第62話

 後日談、というには日をあまり跨いだわけではない。



 だが事件は光の速度で伝播され、穏やかに収束していった。



 率直に結論を言うと



 邪神教と幸福教はどちらも綺麗に撤退した。



 もちろん理由は多数あるが、エリカを連れてきたことは大きい。



 闇魔法、そして加護持ち特攻の彼女が相手はさすがに分が悪すぎるからだ。



 一つ問題があるとすれば、両者を招いたのは俺であり、エリカを連れてきたのも俺。



 人知れず、盛大なマッチポンプを披露したわけだ。



 桜と真は事件についての事情調査のために、騎士団に連行された。



 事件は邪神教と幸福教の勢力争いであり、偶然市民が巻き込まれたという形に落ち着いた。



 落ち着いたというよりそれ以上のことが分からなかったからだ。



「なんか騒ぎ声が聞こえてー、それからはもう必死で守らなきゃって感じでしてー」



 桃色の髪の少女はそう答え



「亡くなられた方々のためにも、私たちはかの者達を許してはいけません」



 金色の聖女はそう答え



「僕は悪を滅ぼす。それだけです」



 少年は暗い瞳で答えた。



 ◇◆◇◆



「今回はホントのホントに悪役だったな」

「最初からそう言ってるだろ」



 俺は今教会にいる。



 エリカに呼ばれたからだ。



「魔力は大丈夫か?」

「誰かさんのせいで沢山あったからな」



 ルシフェルは嫌味のように吐きつける。



「我はもうあんなことして欲しくないぞ」

「そうだなぁ」



 空返事。



 あの日は多分、俺が本当の意味で人を殺した日だ。



「そもそも俺は最初から狂ってるんだ。一般論で語れば、自分の命を簡単に差し出せる人間が他人の命に共感する方が難しいんだよ」

「それならヒロインを好きにはなってないだろ」



 正論らしきものが直撃する。



「そうだな。それが合ってる。自分や他人の命よりも大切なものがあるから、それが正解だな」

「……そうか」



 ルシフェルはそれ以上何も言わなかった。



「我も綺麗事ばかり言うが、やはり偽善者だ。知らない者の命よりも、近くにいる存在のことを大切に思ってしまう」



 なんだかそれは、ルシフェルのタカが外れるような、そんな気がした。



「あの人間はいつ来るんだ?」

「ただいま大勢の有象無象に質問攻めだ。もう少しかかるだろう」

「そうか」



 二度目の沈黙。



「ところでアクト君よ」

「なんだいルシフェル君」



 俺たちは互いにこの空気を変えることを理解した。



「どうしてこんな高い場所にいるんだい?」



 俺とルシフェルは教会の本来登るべきではない場所に座っていた。



「それはね、眠っているリーファを覗くためだよ」

「思ってた100倍変態で安心したぞ」



 怪我をしたリーファと真。



 どちらが重症かと聞かれれば、辛うじて(大きな主観あり)後者であろう。



 だが目覚めたのは真が先で、リーファは未だに美しい翠眼を見せてはくれない。



「傷は治ってるが、おそらく精神的な理由らしい」

「誰が言ったんだ?」

「……さぁ」



 何でか知ってた。



 まるで誰かに教えてもらったように。



「目覚めるのか?」

「目覚めるだろ」

「どうしてだ?」

「俺の愛した人だからだ」

「理由になってないぞ」

「ふっ、理由なんぞ愛の前では無力なんだよ」



 笑う。



「いい天気だな」

「会話初心者か?」

「いや、そのままの意味だ」



 今日は本当に



「天気がいい」



 ◇◆◇◆



「んあ?」



 ぼんやりとした明かり。



「もう夕方か」



 どうやらお手本のように眠りについたらしい。



 そして気付く。



「おはよう」

「……起きたのか」



 隣にはリーファが座っていた。



「可愛らしくスヤスヤ寝てたのによくカッコつけられたね」

「俺様の質問に答えろ」

「昼には起きたよ」



 リーファは夕日を見つめる。



「質問に答えたんだから、私の質問にも答えてくれる?」

「興が乗ったらな」



 お互いに顔を向かない。



「あなたは何をしたの?」

「さぁな」

「まぁ答えるはずないか」



 リーファは物は試しとばかりにすぐに切り替える。



「次の質問」



 それは少し俺の予想してたものとは違った。



「あなたは人を信じられる?」

「……」



 ほんの少し、考える。



「出来ないな」

「それはどうして?」



 リーファは答え合わせのように聞いてくる。



「人は愚かだ。自分の信じた正義の前では、他人を簡単に踏み躙る。自分の不幸を嘆き、他の人間に同じことを強要させる。何より」



 頭によぎる。



「人は人を殺す」

「そっか」



 リーファは何も言わなかった。



「私も人は信じられない」



 それはある意味俺の目標である、リーファの心を救う答えから最も遠いものだった。



「私はあなたのことが嫌い」

「そうか」

「殺したい程に嫌い」

「そうか」



 リーファは指を指す。



「あなたはあそこを向いたら殺す。私はあなたを殺すと幸せになれるの」

「そうか」



 迷わず俺はリーファの指差す方を向く。



「何本当に向いてんのよバカ」



 視線を戻すと、リーファと目が合う。



「やっぱり人は信用出来ない」

「そうか」

「けど、桜とアルスは信用出来る」

「……」

「これって変?」



 それは



「変じゃないな」



 人間は愚かだ。



 だけど



 それでも誰かを愛することが出来る。



「やっぱり私はあなたのことが嫌い」



 リーファはひとまず大丈夫だと分かった。



「サボってばかりだし、口が悪いし、何言ってるか分かんないし、めんどくさいし」



 悪口が多く飛び出る。



 本当に多く飛び出る。



「他にも」



 いやまだ続くの!!



 それから十分くらい小言を言われ



「ふー、スッキリ」



 一人で喋って一人でストレスを解消したリーファは



「ん」

「何だこれは」



 リーファが手を出す。



「あなたのことは嫌い。でも、このまま嫌いのままで終わりたくないと思った」



 だから



「まずは友達から」

「付き合う前かよ」



 リーファの対人戦の低さが窺える。



「嫌だ」

「そう言うと思った」



 無理矢理手を握られる。



「はい、私の勝ち」

「は?」



 勝ち誇ったような顔をする。



「まずは自己紹介から始めよ」



 彼女は優しい笑顔を見せた。



 ◇◆◇◆



「アハハハハ。化け物を騙す時が一番ヒヤヒヤするね」



 サムは実用性だけを求めたような椅子に腰を下ろす。



「全く。あなたは自由すぎます」



 ロイは真剣に何かを観察する。



「あぁアクト様。きっと今頃自分が人を殺したと思って心が痛んでるんだろうなぁ」



 幾つもの仮面を持つ男が、その仮面にヒビを入れる。



「あなたが何を考えてるか知りませんが、ちゃんとサンプルは持ってきましたか?」

「もちろん」



 サムは一つの水晶を取り出す。



「はい、化け物の素」

「素晴らしい!!なんと素晴らしいのでしょう!!」



 ロイは奪い取るように水晶を受け取る。



「ちゃんと条件を飲んでよ?」

「魔法で縛られているのに不可能でしょう。たった二人に手を出さないだけ。その中の一人は既に用無しです」

「邪神教としてどうなの?」

「あなたがそれを言いますか?」



 それから二人は完全に他人となる。



「さぁアクト様見せてくれよ」



 サムは笑う。



「この狂った世界を破壊してくれ」



 ◇◆◇◆



「手を抜くな。周りを蹴落としでも這い上がれ。お前はこの国を支えなければならないんだ」

「はい、お父様」



 リアは頭を下げる。



「あのバカと違ってお前は賢い。変な気は起こすなよ」

「もちろんです」

「俺様はもう二度と、家族を殺したくないんだ」



 グレイスのその言葉に、感情の一切乗っていなかった。



 ◇◆◇◆



「私の名前はリーファです。好きなものはお仕事。趣味はお仕事。死ぬ時はお金に溺れて死にたいです」



 リーファは自己紹介を始めた。



 ユーリ、アルスに続いて、三人目の距離感バグる子ちゃんだ。



「ではどうぞ」



 そして俺の番になる。



 正直ここはスルーしたいが、ある意味チャンスだ。



 彼女と距離を取る上でも、真実を知るのにもちょうどいい。



「好きなものは女漁り。趣味は人をいじめること。死ぬ時は全員と心中する」



 俺の自己紹介にリーファはドン引く。



「そして俺様の偉大な名前は」



 時が止まる。



「アクトグレイスだ」



 救済√5



 リーファグレイス



 完

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