第44話

「どうなってるだろうな」



 俺は自然と桜に思いを伝えた例の道を歩いていた。



「我ながら未練がましいな」



 もう俺と桜に繋がりはない。



 今まで通り桜が俺に絡んで来、俺がそれを嫌々ながらに受け取る。



 きっとそれも幸せなのだろう。



 だけど桜が俺に話しかけてくれるのは自身の身の上の延長線上。



 自分が母親がいなくて寂しいから、同じように寂しい人を放っておけないだけ。



 きっと桜はアクトが親の愛によって歪んだのを分からずとも感じ取っていたのだろう。



 そして邪神教襲撃で俺との関わりが強まり、俺に構う機会が増えた。



「そう、もうそれだけの関係なんだ」



 諦めろ俺。



 お前は何のために頑張っている。



「ん?」



 すると激しい戦闘音がする。



「まさか」



 茂みから顔を出すと



「やっぱり」



 桜と幸福教が戦闘を行なっている。



「まぁ力づくで行くとは思ってたが」



 やっぱりイカれてるな、あの母親。



 エリカに対して怪我はしないと断言したくせに戦闘になってんじゃん、と思われるかもだが



「怪我はしないと言ったんだ」



 桜は今急激に成長している。



 まるで真のように。



「そりゃヒロインが主人公についていくには同じ速度で成長しなければならない」



 邪神教襲撃後に桜の生死は別れる。



 そこで死んでしまえばそのままだが、桜ルートに入ったのなら桜は真と一緒に成長しなければならない。



 だからあの時、愛の女神は桜に加護を与えた。



 それにより桜は真と同様急激な成長を遂げる。



「本来なら真の手によって愛の女神が登場するが、俺でも効力があって助かったな」



 毎日桜のことを見てれば加護の力が発揮されてることは目に見えて明らかだった。



「ストーカーに磨きがかかっていくな」

「もはや俺は守護霊と言っても過言じゃないな」



 ルシフェルとセリフが被り、何を言ったかは分からなかったが念の為パチケしておいた。



「フォルナの加護持ちでもなければ桜に触れることすらできないだろ」



 案の定桜は無双し、杏の目の前に立つ。



「どうやら桜は吹っ切れたようだな」



 決別の言葉を述べる桜。



「悪いことしたな」



 本当に正しいのが何かなんてわからない。



 結局俺も洗脳を使い、桜を操ったようなものだ。



 だけど



「あの母親に利用されるよりはマシだろ」



 そんなアクトらしいクズな考えで自分を納得させた。



「これで終いだな」



 自分の夫と娘を売ろうとした母親は、その後自身で積みに積み重ねた責の山によって売られる。



「実に皮肉的で素晴らしい終わり方じゃないか」



 君LOVEがヒロインにだけ厳しいと思うなよ。



「帰るか」



 決着はついた。



 これは桜自身の心の問題であり、俺が大きく関与すべきことでもない。



 元々俺も現場に来る予定ではなかったしな。



「なぁアクトよ、あれは大丈夫なのか?」

「あん?」



 帰ろうとした俺の服をルシフェルが引っ張る。



「何だあれ?」



 杏が謎の機械を手にしている。



「知らない」



 俺はあんなもの知らない。



「まずい」



 俺に力を測るとかそんな大層なことは出来ない。



 だけど分かる。



 あれはヤバい。



 急いで止めようと走り出す。



 だが気付くのが遅かった。



 既に桜が光に包まれる。



 極度の混乱状態に陥った俺だが、さらにトンデモない情報が飛び出す。



「一度失った記憶は戻るけど、問題ないわ」



 は?



 それってつまり桜にあの時の記憶が戻ると?



「問題しかないってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」



 俺の断末魔と共に桜は姿を消した。



 ◇◆◇◆



「説明しろ」

「ひぃ」



 俺は杏に剣を向ける。



「あれは何だ」

「お願いします、命だけは命だけは」



 俺は杏を蹴り飛ばす。



「何か勘違いしてるんじゃないのか?テメェは俺様の質問にだけ答えろ。それ以外を口にしたら殺す」



 杏は何も言わず無言で首を縦に振る。



 俺は主人公じゃない、ラスボスだ。



 真のように優しいと思ったら大間違いだ。



「あれは何だ」



 再度質問する。



「あ、あれはシウス様から頂いたもので、フォルナ様の力が込められていると聞いています」

「は?テメェ嘘ついてんのか?」



 剣をちらつかせる。



「め、滅相もございません!!全て真実です!!」

「……詳しく言え」

「は、はい!!」



 杏は言う。



 あれは時間を巻き戻し、再度魔法を展開する道具だそうだ。



 それでエリカに解いてもらった魔法をもう一度発動し、桜を洗脳しようとした。



 だが代わりに記憶が戻るそうだが、どうせ操るのだから害はないと判断したようだ。



「で?桜はどこに行った」

「わ、私にも分かりません」

「あ?」

「ほ、本当なんです!!私もシウス様にそれ以上のことは聞かされてないんです!!」

「ちっ」



 エリカがいれば真偽が分かるんだがな。



「ありえない、幸福の神フォルナにそんな力があったか?」



 神はすべからず凄まじい能力を持っているのは確かだが、万能ではない。



 例えばルシフェルが闇魔法しか使えなかったり、愛の女神は成長や癒しなどの能力しか使えない。



 そして幸福の神はその中でもトリッキーな存在であり、基本的に運が良くなることや奇跡が起こるなど偶然を超越した能力になる。



 だからゲームで加護持ちと戦うと攻撃が何故か外れたり、逆に当たらない攻撃が当たるなどストレスの溜まるものであった。



「だが魔法の時間を戻すだと?」



 ありえない。



 そんな能力使えるはずがない。



「また俺の知らない知識がーー」



 ズズ



「ック!!」



 酷い痛みが襲う。



 ◇◆◇◆



『幸福の神フォルナは調べたら分かるかもだけど、彼女には元ネタがあってさ』

『へぇそうなんですね』

『それに由来して、フォルナは運命、つまりは過去と未来を変える力があるんだよ』

『そうなんですか?ならどうして本編ではそのようなシーンがなかったんですか?』

『そりゃフォルナは気紛れだからね、本当に気に入った人間にしかその能力をプレゼントしないんだよ』

『もし、与えられるとしたら誰に与えられるんですか?』

『さぁ、それこそ神のみぞ知るところだね。でも条件ならあるよ』



 男は自信満々に言う。



『その選択によって世界を揺るがした者』



 ◇◆◇◆



「これはチャンス?」



 突然アクトが動きを止める。



 痛みによって動けないと気付いた杏は徐に《おもむろ》魔法を唱える。



「死ね!!」

「何だ今のは」



 一瞬ルシフェルから力を借りて杏の意識を刈り取る。



「悪いルシフェル、魔力は大丈夫か」

「それは問題ないが、アクトの方こそ大丈夫か?」



 アクトの顔色はあまり著しいものではなかった。



「大丈夫だ。それよりも桜を探さないと」

「だがアクトが倒れたら身も蓋も……いや」



 突然ルシフェルが和らいだ表情を見せる。



「桜は帰ってくるぞ」

「何言って……ん?」



 突然唇に温かい感触がする。



「何だ今の」



 すると突然空間に切れ目が入る。



「桜!!」



 空間から桜が現れる。



 俺はそれを受け止める。



「大丈夫か桜!!」



 桜は抱き寄せる。



 呼吸はしているし、ぱっと見ではあるが怪我もないようだ。



「命に別状は無さそうだが、教会まで行こう」



 それに



「ルシフェル、魔法は発動されてるか」



 これは魔法を巻き戻したもの。



 もう一度洗脳されている可能性もある。



「魔法はかけられてないぞ。自分で解いてる」

「そ、そうか」



 自分で解いた?



 さすが成長した桜でもそれは不可能と思うが、今は急いで桜を連れて行こう。



「んっ」

「ッ!!桜!!」



 桜が意識を取り戻す。



「あ、アクトだ」

「あ、ああ俺様だが、どこかおかしいところはないか?」



 まだ寝ぼけた桜は自身の体を触り



「大丈夫」

「そうか」



 ひとまず安心だ。



「あ」



 すると桜の顔が歪む。



「ど、どうした?」

「ダメかもしれない」

「何!!」



 一体どうして!!



「ごめんアクト、もう少し顔を寄せて」

「分かった」



 意味も分からず顔を近付ける。



「ふふ、バーカ」



 チュ



「……………………………は?」



 俺は今……何をされた?



「何ってキスに決まってんじゃん」

「な!!おま!!キスって!!」

「幸せになりにきました」



 首に手をかけられ、もう一度唇が触れる。



「逃がさないからね、アクト」



 艶美に、獲物を見据えた彼女は笑った



「はは」



 月が綺麗な夜。



 俺は混乱と幸せの最高潮に達し、意識を遠くに手放した。



 救済√1.5



 桃井桜



 完






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