第59話

「やっぱり私のこと好きなの?」



 軽い冗談、というよりこのまま彼の流れのままにしておくのが癪だった。



 昨日アルスと話して彼が悪い奴ではないのは分かってる。



 アルスにとって大事な人であるとも。



 でも



 それは私ではない



「冗談はやめろって?」



 沈黙を貫くアクトにどこか寒気を感じた私は話を切り替える。



「そうだ」

「で?何の話?」



 アクトは笑みを浮かべる。



「最近変わったことはないか?」



 心当たりがないとは言えない。



 でもハッキリと、それが何かは私も分からない。



 もしかして彼は知っているのだろうか。



 だけどその笑みの怪しさが、真実に辿り着くのを妨げる。



 彼の目的は一体何?



「詐欺師や占い師でも始める気?」



 悟られないようにする。



 彼の目的に気付けるまでは下手に動かない方がいい。



「俺様にそんな趣味はちょっとしかない」

「ちょっとはあるんだ」


 彼の仮面も私の仮面も剥がれ、何だか居た堪れない空気になる。



 だがすぐに



「その髪飾り、趣味悪いな」



 的確に急所を抉られる。



 やはり、彼は何か知ってる。



「似合わないな、お前が選ぶにしては」

「あなたが私の何を知ってるって言うの?」



 私の今の感情は、あたかも私のことを知り尽くしているような態度に関することよりも



「バカにしてる?」



 この髪飾りを貶されたことへの怒りだった。



 この不快な空間から今すぐ離れようとするが



「お前は願ったんじゃないか?」



 まるで私の奥底を見通すかのように



「家族が欲しいと」



 ズズ



 ◇◆◇◆



『ねぇお姉ちゃん』

『どうしたの?レオ』

『僕がいなくなったら、お姉ちゃんは自分のために生きて欲しいな』

『もう、何言ってんの。レオと一緒にいることが私のためなんだから。勝手にいなくならないでよ?』

『……うん!!』

『じゃあおやすみ、レオ』

『うん、バイバイ、お姉ちゃん』



 ◇◆◇◆



 酷い頭痛が襲う。



「そりゃそうだよな。小さな体で頼るものも無し。何かに縋りたくなるのが普通だ」

「どこまで知って」



 どうして私の過去を。



「あなたって何者?」



 もしかして!!



 コイツは私のことを捨てた



「フッ、教えてやろう。俺様の名前はアーー」



 すると突然体をブンブンと動かすアクト。



 最初はふざけてるのか?と思ったが



 すぐさまその正体に気付く。



「その隣の子は誰なのか早く教えてよ!!」



 私としては当然の疑問を口にしただけだった。



 だが



 アクトが初めて狼狽える姿を見せる。



「お、おいアクト。我見られてる気がする」

「何言ってるの?普通に見えるに決まってるよ」



 まるで自分が見られないように言う。



 そういえば桜やアルスも小さな女の子を見るって言ってたけど、この子のことなのかな?



 あ!!



 この髪飾りを買った時に見た子と同じ髪色だ。



 それにしてもいつの間にいたのだろう?



 アルスといい、この子といい、体が小さな人は特殊能力が使えるのかも。



 それに



「顔がよく見えない」



 まるでモヤがかかったように顔が見えない。



 そのモヤはアクトの方から流れる黒い物質によってて構成されている。



 アクトは落ち着きを取り戻し、取ってつけたように



「コイツは俺様の親せkーー」



 を遮る



「ガールフレンドだ!!」



 爆弾発言が飛び出た。



「こんな少女を!!」



 まだ12、3程になったばかりの年齢の女の子。



 それにアクトはアルスにかなり親しい。



 まさか!!



 ロリコン!!



「違うから!!」



 アクトはまるで負け惜しみする悪役のように



「ホントに違うからな!!」



 そう言って走り去った。



「でも」



 どこか悪い気はしてないように見えた。



 ◇◆◇◆



「的なことがあったんだよ」



 その後、桜とアルスにさっきの話をする。



 二人の反応として



「ふ〜ん」

「やっぱり」



 と、どこか怖かったのは内緒だ。



 だけどその後



「「まぁ一番好かれてるのは私だから」」



 と、私と違ってポジティブな二人だった。



「うーん、アクトは基本的に怒ったような顔とニヤニヤした顔しかしないから、多分何か考えがあったんだろうね」



 桜が分析する。



「どうせいつもの」



 アルスはまだ眠いのか目を擦っている。



「多分ミスリードだね」

「ミスリード?」



 どう言うことだろう?



「アクトは色んな人に嫌われるように行動してる」

「どうして?」

「さぁ」



 桜も分からないんだ。



「アクトは敢えて遠回しに、悪い印象を与えるようにリーファに真実を伝えようとしたのかも」

「本当?」



 適当に言ってない?



 もしくは何かしらの補正が入ってる気がした。



「信じなくてもいいよ」



 あっさりと桜はそう言った。



「アクトは馬鹿」



 急にアルスが暴言を吐く。



「そうだね」



 桜が乗っかる。



 もしかして本当は嫌いなの?



「だから隠しきれない」

「リーファもいつか分かるよ」



 アルスは当然のように、桜が自信満々にそう言った。



「どうだろ」



 私には分からなかった。



 今までに人を信じることがなかったから。



「うーん」



 桜は悩むような仕草をした後



「そうだ!!」



 立ち上がり



「じゃあアクトを懐柔しちゃおう」

「え?」



 突然桜が突拍子もないことを言う。



「お互いでそんなに疑心合ってても何もいいことないよ。そうだ!!アクトにケーキ作ってあげよう」

「ケ、ケーキ?」



 桜に手を引っ張られる。



「私も」



 アルスも後ろから続く。



「どうせ一緒にいるなら楽しい方がいいからね!!」



 やっぱり



「うん」



 穴は少しずつ埋まっていく。



 ◇◆◇◆



「「「出来た」」」



 ケーキが完成した。



「やっぱりリーファは凄いね」

「そんなことないよ。ただ長年やってるだけだから」



 桜はまだ数日なのにもうこの腕前である。



「……」

「ア、アルスもいいと思うよ?」



 ぐちゃぐちゃのケーキらしきもの。



「お世辞はいい」



 アルスは真顔で



「私のには愛が詰まってる」



 アルスはやっぱりどこか変なのかも。



「恋は最高のスパイスだからね!!」



 桜は桜でなんか……なんかって感じだ。



「行こ、リーファ」

「分、分かった」



 さっきあんなことがあった後では少し気まずい。



 例の防音室の部屋に彼はいる。



「ん?」



 少し、声が漏れている。



「悪いな」



 優しい声。



「ーーケーキーー食えないほど買ってーー」



 おちゃらけるように



「ーー楽しんでるーーハッピーだ。ーーそれ以上求めたらーー地獄に行っちまう」



 分からなかった。



 本当の彼はどっちなのか。



 でも



「我慢しないで」



 ズズ



『我慢しないで』



 我慢をしてるのは……



「突撃ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」



 桜から爆音が放たれる。



 どうしてか分からないけど咄嗟に隠れてしまう。



 扉の隙間から中の様子を覗く。



 何の打ち合わせもなしにコントを始める二人。



 アクトも抑えているが、嬉しさが滲み出ている。



 そして



 アクトの前に二人のケーキが並べられる。



 さっきは自信満々にしてたアルスだが、いざとなると気後れしている。



 アルスのいつもの様子は、もしかしたら小さな自分を取り繕っているのかもしれない。



 私と同じで弱いの部分があるのかも。



 だけど



「悪くなかった」



 ペロリとアクトは平らげてしまう。



 味見した時、正直美味しいとは言えないものだった。



 でもアクトは心から美味しそうに食べた。



 それは本音と、そしてアルスを気遣った行為であることにさすがの私も理解できた。



「はぁ、俺様は甘いものが苦手なんだよ」



 とか言いながら掃除機のように口に吸い込んでいく。



「二人の言ってること、なんとなく分かったな」



 アクトは綺麗に完食する。



「美味しかった?」

「悪……」



 すると今度はアクトの方に黒い何かが流れる。



「……どっちも美味かったな」



 初めて見せた顔だった。



 それから三人は何か話した後、桜とアルスが帰ってくる。



「行こ」

「渡さなくていいの?」

「一応」



 私は棚にケーキを置く。



「素直じゃない」



 アルスがジト目を向ける。



「それでいいの」



 一歩ずつ、でも確かに歩んでる。



「ねぇアルス」



 私は笑い



大切なものは見失わないよ」



 私の穴は確かに埋まっていく。


 それは良いことは悪いことかは誰にも分からない。

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