第57話

 <sideリーファ>



 一人の男が代表のように前に出る。



「以前からここでエルフが働いているという情報はあった。この近くに住んでいる者たちはいつエルフが暴れるか心配で中々寝付けないものも多い。即刻、ここから出て行ってもらいたい」

「……へ?」



 皆が困惑する。



 そのあまりにも横暴な態度を自然とやってのけることに理解が追い付かない。



「ちょ、ちょっと待ってください!!言ってることがメチャクチャですよ!!」



 桜が声を上げる。



「何もおかしいことではないだろう。誰かに迷惑をかける者は、当然その報いを受けなければならない。分かったなら速く退きたまえ」

「む、無理です。ここで働けなければ私の生活がーー」

「我々は寛容に接してるんだ。今すぐにでも強制的に追い出すことも出来る」



 真さんが怒った顔で



「そうなの認められるわけないだろ!!人をなんだと思ってるんだ!!」



 それに続くようにAさんも



「そ、それにエルフにだって人権はあります。こんなこと認められるはずがありません!!」

「はぁ」



 男がため息を吐く。



「残念極まりないが、奇しくも亜人にも人権が認められてしまった。全く悲しいことだが、それはここでは通用しない」



 そして男はよく分からない書類を取り出し



「ここに書いてあることを要約すれば、このエルフはこの世界に存在しないことになっている。つまり、この世にいない者が死んでも、一切罪に問われないということだ」

「それって……」



 視線が突き刺さる。



 別に隠していたわけじゃないけど、思っていたよりもくるものがあるな。



「私は」



 ◇◆◇◆



 私は捨てられた子。



 生まれてすぐに目覚めた魔力によって見た目が変化した。



『エルフの子だと知られれば家の名に傷がつく。捨てろ』



 まだ歩くことも出来ない年でそう言われた。



 この体質のためか、私は早熟で自身の境遇を悟った。



「このままだと死んじゃう」



 幸いにも私はご飯一杯分でもひと月活動でき、有り余る魔力によって自衛も出来た。



 だけど問題も多かった。



「悪いがエルフは無理だ」

「穢らわしい」

「ちょっと話しかけないでくれる?」



 私はどこに行っても門前払いされる。



 お金がないなら当然食べる物もない。



 語りたくもないほど辛い人生を送った。



 ◇◆◇◆



 なんとか年齢が10になる程まで生きながらえた。



 人が住むにはあまりにも適さない場所に家を建て、長い時間をかけて魔法による結界を作った。



 その日は生まれて初めて安眠することが出来た日だ。



 それから少しして、私はあまり飲み食いを出来ずにいた。



「寒い」



 体が震える。



 立つことすら難しくなってきた。



「いいなぁ」



 外を見る。



 街を歩く中にある兄弟が見えた。



 寒そうにしている弟に、兄がマフラーを巻いてあげている。



「あったかそう」



 私は願った。



「神様。どうか次の人生は、楽しい家族と一緒に」



 私は目を閉じた。



 ◇◆◇◆



 起きると隣に小さな男の子がいた。



 私と同じ髪色。



 同じエルフかとも思ったが耳は普通の人と同じ。



 男の子が寝返りをうつと、一つの紙が置いてあった。



『この子の名前はレオ。あなたと同じ境遇の子です。どうか弟のように可愛がってあげて下さい』



 そして生まれて初めて触る暖かさがあった。



 ◇◆◇◆



「そんなの関係ない!!」



 桜が叫ぶ。



「リーファは私達と同じ人間!!それ以上でもそれ以下でもない!!」

「君達がなんと言おうとねぇ」



 次第に声が大きくなる。



 本当にみんな優しい。



 だけどこれ以上迷惑をかけられない。



「私が」



 我慢すればいい。



 またあの時のように



 レオのことはマロさんならきっと



「おい」



 声



「お前らさっきからウルセェんだよ」



 ポケットに手を入れながら機嫌が悪そうに登場する。



 その姿を見ていると、彼は本気で怒っているとわかった。



 それに反して怒りを面に見せていた面々が一斉に恐怖の顔に染まる。



 だが先頭に立っていた男だけは別だった。



 最初は動揺していたが、すぐさま切り替える。



 それは肝が据わっているというより、自分なら大丈夫だという自信。



「お待ち下さい」



 男がアクトを引き止める。



 そこから言い放たれる罵詈雑言。



 気分がいいものではないが、今までに何度も味わってきた。



 だから大丈ーー



「確かに劣等種だな」



 心臓が握られたように痛む。



 私は何を勘違いしていたのだろうか。



 もしかしたら友人になれるかもと



 本当は優しい人なんじゃないかなと



「だがお前らも劣等種じゃないか」

「え?」



 衝撃の言葉。



 私のような亜人ではなく、れっきとした人に対して言っていい言葉ではない。



 正直人としてどうかと思った。



 多分皆も同じ感想なのだろう。



 つい先程彼に殴りかかろうとしていた真さんも動きが止まっている。



 だけど少し違った人もいた。



 桜はまるで安心しきったように優しい笑みを浮かべている。



 アルスも他には興味なさげに彼に熱烈な視線を送り続けている。



 そしてもう一人



「Aさん?」



 不敵な笑顔を浮かべるAさん。



「ぇ」



 一瞬Aさんの姿がブレ、金髪の男が視界に入る。



「誰?」



 目を擦ると元のAさんに戻る。



 きっと衝撃が強すぎて幻覚が見えたのだろう。



 彼は最後に



「一族郎党皆殺しだ」



 完全に悪役の台詞を最後に群衆を解散させて見せた。



「やっと静かになりやがった」



 気怠そうな言葉とは裏腹に、その顔は爽やかだった。



 やっぱり



「名前、アクトだっけ?」

「だから何だ」



 彼とは



「ありがと」



 友達になれる気がした。



 ピシリ



 何かにヒビが入る音がした。



 ◇◆◇◆



 帰り道



「ふんふふ〜んふふ〜ん♪」



 天気は悪いが心は快晴!!



 これほどまでにご機嫌な日があっただろうか。



 ついつい周りの目も気にせずに鼻歌をしながら帰宅する。



 今日は嫌なこともあったが、それ以上にプラスのことが沢山あった。



「レオに聞かせたらビックリするかな?お姉ちゃんに友達が出来たよって」



 一瞬虚しいだけに思えたが、レオもきっと喜んでくれるだろう。



「幸せだなー」



 あの日ぶりの多幸感。



 スキップまで踏んでしまう程だ。



 そうだ、今度は桜やアルス、それに真さんとAさんもお家に呼んでみよう。



 あとアクトも……来てくれるかなぁ?



 これでレオも私がいなくても一人ぼっちにならない。



 家の前に立つ。



 何だかいつもより違って見える我が家。



「よし!!」



 笑顔で



「ただいま!!レーー」



 ズズ



「オ……」



 ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ



 ◇◆◇◆



「あれ?」



 目が覚める。



「もう朝?」



 いつの間に眠ってしまったのだろうか。



 昨日少し興奮し過ぎたのかな?



「ふわぁあああ」



 大きな欠伸をする。



「あれ?なんでわざわざお布団二つも出したんだろ……え!!もうこんな時間!!」



 このままでは遅刻してしまう。



 急いで準備を整える。



「朝ごはん抜きでもいいかなぁ?」

「             」



 何となくご飯は食べなくちゃいけない気がした。



「またお皿準備するの忘れちゃった」

「  」



 あれ?



 ちゃんと一皿あるではないか。



「ドジっ子にジョブチェンジか?私」

「            」



 超特急でご飯を食べる。



 我が家に鏡はない。



 私は自分の姿を見たくないから用意していない。



「でも」



 将来的に■■に彼女が出来た時ように用意すべきかなぁ?



「■■って誰だろ?」

「             」

「ホントだ!!」



 時計は完全にアウトな時間を指していた。



「行ってきまーす」

「         」



 ……



「何やってるんだろ、私」



 何故か根拠のない虚しさが胸に広がった。

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