないで下さい」



 ◇◆◇◆



「やってしまいました。こんな森の中にこの服は少々問題がありますね」



 私は普段無地の服しか着ませんが、今日は少しヒラヒラしたものを着けてきました。



 ですが歩きにくいですね。



「やはりいつもの服とズボンが正義ですね」



 ならなんでこの服を着けてきたかと聞かれれば



「やめましょう。自分で自分を責める必要はありません」



 木々の合間を通り、例のダンジョンに向かう。



「ん?」



 反応がある。



「誰かにつけられている?」



 おかしいですね。



 この時間帯に家を出ることは誰一人として告げていないのに。



「目と鼻の先にダンジョンがありますが、一度森の中で撒きますか」



 踵を180度回転し、後ろに走ると



「アイテ!!」



 ぶつかる。



 え?



 ぶつかる?



「アクト」



 まだ時間は6時から針は少ししか動いていませんよ?



 それに、この人も私と同じでちょっとオシャレしているのが分かる。



「ところで何故様付けをやめた」



 何故かと聞かれれば、心の距離を個人的に詰めたから、という話でしょうか。



 ただの興味対象にしては、あまりにもその謎や言動が興味深すぎる。



「上脱いで下さい」



 抵抗もなくするりと服を脱ぐ。



 ふむ……



 あ、いや、調べますか。



 準備を整え、様々な視点から調べ上げる。



 魔力の反応は本当に微かに存在するが、本当に一息で消えるような儚いもの。



 それより問題は



(隣の反応)



 これは私が触れても許される存在なのでしょうか。



 時を見極めましょう。



 それより、この人の体は実に興味深いですね。



 魔力が無いのも然り



 まるでストッパーのように力の上昇が抑えられてるのも然り



 心臓の音が何故か常人の二倍程速いのも面白い。



 目的である何故遭遇してしまうのかも忘れ、ただ彼の体を調べ尽くそうとしていると



「ん?」



 体が……魔力?



 私は夢でも見てるのでしょうか?



 つまり彼は半分が人間、もう半分が



「あなた、人間ですか?」



 質問の答えは彼も分かっていない、もしくは知らないフリをしている。



 どちらにせよ彼の口から真実が語られることはないのでしょう。



 ですが、やはりあの不思議な現象の発端は彼で間違いない感じですか。



 というか、ここまで謎があれば偶然遭遇するなんて話は些細な話なのかもしれません。



「お前の可能性は考慮しないのか」



 その可能性は限りなく低いですが、まぁ調べないわけにもいきません。



 服という不純物があると調べるのに支障が出る可能性があるので、服を脱ぐ。



 完全に今の状態の私であれば羞恥心すら感じることはあるませんし、問題ないでしょう。



 私が服を脱いですぐに、彼は白目を剥きながら泡を吐いて倒れ、異常な速度を示していた心臓が止まるのを確認しました。



 これは死という定義に含まれるのでしょうか?



 声をかけても返事がないため、耳元で生存を確認するたび、黒目が戻り、また白目に戻る状態を繰り返しています。



 まぁ、生きてるには確かでしょう。



 すると、森の方からゴソゴソと音がする。



「あ」



 それは柊真であった。



 今の状況は上半身が裸で倒れているアクトグレイスと、その耳元で話しかけている辛うじて下着を着けている私。



 まぁ問題ないですね。



 そして同時に、彼の心拍数が元に戻る。



 これまでと違い、かなり平常な心拍数。



 そして彼はわざと顔を背ける。



(冷静に彼は物事を見極めた結果、その行動を取ったということは)



 バレたくない?



 柊さんは極端に彼に対しての何か大きなものを抱いており、彼とここで接触されると何を引き起こすか分かりません。



 であるなら、運良く彼も私も顔を見られていないのであれば、他人のフリをした方がベストですね。



「どなたか知りませんが、私達のことはお気になさらず、どうぞダンジョンに向かってください」



 だが柊さんは拒否する。



 彼は無理だと言ってるが、ここで踏み留まる選択を取るのは自身の変態性を示していると気付いているのでしょうか?



「あぁ、なるほど」



 いわゆるムッツリというやつですか。



 私は自身の今最も強力であると判断した武器を強調すると、柊さんは慌てて逃げ出した。



 一度触れば満足すると考えましたが、そこまで拒否する程魅力がないのでしょうか?



「人は完成されたものを見ると逆に萎縮しちまう」



 私の疑問に答えるように、ゆっくりと起き上がるアクト。



「お前はとりあえず服を着ろ」

「そうなるとーー」

「なんとなく分かった」



 分かった?



 それが意味するのは、彼は少なくとも天才と称される私よりも速く結論に至った。



 それがそこらの一般人の言葉なら、私は聞く耳すら持たなかったでしょう。



 ですが、目の前の超常生物が、分かったと口にした。



 私が服を着るまでに、何の意味のない雑談に興じる。



 なるほど、彼女達の言葉の意味が初めて理解出来ました。



「……なあ、一つ聞きたいんだが」



 現在彼が疑問を抱いたのは、おそらく柊真との接し方であろう。



 何故私が庇ったのか、何故柊さんを遠ざける行動を取ったのか、何故普段は猫を被る私が自分と、柊さんにのみ素を見せたのか。



 柊さんの場合はバレないようにむしろあの態度が適切でした。



 インタビューの記憶よりも、普段の目立つ方の私の方が印象に残っていると考えたからです。



 そしてあなたに関しては、まぁエリカ様にでも聞いておけって感じですね。



 それよりも速くあなたの導いた答えを聞きたい。



「まず初めに、お前は多量の魔力を帯びた素材を持ってるな」



 昔の私のことだけでなく、今の私の行動も知っている?



 本当にこの人はどこまで知っているのでしょうか。



 彼は黙秘を示しますが、彼に魔力が無いのは知っています。



 ここで脅せば落ちるかもと淡い期待を込め、魔法を展開しますが、見向きもされない。



 癪ではありますが、ここで私が実力行使をしないのもわかっているのでしょう。



「お前が何故それを知ったかは不明だが、おそらくお前は魔獣の作り方を調べてるんだろ?」



 何故魔獣の作り方を知っているのでしょうか?



 そして私が調べているのは知らないが、憶測で辿り着いている。



 認めるしかないでしょう。



 彼もまた、一種の天才であることを。



「人の魔力を他の動物に注げば、それは魔獣となり、自然発生した魔力を持つ人間は亜人となる」



 亜人の話は分かる。



 何故なら私が導き出した結論の一つであるから。



 ですが、前半の文。



 これは私が柊さんから聞いた内容と一致する。



 同じように聞いた?



 いや、先程彼は柊さんを避けていました。



 であるなら、自身で導き出したか



 邪神教か



 この二択でしょう。



 彼は私の意見や質問を全てはぐらかし、いや、もしかしたら事実なのかもしれませんね。



 ブラリブラリと脱線し、まるで私に悟られないようにゆっくりと結論に導こうとする。



 痺れを切らした私は



「あなたは何が言いたいのです?」

「ここでもう一つ補足をつける」



 まだーー



「器、知ってるか?」



 ……知っている。



 それは、私の夢だから。



 ありえないと言われ、避け続けられた私の解きたい謎の一つ。



 そう、それを何故あなたが



「俺はある仮説を立てている。それは器の種類や大きさが魔力の属性と収められる量を決めてると」



 私と同じ仮説。



 初めて、認められた気がしました。



 その過程を教えて欲しいのに、彼ははぐらかす。



 そんな彼に私の嫌いな奴らと同じ回答をしてしまう。



 私は否定したいのだ。



 お前の夢は幻だと、そんなものないんだと。



 それと同時に期待してしまう。



 彼が、もしかしたら私を肯定した彼が、本当の私という影を被せた彼が、打ち破ってくれると。



 それから彼の話す夢物語に根拠なんて優しいものはなく、ただ歴然と事実のような塊を並べる。



 それが私の心を躍らせました。



 生まれて初めてここに、知識も、知能も、そしてバカさも同じ存在が目の前に現れた。



 学園長の言葉が頭に過ぎる。



『あんたのサングラスはもうすぐ取れるよ』



 私の暗い世界が光を取り戻す。



「面白いです」



 研究以外の目的が初めて出来る。



 私は、この人の友人となりたい。



 共に語り合い、共に成長し、意味のない会話をしたい。



 意味を求めるのはもう嫌だ。



 ただ、己のしたいことを



 手始めに



「それでは明日、私の家に来て下さい」



 ◇◆◇◆



 彼が我が家に訪れる。



 彼は人の心の動きに関しては鈍感だと感じました。



 ならば、ある程度操りやすいのも事実。



 廊下を歩きながら意味のない会話を繰り返す。



 こう言った中に、一つの心理戦を見出すのも一興かもしれませんね。



「私が敬語を使う理由はお聞きしないのですか?」

「無駄な時間だ」

「……なるほど、そうですか」



 どうやら随分と昔の私の過去すら把握しているようです。



 誰から聞いたのでしょうか?



 あれだけの情報があるとしたら、彼はもしかしたら未来の私、もしくは違う視点から私を見続けていたという現実離れした仮定を見出す。



 ないですね。



 さすがに否定する。



「前回の話の続きですが、あなたは何故人間が他の動物に対して魔力を送れるか知っていますか?」



 それから彼の口から語られる内容は支離滅裂でした。



 物事の過程をすっ飛ばし、あたかも真実かのように結果だけを伝える。



 聞けば聞くほど、関心と、先に立てた私の仮説がより濃厚となる。



 彼が別世界から来たとすれば、彼の語る内容の辻褄が全て合致してしまう。



 本当に面白い。



 これほど謎で昂るものが今まであったでしょうか。



 彼を、アクトグレイスを解き明かす。



 いつの間にか私の最大の目標が決まっていました。



 思わずスキップしそうな足を理性という今ではガタガタになってしまったタガで固定する。



 部屋につき



「どうして昨日、というより俺様とあの男にあんな態度を取った」



 開口一番に本題に入る。



 答えを言うのもいいですが、あそこまで答えを先送りにしたのが彼だけでは不公平ですので



「私の昔話をしても?」



 初めて自身の過去を語ると言う、ちょっとした愛情表現のつもりでしたが、彼は予想を遥かに超えて動揺する。



 どうせ聞いても答えないのであれば、その様子から真実を読み取ります。



 それがこそが研究者ですから。












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