第61話

「この魔力は!!」



 エリカの脳内が危険を告げる。



 災害のような魔力の塊が、行き着く暇もなく教会に近付いてくる。



「守らないと」



 エリカは急いで教会の外に出る。



 だが、すぐにそれがエリカのよく知る人物であることに気付く。



「アクトさん!!」

「エリカ」



 アクトは手を伸ばす。



「何も言わずついて来い」



 出された手は人間のものではない。



 だが



「分かりました」



 エリカは一切の迷いもなく、その手を掴んだ。



「ありがとう」



 心からの感謝。



「私とあなたの仲じゃありませんか」

「……」



 アクトはエリカを連れてもう一度戦場へと向かった。



 ◇◆◇◆



 桜、リアの件を重ねた俺は膨大な負の感情を抱えたまま、最善の行動を取れるようになった。



 あの粗大ゴミはこの後絶対確定で殺して潰すが、優先すべきはリーファの救出だ。



 闇魔法しか使えないルシフェルでは回復する手段がない。



 しかもあれだけの怪我



 心配性をカンストさせた俺はエリカに頼ることしか出来なかった。



「頼む」

「私は今のアクトさんの方が好きですね」



 俺はリーファの近くにエリカを降ろす。



「一緒に行かないんですか?」

「悪い。俺がいてもすることがないから」

「……今日は本当に素直ですね」

「……頼む」

「分かりました」



 エリカは走り出す。



 後ろから『もう大丈夫ですから』と声が聞こえる。



 俺の人選はやはり間違ってなかった。



 俺の中のおもりはもうない。



「よう」



 ピクピクと泡を吹いて倒れている男。



「お前は幸せだな」



 髪の毛を掴み持ち上げる。



「俺は優しいからな。地獄のお湯がぬるま湯に感じるようにしてやるよ」

「待て!!」



 声。



「あ?」



 振り返る。



「何をしようとしてる」



 そこには真の姿があった。



「俺様が何をしようとお前に関係あるのか?」

「人の命の前にそんなこと関係ないだろ」



 ふむ



「お前は人の命が奪われるのが不快なのか」

「……そうだ」

「お前はあの時のことを引きずってるのか?」

「!!!!」



 真は少し黙った後



「確かにそれも大きいね。あの時の僕のように、きっとその人のことを大切に思ってる人がいる。なら、僕は今から起きることを止めなくちゃいけない」



 真は顔を上げる。



「あんただって、そんな大切な人を奪われた気持ちが分かるんじゃないか」

「……その通りだ。大切な人を失う。それ以上の恐怖も、悲しみも、辛さも、俺様は知らない」

「なら」

「じゃあ」



 俺の



「俺様のこの怒りはどこにぶつければいいんだ!!」



 怒鳴る。



「なぁ主人公!!お前には出来るのか!!この世の全てを救うことができるのか!!」

「そんなのーー」



 聞くまでない。



「出来ないんだよ」



 俺も。



 お前も。



 神にも。



「確かに僕にはそれが出来ない」



 でもと



「もう、僕の手のひらから誰かの命を零すことは絶対にしない!!」



 その言葉を



 どうしてあの時……



「なら」



 男を投げ飛ばす。



「証明してみろよ」



 アクトの周りに黒いオーラが溢れ出る。



「ここで俺を殺さなきゃ、俺はコイツを殺す」

「な!!」

「さぁ見せてくれよ主人公」



 剣を抜く。



「ラスボス戦だ」



 ◇◆◇◆



「なぁ、そんなもので守れるのか?」

「グハッ!!」



 腹を蹴り飛ばされた真は血を吐き出す。



「お前が相手にしてるのは魔力のない男だぜ?」

「何を」



 フラフラと真が立ち上がる。



「どう見ても魔法を使ってるじゃないか」

「そうだな。魔法を使ってるな」



 適当に会話をしているため、自分でも何を言ってるか分からない。



「ならお前は相手が魔法を使えるって理由だけで負けるのか?」

「僕はまだ負けてない!!」

「その体たらくでよく言えたもんだ」



 真は全身が腫れた青と、流れ出る赤に染まっており、いくつかの骨はボロボロの状態だ。



「これがゲームなら負けイベントとかだよな、これ」

「うをぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



 斬り込む真。



 剣は魔法で止まる。



 同じく魔法を発動しようとした真を吹き飛ばす。



「魔法の練度が高すぎる」

「言い訳か?」

「違う!!」



 何度も



「まだだ!!」



 何度も



「まだ……だ!!」



 何度も



「……だ」



 真は挑戦し、返り討ちにあう。



「ま……だ……だ……」

「諦めろ」

「ま……だ……」



 立ち上がることすら出来ない。



 耳ももう聴こえていないだろう。



「俺だって本当なら人なんて殺したくないよ」



 倒れた真を見下ろす。



「この世界に来て初めて人の死を見た時、改めて俺は違う世界にいると実感できた」



 俺は懐かしい思い出のように語る。



「その時沢山のことを感じた。痛かっただろうとか、苦しかっただろうとか、この人のことを好きな人達はどんな気持ちになるだろうとか」



 想像するだけで胸がズキズキ痛んだ。



「あの時はアルスやルシフェルのことで手一杯だったが、あれがなけりゃ俺は鬱まっしぐらだったな」



 笑う。



「リーファは憎き相手であるにも関わらず、コイツらを助けた。さすがはリーファ。俺の大好きで、憧れてる人だ」



 けどな、真



「憧れてるってことは、俺に出来ないことをすることが出来るからなんだ」



 剣を収める。



「俺はお前や彼女達のように出来ない。この怒りを、憎き相手を、許すことが出来ないんだ」



 真の口は未だに動いているが、それが音になることはなかった。



「お前が一人を助けるなら、俺は千人を殺して一人を救おう。お前が二人を助けるなら、俺は万人を殺して二人を助ける」



 止めてみろよ主人公。



「お前が俺に挑む時、それが物語のフィナーレだ」



 上がって来い。



 それまでに俺は救うべき者を救い、仇なす者を消し続ける。



「だがそれは今じゃない」



 背を向ける。



「ま……だ……」

「な!!」



 光が差す。



 人体がこの状態で動けるはずがないのに



「こんな時まで主人公かよ!!」

「だだ」



 亡霊のように真は立ち上がり



「まだだ!!」

「チッ!!」



 恐ろしい速度で突撃してくる。



 魔力は多くは使えない。



 ルシフェルの存在が消えてしまう。



「まだまだまだまだまだ」

「気を失いながら戦うなよ!!」



 これだから主人公は!!



「悪いルシフェル」



 一瞬だけ翼が生える。



「飛べ」

「!!!!」



 真が吹き飛ぶ。



「ああもう!!何で毎回上手くいかねぇんだよ!!」



 頭を掻きむしり、子供のように地団駄を踏む。



「何の光だ今のは。何かの条件を満たしたのか?」



 イライラと焦りによって思考がまとまらない。



 フラフラと真が戻ってくる。



「まるで第二形態だな。お前の方がよっぽどラスボスが似合ってるぜ」



 剣を抜く。



「決着をつけるか」

「だだだだだだだだだだだ」



 主人公とラスボスの剣が交錯する。



 そう思われた。



「待って」

「「!!!!」」



 俺と真の動きが止まる。



 無意識で静止したのかアイツ。



「初めまして真さん。また会いましたね、アクトさん」

「お前は」



 緑色の髪。



「レオ」

「はい、レオです!!」



 ぺこりと頭を下げる。



「お前は消えたはず」

「一応姿は見えていませんでしたが、ずっと皆さんと一緒にいましたよ?」

「何?」



 消えてない?



「と言っても、もうすぐいなくなりますけど」

「どうして今になって見えるようになった」

「真さんが僕のお母さんの加護の力を使ったからですね」

「お母さん」



 つまりはリーファの願いを叶え、レオを作り出した神。



「誰だ」

「すみません。説明する時間が……」



 レオは申し訳なさそうに頭を下げる。



 先に伝えることがあるということか。



「なら手短に要件を話せ。聞きたいことが山ほどある」

「では」



 レオは子供らしく背筋を伸ばし



「お姉ちゃんのために、許してあげて下さい」

「……は?」



 予想していた答えとあまりにも違い、一瞬呆けてしまう。



「アクトさんの質問に答えますので、あの人を殺すのはやめてください」

「……」



 俺は今選択に問われている。



 怒りのままにアイツを殺すか、それを押し殺し、リーファのために動く。



 なるほど。



 どちらも素晴らしいほどに俺のエゴだな。



「質問だ」

「ありがとうございます」



 レオはもう一度頭を下げる。



「どうやったらお前を生き返らせることが出来る」

「僕が生まれたのには、お姉ちゃんの膨大な魔力と、家族が欲しいという願いによるものです。今のお姉ちゃんは僕がいなくても満たされてしまった。だからもう僕が戻ることは出来ません」

「……そうか」



 多分、俺が動かなければリーファはもう一度レオを元に戻すことができたのかもしれない。



「お前は……いいのか?」

「はい。お姉ちゃんの幸せが僕の幸せです。アクトさんと同じですね」



 裏のない綺麗な笑顔だった。



「一緒にするな。お前は俺より凄い」

「そんなことありません」



 レオは思い返すように目を閉じる。



「何を根拠に。少なくとも俺は今、人を殺そうとーー」

「少なくとも」



 レオは笑い



「僕を助けようとしてくれた人なのは間違いないですね」

「……リーファは弟の育て方を間違えてるな」

「お姉ちゃんの悪口は許しません!!」



 初めて怒りをあらわにする。



「すみません。そろそろ時間がありません」

「もう戻ってくることはないのか?」

「そうですね。お姉ちゃんの周りの人が全員死んで絶望した時、もう一度戻って来られるくらいでしょうか?」

「可愛い顔して言ってることえげつないなお前」



 てへっと自分の武器を最大限使用してくる。



「最後にお願いしてもいいですか?」

「まだ何かあるのか?」



 レオは再度、深く頭を下げる。



「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「言われるまでもない」



 レオは



「お姉ちゃんに伝えて下さい」



 悲しそうな笑顔で



「僕は幸せだったと」



 分かったとか



 任せろとか



 そんな言葉を告げるべきなのだろう。



 だけど、俺はこの結果に非常に不満足だった。



「無理だ」

「え?」



 まさかの拒否に、レオも驚きの顔を見せる。



「自分で伝えろ」

「ですからそれは」



 俺はニヤリと笑い



「俺の幸せはヒロインの幸せだ。どんなことをしてでもお前をもう一度、リーファに会わせてやる」

「アクトさん」



 レオは涙を流し



「ううん、違うや」



 悪戯に笑い



「またねアクトお兄ちゃん」

「いやそれはちょっと違ーー」



 レオは光と共に消えた。



「全く」



 下を見る。



「お前の尻拭いは大変だよ」



 とっくの昔に倒れた真を蹴り付けた。





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