第70話

 <sideソフィア>



 偶然とは恐ろしいもので、まるで運命の悪戯かのように噂の人物と出会う。



 というかこの人、どこかで見たことがある気が……



 いや、それよりも



「何でこんなところにかの有名なアクトグレイス様がいるんですか?」



 ジャブ、とは言えませんが、アクトグレイスが本当はどのような人物であるのか見極める必要があります。



 他人の言葉ではなく、自身の目で



「何でこんなところにかの有名なソフィアマーリンがいるんだ」



 これは時間稼ぎですね。



 私も同じく動揺したが、言葉で誤魔化し今の思考に至っている。



 そして向こうもどうやら私の存在は予想外だったようで、先のリアクションは素であった。



 だがすぐに切り替え、同じ返答をすることで思考する時間を稼いでいる。



 なるほど、やはりバカという噂は自身で経験しないと分からないものですね。



 次はカマをかける



「ほお、畜生程の知能しかないと言われたあなたがオウム程度の能力があるとは驚きです」



 あまりにも低俗な煽りではありますが、シンプルなもの程賢い者にもその逆にも有効。



「殺されたいのか?」



 怒りが見てとれる、だが、演技をしているという事前情報の前ではそれがどちらか判別しにくい。



 ここで無策で当たり、私の目的を悟られては動きにくいですね。



 あえて私も怖がるフリをし、このまま終わりにしようとすると



「……」



 視線の先を見る。



(胸?)



 確かに私の胸は昔から男の視線を集めるが、ここまであからさまに見られるのは初めてです。



 いや、一度だけ……まぁいいでしょう。



 ここは綺麗に去れるチャンス。



 それに、見られて恥ずかしいものではないが、やはり不快であるのは確かです。



「所詮男なんてそんなものですか」



 二重の意味で言葉を投げる。



 すると彼の眉間にシワがよる。



 どうやら普通という言葉が刺さったようですね。



「俺様をそこらの男と一緒にするな」

「みんなそう言って、みんな同じなんですよ、結局」



 私は捨て台詞のように言葉を放り出した。



 結局どんなに特別だと思われようと、私も未だに子供のような夢に囚われ続ける只人。



 つまらない人間の一人でしかなかった。



 ◇◆◇◆



 アクトグレイスと出会ったのが偶然。



 あの出来事があったからといって優先事項が変わるはずもありません。



 そのため、図書館を訪れ、私の中にない情報を得ようと模索していましたが



「……届かない」



 私の体型は胸部以外は一般的な女性と変わりませんが、ここの本棚は高過ぎます。



 しかも図書館では魔法禁止のため、荷台を用意しなければ届かない。



「非効率的です」



 今度軽く訴えますか。



 そう思っていると、窓からの光を遮るように影が差す。



「これか」



 男性の声。



 どうやら親切な人が取ってくれたようです。



「あ、どうもありがとうございまーー」



 お礼を言おうと見上げると



「「あ」」



 どうやら世界はどうしても私を彼に導きたいらしい。



「また会いましたね」

「そうだな」



 返事は端的。



 隠せない程の汗の量。



 どうやら今の行動は彼にとって大きなミスだったに違いない。



 どの点が失敗か



 私に話しかけたこと、もしくは先の行動、つまりは親切心を見せたこと。



 おそらくこれに絞られる。



 エリカ様の演技という話はかなりの信憑性を感じますね。



「感謝します。優しさをドブに捨て、その水で意地汚さを育て上げたアクト様がこのような行動をとるなんて」

「殺すぞ」



 また同じ流れをする。



 前回とは違い、これには……



(この行動には何の意味が?)



 自身の取った行動が理解できなかった。



 いつもの感情と理性のバランスがとれない証。



 ただいつもと違い



(何だか嫌じゃありませんね)



 すると、彼の同じように例の場所に視線が注がれる。



 最早そこまで凝視するのには理由があるのではとすら感じ始め



「私が言うのもなんですが、逆によくそんなマジマジと凝視できますね」



 聞いてしまった。



「言っただろ、この俺様を他の男と同じにするな」



 キメ顔で答えられるが、言ってることは完全にアウト。



 もしかして彼は私の胸を芸術作品か何かと感じているのでしょうか?



 それと同時にまたデジャブ。



 私の人生で胸を凝視される経験があったということでしょうか。



「とりあえず」



 今日は色んな意味で収穫が大きかったですね。



 次は何を話して彼を試すか楽しみです。



 ◇◆◇◆



 今日もまたダンジョン。



 集めた素材を人に近付けたり、はたまたその他の動物に与えてみますが、変化は生じない。



 素材によって変化は起きないのでしょうか?



 それとも他に何か条件が?



 迷走していた私は、息抜きとストレス発散、それから破壊衝動を抑えるためにダンジョンへと足を進めました。



 邪魔な木々を潜り抜け、そろそろあの雲を突き抜ける建物の入り口が見えてきそうなところで、誰かにぶつかる。



 いや、何となく誰かは分かった



「ストーカーですか?」



 やはり彼だった。



 ある意味予期していた出来事に、頭の端で想定していた質問を復習し、もう一度会話を弾ませたいと思った。



 ん?



 すると彼は私の言葉を否定する。



 私も内容としてありえないことは承知済み。



 私は一定時間同じ速度で歩く人間がいると、自動で感知してくれる機械を常に持ち歩いています。



 理由としては、まぁ昔から危ない人が多かったからという理由でしょか。



 主に私の業績を知る者、もしくはただの変態のどちらかでしたが。



 家の人に持たされてから初めて私的な理由で役に立ちました。



「おい!!ちゃんと信じろよ!!」



 彼の鼻息が荒い。



 それは興奮の意味を表してるのは確実。



 であれば、もしや彼も奴らと同じ?



 そもそも胸を凝視する人間は普通でしょうか?



 初めて危機感を覚える。



 ちょっと怖かった。



「すみません。私これから用事がありまして」



 そして樹木二千年程ありそうな木にぶつかり、自然といわゆる壁ドンというのをされる。



「ならわざわざ俺様に突っかかってる時間なんてないはずだ。賢いお前が目的を見間違うはずがない」



 聡いにも程があります。



 それは私という存在を知っていなければ分からないこと。



 つまり初めて対面した際に、私も同じように試されていたという事実が露見する。



 私が彼のことを怪しむように、彼もまた、私が普段と違う行動をしていることを怪しんでいたことになる。



 そして私は今に至るまでに気付けないでいた。



(とんでもない知能、もしくはそれを凌駕する程の圧倒的知識を彼は保有している)



 これは大きな発見ですね。



 彼という存在は事件に限らず、一個人としても興味が湧く存在に昇華する。



 もしここで私の貞操が奪われたとしても、私と彼の格は同じ。



 これで彼を罪という形で縛り、研究対象として保持するのは大きい。



 私は受け入れようとする。



 一瞬体が震えたきがするが、今の私は感情よりも理性が働いている。



 感情を殺すように目を瞑る。



 ……



 来ない……ですね……



 数秒経過した後



「イタ!!」



 オデコに衝撃。



「痛いです」



 私が涙目で見つめると、彼は半分呆れ、半分顔がニヤついていました。



 本当に加虐趣味があるのかもしれません。



 彼はここで私の横を通り、ここから離れようとする。



 私としてはまだ話したかったですが、彼が私という存在を知っているのであれば、ここで私が引き止めるという行動を取ればより怪しまれる。



 ここはしょうがないですね。



 私も気持ちを切り替え、ダンジョンに挑もうとすると



「挑むのか?」



 ……意図が読めません。



「いざとなったら大声で叫べ。世界の救世主様が先陣を切ってる。運が良ければ命くらいなら助かるだろ」



 何か裏がある?



 もしくは何か別の意味が?



「気分だ。俺様は何をしても許されるが、無実の衣を被せられるのは癪だからな」



 そう言って彼は闇に溶けていった。



 それと同時に、私の中で一つの答えが生まれる。



「心配した?」



 ◇◆◇◆



 それからも



「あ!!」



 道端で彼を発見する。



「そういえば」



 回想



『この前の少女漫画良かったよね!!』

『それな!!最初の曲がり角でぶつかるシーンは有名だけど、それでも色褪せない何かがあったよね』

『あ、ごめんなさい。ソフィア様にはあまり馴染みない話ですよね?』

『そんなことありません。私も恋愛に興味ありますから』



 回想終了



 あの時は知識として入れ込んでいただけでした、曲がり角でぶつかると好感度が上昇する。



 となれば、今後彼とのコンタクトで良い結果を生み出せるでしょう。



 私は角で待機し



「あ、すみません」

「ん!!またお前か」



 わざとぶつかる。



「それにしても偶然ですね」

「ああ、これは流石におかしいな」



 彼は思考する様子を見せる。



 今回ぶつかった理由は私は知っていますが、ここで会えたのは完全に未知。



 やはり何かの作用が働いているには確実ですね。



「それにしても、意外と筋肉あるんですね」



 彼は軽く出掛けたつもりだったのか、タンクトップ気味の服を着ている。



 するとその筋肉や血管が浮き出た綺麗な体のラインが露わになっている。



「あぁ、確かに、アクトってこんなに筋肉あったか?」



 まるで自分のことを三者視点のように喋りますね。



「いや俺様のことよりお前だ。暑いのは確かだが、肌を出しすぎだ。俺様は思っていないが、お前は女としての魅力がマンテンだ。少しは露出を減らせ」

「はあ」



 早口で急速に説教された。



 人の胸を見続ける人にだけは言われたくないと思った。



「うるさいです」



 私の思考を無視して口が勝手に動く。



 そういえばこの服は



『ソフィア様がおしゃれするのは珍しいですね』

『好感度は大事だからです』

『ゲーム感覚ですね』



「帰ります」



 なんかイラッときました。



 ◇◆◇◆



「綺麗な髪ですね」

「ありがとうございます」



 美容院に行くには何年ぶりでしょうか。



 暑い上に、戦闘中も少し邪魔だったので少し短くしようと考え訪れましたが、思ったよりも話しかけられて面倒ですね。



「どうでしょう?」



 鏡で見せられるも、よく分からない。



「素晴らしい腕前ですね」



 当たり障りのない回答。



 私の主観よりも、多くの人間を見てきた彼女達のような人が良いと思ったものが良いものなのでしょう。



 特に何も考えず、店を後にする。



 瞬間、影



 お互いに躱す。



「どうも」



 いつの間にかこのレベルまで成長していた。



「あん?髪切ったのか?」

「暑いので」



 そしていつの間にか雑談をする程度の仲にはなっていた。



「何か問題でも?」

「あるな。男ってのはお前の髪型の変化一つで話しかけ、虎視眈々とお前を口説き落とそうと目をギラギラさせてる。もう少し警戒心をもて」



 彼は……ブーメランという言葉を知らないのだろうか?



 それに



「そうですか」



 何故か私は少しイライラした。



 帰ろうとすると



「待て」



 引き止められ



「俺様は一ミリもこれっぽっちも思っていないが、一般的に考えてその髪型、似合ってると考えられるという事実は伝えるべきだと思った」



 私は一つ思い違いをしてました。



 どうやら彼は賢いわけじゃないようです。



「そうですか、知ってます」



 私は歩く。



 すると美容院の壁で私の顔が反射する。



「バカ……なんですね」



 映り込んだ私は、彼と同じ顔をしていました。







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