第56話

 <sideリーファ>



「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「リーファ、そんなに緊張しても仕方ないよ」

「でもマロさん!!もしかしたら突然難癖つけて『エルフなんかに教わることはない。こんな店潰してしまうわ!!』って人が来るかも!!」

「若いねー」



 そして店の前から話し声が聞こえる。



「あぴゃあああああああああ」



 私は緊張のあまり奥に逃げ込む。



「それじゃあ行ってくるね」



 マロさんは店の前へと向かった。



「大丈夫よリーファ。あなたは強い子。年が同じ人くらいの人は接客以外で初めてだけど、大丈夫。事前にマロさんがくれた本は100回は見たから」



 私はマロさんから借りた本を取り出す。



『必見!!若者もビックリお婆ちゃんの豆知識集』



「これで会話も弾むはず!!」



 ◇◆◇◆



 棚の横から入り口を伺っていると、五人の人物が現れた。



 男女の組でどこか仲が良さそうである。



 もしかしたらあの中にカップルでもいるのかなぁ



 なんてことを考えていると



「ほらリーファ、さっさと覚悟を決めなさい」



 マロさんが手招きする。



 心臓のバクバクを必死に隠すように一歩前に出る。



「は、初めまして、リーファって言います」



 緊張のあまり耳がピクピク動く。



 恥ずかしい!!



 だからこの体質は嫌なの!!



「グハ!!」



 何故か後ろでムスッとした顔をしていた男が血を吐き出す。



 何か持病でも抱えてるのかな?



 すると一人の人物に目がいく。



「あ!!」



 あれはAさん。



 時々うちに来てくれる常連さんだけど、最近来てなかったなぁ。



 それでも知ってる人が一人いるだけでもかなり心強い。



 私がAさんに話しかけると



「ん?」



 ムスッと君がさらにムスッとした顔になる。



 それにどこか周りがモヤモヤしてるような……



「なんなんだろう?」



 そうして私にとって思い出深い一日が始まった。



 ◇◆◇◆



 マロさんがお店の説明をしてくれている。



 確か真さん?と桜さん?は真剣に耳を傾け、Aさんは黙々とメモを取っている。



 だが残りの二人は別だった。



 名前はまだ聞けてないけど、女の子の方はマロさんの話を聞いているが、視線は常にある男の方に向いている。



 その視線の先にいる男。



 確か周りの人がアクトと呼んでいた。



 彼は物凄く態度が悪い。



 わざとらしく欠伸するし、マロさんが話しかけても舌打ちで上からの態度だし、どこか斜に構えた様子に私の心が奮起する。



「君さ、もう少し真面目に聞いたら?」



 私の言葉と共に目が合う。



 近くで見ると思っていたよりもカッコいいが、性格がアレなのでプラマイだとマイナスだろう。



 少し注意しただけのつもりだったが、相変わらずの態度に私もついつい熱くなってしまう。



 マロさんが仲裁に入ってくれてなんとか事なきを得たが、私はこの男を好きになれないと思った。



 ◇◆◇◆



 彼とまた喧嘩になってしまう。



 私もここでお世話になって長い。



 ケーキは甘くて美味しいけど、甘く見られるのは不服だ。



 だけど気付いた。



 私が勝手に期待していただけなんだ。



 もっとお店の魅力を知って欲しい。



 もっと親しんで欲しい。



 だけどそれは私の我儘に過ぎない。



「ごめんなさい」



 私は謝る。



 顔を上げる。



 彼の瞳には涙があった。



 本当に申し訳なさそうに、だけど隠すように



「ふん」



 彼は不恰好に荒々しい態度で奥の部屋に歩いて行った。



「ごめん、ああいう奴なんだ」

「いえ、私の方こそごめんなさい」



 真さんがフォローするようにそう言った。



 私のせいで悪い空気にさせてしまったと思ったが、クスクスと笑い声が聞こえる。



 女の子達が何か隠すように談笑している。



 それが私には不思議でたまらなかった。



「あの……ごめんなさい。嫌な空気にしてしまって」



 私が二人に謝ると



「え?いやいやそんなことないよ。むしろありがとうかな、アクトのあれはいつ見ても面白いから」

「桜の言う通り」



 二人はまるで通じ合っているようにそう答えた。



「あ、私の名前は桜って言うんだ。これからよろしくね」

「アルス」

「あ、よろしくお願いします。桜さん、アルスさん」

「そんなに畏まらないで。私のことは桜って呼んで」

「斜め右上に同じく」

「え、でも……」

「友達記念。ね?リーファ」

「友……達……」



 こうして私に初めての友達ができた。



 ◇◆◇◆



 接客の時間になった。



 見ている限り、桜は接客業を前に経験したことがある様子だ。



 それに可愛いからか、男性客がこぞって桜に注文している。



 真さんも同じように女性客に引っ張りだこだ。



 Aさんもオドオドしているが、一生懸命頑張ろうとする気が伝わって……



「ん?」



 いやいや、Aさんは頑張ってるから。



 だけどどこか心在らずのような



「それよりもだよ!!」



 またもまたもやサボってる。



 やる気がないのは仕方ないが、来たからには手伝ってもらう。



 でないとホントに邪魔!!



 だが彼が素直に手伝ってくれるはずないと考えたが



「アクトは私と一緒にいたいから無理らしいわ」

「俺様の腕前を見せてやるか」



 まるで簡単にのせられてしまう。



 アルスは彼の扱い方をよく知ってるようだ。



 だけどここでも違和感。



 いくらバカな人間といえどあそこまで分かりやすく言葉にのせられてしまうとは考えにくい。



 まるで役の人物がそんな人間だから、それに従っているように見えた。



「やばいな私、人をこんなに観察するの初めてだ」



 対人経験の薄さがあまり良くない行動を生んでしまっている。



「リーファ、少し手伝ってくれるかい?」

「あ、はーい」



 マロさんに呼ばれる。



「私も仕事するけど、お客様を怒らせないでね」

「うっせーな、速くどっか行けよ」



 マロさんの場所に向かってすぐに異変に気付く。



 アクトがお客さんとトラブルを起こしていた。



 私は慌てて裏に引っ込める。



 この人が有名人って言ったのは見栄を張るためと考えていたが、有名故にここまでぞんざいな行動を取るのかも。



 どちらにせよ私には関係ない。



 お世話になってるお店に迷惑をかけられるのを黙って見過ごすわけにはいかない。



「邪魔」



 きっと彼は怒り出すのだろう。



 だけど今、私にそんな余裕はなかった。



 だけど予想とは反して



「ちょうどいい」



 彼はすんなりと受け入れた。



 少しポカンとなってしまうが、受け入れてくれるならそれでいい。



 私はすぐに先の出来事を謝ろうとフロアに戻る。



 だがそれは杞憂であった。



「ふっふっふ、見ましたか皆さん。我が店はあのアクトグレイスを手球にとってみせました」

「「「「「うぉおおおおおおおお」」」」」



 桜が何かを叫ぶとお客さんがそれに同調するように叫ぶ。



 一応ここは喫茶店のように落ち着いた店のはずなんだけど。



「桜、これは?」

「ああ、みんながアクトに驚いちゃったから。『うちの店はアクトグレイスを完全に操っています。証拠に今から彼は奥から帰ってきません』って言ったら、実際リーファだけが帰ってきたし」

「操ってるって……それに彼が帰って来る可能性だってーー」

「ないよ」



 桜の目が一瞬変わる。



「私はアクト博士だ!!彼のことなら私に何でも聞いてくれたまえ」



 桜はどこから出したかも分からない髭をいつの間にかつける。



 あれ?


 そういえばこんな髭した迷惑客が前に来たような。



 それにしても



「ぷっ、何それー」



 私は吹き出してしまう。



「やっと笑ってくれた」



 桜が私の手を握る。



「やっぱりリーファは笑顔が一番だよ」

「あ、ありがとう」



 照れ臭くてうつむいてしまう。



 それにしても言い方がなんだか以前に私のことを知ってるかのように言うなぁ。



「多分ここは私達だけでも大丈夫だから、リーファはあそこで休んでて」

「いやで……うん。ありがとう、桜」

「にひひ、どういたしまして」



 座る。



「アルスsーー」

「アルス」

「アルスはどうしてここを選んでくれたの?」

「アクトが選んだから」

「……そうなんだー」

「……」

「……」



 どうしよう!!



 会話が続かない!!



「す、好きなものってある?」

「甘いもの」

「あ!!じゃあケーキが好きだったりとか」

「普通」

「そ、そっかー」

「……」

「……」

「趣味とかある?」

「ない」

「……す、好きな飲み物とかは?」

「甘いもの」



 レオへ



 どうやら私はもうダメなようです。



 ごめんね、こんな頼りないお姉ちゃんで。



「アルスは体が弱いんだっけ?」

「そうね」

「やっぱり生まれつきなの?」

「そうね」



 アルスが拳を握る。



「へ?」



 ほんの少し、体が引っ張られる。



 今そこに強力な重力が発生したのだ。



「す、凄いね……」

「ありがとう」



 何事もないようにアルスはそう言った。



「これのおかげで私は生まれつき体が弱いわ」



 私にはそれが矛盾しているようにしか聞こえなかった。



「ねぇそれってーー」

「失礼」



 店の扉が開く。



「ここに亜人はいるか」



 一人の男が入店した。

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