第43話

 <side桜>



 突如見せられる謎の映像。



 そこにはただただ貧しくも、精一杯生きている二人の姉弟。



 姉の方はリーファ、弟の方はレオということが分かった。



『それじゃあお姉ちゃんはバイトに行ってくるね』

『行ってらっしゃい、気をつけてね』



 リーファが家を出る。



『はぁ、お姉ちゃんがいないとやっぱり寂しいな』

「そうだよね、まだ甘えたい年頃なんだもん」



 私はそれをこの歳になるまで引きずっていたんだ。



 この子に同情してしまうのも無理はない。



「大丈夫だよ、お姉ちゃんがあれだけ美人だったら君も将来イケメン確定でモテモテだよ。だけどアクトみたいにはなったらダメだからね」

『うんお姉ちゃん、僕頑張るよ』

「え?」



 私の声が?



『だからお姉ちゃんもバイト頑張ってね』

「ああ」



 独り言か。



 レオは一人で寂しさを紛らわすように一人で遊び始めた。



「本当にこの光景はなんだろう」



 今までは私に関わるものしかなかったが、今回は明らからに別。



「おろ?」



 すると私の体が勝手に動く。



「あれ?どういうこと?」



 そして一人で遊んでいるレオの後ろに立ち、背に手を伸ばす。



「え!?私何しちゃうの!!」



 そしてレオの背中に触れる。



『ん?なんだろう、変な感じがする』



 するとレオがむず痒そうに体をよじる。



「私が干渉してる?」



 まさかこれは幻でないのか?



 そして私の口が勝手に開き



「やはりそうか」



 視界が暗転した。



 ◇◆◇◆



「え?」



 そしてまた場面は変わる。



『どこ行ってたんだ?』



 するとアクトが私に話しかけてくる。



「え!!アクト私が見えるの!!」



 そして気付く



「ちょ!!こっち見るな!!」



 すかさず体を隠す。



『あんまり離れるなよ』



 アクトは今までにないほど優しい声でそう言った。



「あ」



 そして気付く。



 アクトが話しているのはイマジナリーフレンドの方だと。



「全く紛らわしい」



 ドキドキが止まらない。



 まるで自分がアクトの恋人になったんじゃないかと勘違いしてしまった。



「ん?」



 すると目の前にはリアちゃんの姿。



『親離れですか?』



 どうやら今回も同じような質問をしているらしい



 リアちゃんは笑顔のままだけど



『いつか喉笛をカッサ切ってやろうと思ってます』



 めちゃくちゃ怖かった。



「リアちゃんって親の話全然しないけど、もしかしたら何かあったのかな?」



 それじゃあ私と同じなのかも。



「親離れか」



 私はお母さんとはもう縁を切ったつもりだ。



 そこに嘘はない、だけど胸の中に引っかかりが残るのもまた事実。



「きっと怖いんだ」



 私は今、不安定な状態だ。



 多分今までは真、そして次にお母さんと何かに頼って生きてきた。



 そして今はアクトにその矛先が向こうとしてる。



 だけどもし、アクトに拒絶されたら



「私耐えられないかも」



 思ってたよりも自分は脆いものだった。



「ねぇアクト」



 話しかけるも彼は反応しない。



 所詮これは幻だから。



「私はダメなのかな?」



 言葉は返ってこない。



「進んだつもりでも、ダメなままなのかな?」



 やっぱり返事はない。



「私はあなたを好きで許されるの?」



 そして視界は暗転した。



 ◇◆◇◆



「夜?」



 そこには街灯に照らされたアクトの姿があり、近くからは彼の細かな息遣いのみが聞こえる。



『冷えるな』



 アクトがボソリと呟く。



 するとこちらに何かが歩み寄ってくる。



『こんばんわ、アクトさん。何だか久しぶりに会った気がしますね』

「誰だろう?」



 現れたのは謎のフードを被った女の子らしき人物。



 どう見ても怪しさ満々だが、彼と話し出すとすぐに分かる。



「仲良い」



 アクトの態度はいつも通りなんだけど、どこかアクトも安心してるというか、頼りにしてるというか



「……」



 羨ましい。



 私は彼に頼られたことなんてないのに。



 そして話がひと段落し、アクトとこの女性が一緒に歩く。



「あ」



 そして気付く。



 アクトがしっかりと歩幅を合わせて歩いていることに。



「最後まで嫌なやつでいてよ」



 じゃなきゃこんな気持ちにならなくて済んだのに。



 そして最後はいつだって



『その子のためと傲慢な考えではあるが、引き離したい場合、どうすればいい』



 私のことを考えている。



「どうして」



 どうしてそこまで私にしてくれるの?



「分かってる、あの時の言葉は私を助けてくれるためだって」



 今まで見てきた女の子達は可愛くって、アクトと仲良しそうで



「私なんかよりもよっぽどお似合い」



 自分が惨めに感じる。



「私、あなたに何かしてあげた?」



 私はアクトに何か与えられた?



「何もない」



 何もできてない。



「もう放っておいて」



 これ以上好きにさせないで



「諦めさせて」



 手遅れになる前に。



『親身に話すか』



 アクトは悲しそうに



『この思いを伝えられたらな』



 ◇◆◇◆



 謎の女性とアクトはグレイス家につく。



『それではさようなら』

『ああ、お前もほどほどにしとけ』



 アクトが家に帰る。



「私も帰りたい」



 もう、ここにいるのは嫌だ。



「あれ?」



 また、体が動かない。



『少しお話ししませんか?』

「え!!」



 話しかけられた!!



『すみません、私にはあなたの姿がぼんやりとしか見えておらず、言葉を聞くことまではできません』

「ん?」



 これは本当に私に話しかけてるのか?



『何か伝えたいことがある、だからこそ私にも認識できる程に力を落としているのでは?』



 やっぱり私じゃない。



「もしかして!!」



 今時ってイマジナリーフレンドが流行ってる!!



「乗り遅れた……」



 流れの桜とまで言われた私が、このビックウェーブを見逃すなんて



『あ、違うんですね』



 私が気分を落としている間にも話は進んでいる。



『これは……紙?』

「マジック?」



 急に紙が地面に落ちる。



 いや



「私が落としたのか」



 そしてフードの女の子がそれを読む。



『カッコいい文章ですね』



 何故か私はドヤ顔していた。



『なるほど、私に出来ることであれば』



 フードの少女は胸に手を当てる。



『契約を』



 視界が暗転した。



 ◇◆◇◆



「いつになったら私は戻れるんだろう」



 もしかしたら永遠にここに閉じ込められるのでは?



「何だか気分がドンドン悪い方向に向いてる気がする」



 まるで自分の中に悪いものが溜まってきているみたいだ。



「これ……は」



 視界に光が戻ると



「私が忘れた日」



 廃墟から出てきた私の姿が目に入った。



「うわぁ、めちゃくちゃ情けない」



 こうして見ると不用心極まれりだ、私



 このタイミングできっと魔法をかけられたのだろう。



『ちっ』



 アクトもどこか不満気だ。



『いや待てよ』



 アクトはこの後何をするのかな?



 そして衝撃の一言が私を襲う。



『遊びに行かないか?』



 ◇◆◇◆



「この人誰だろ?」

『誰?』



 過去の私と今の私が同じ感想を抱く。



『アクトだろ、どう考えても』

「どう考えても違うでしょ……いや」



 そうか



「これが素のアクトか」



 きっと彼が見せた優しい表情。



 あれが本当のアクト。



「ぷぷ、なにそれー」

『おっかしー』



 アクトは普段はつけないメガネをし、爽やかな帽子をつける。



 いつものぶきっちょ顔とのギャップに笑いが出る。



「私楽しそう」



 いつもの周りに気を遣ったような笑顔じゃない。



 心の底から楽しいと伝わってくる。



「アクトも」



 彼がこんな顔をするのも初めてみた。



「幸せだね」

『幸せだよ』



 記憶の私と被る。



「お母さんの言ってたこと、全部は間違いじゃなかった」



 みんなが幸せなのはいいことだよ。



「でも上手くはいかないね」



 誰かの幸せのためには、誰かが不幸ならなきゃいけない時がある。



「今は楽しんでよ、私」



 未来の私は彼を諦めないといけない。



 弱くて、可愛くなくて、彼に何もしてあげられない私は彼を幸せに出来ない。



「最後か」



 終わりが近付いている。



 夜の道でアクトと二人きり。



『どうして今日は誘ってくれたの?』



 記憶の私がアクトに問いかける。



『最後に君に、本当の俺を見せたかった』



 これが正真正銘彼との最後の時間。



 何故かは分からないが断言できた。



 ここで選択を誤ればもうダメだと。



 そして私が頭を抑える。



「魔法が発動した」

「誰?」



 知らない声。



『きたか』



 その声にアクトが返事する。



『これのことは聞かない。でも、ひとつだけ聞かせて』

『何だ』

『アクトの、あなたの本当の気持ちを教えて』



 アクトが私と目を合わせる。



「大丈夫、伝えて」



 私の声が聞こえたわけでもないのに、彼は頷いた。



『俺の気持ちか』



 これから始まるのは彼の本音。



 それを私は素直に受け止める必要がある。



『愛してる』

「……」


 もう



「私も」




 戻れない。



 アクトを……彼を……愛してしまった。



『この世界で一番愛してる。誰にも、神にだって負けないくらい君を愛してる』

「この世界で一番愛してる。ユーリにもリアちゃんにもアルスにもあの子にだって負けないくらいあなたを愛してる」



 溢れる。



 胸に押し込んだ思いが零れる。



『自分の命なんてほっぽり出せるぐらい愛してる。優しいところも、強いところも、可愛いところも、諦めないとこも、自分が一番寂しいはずなのに、周りの人をほっとけないとこも』

「『……気付いて』」



 どうしてあなたは私の隠してたものを知ってるの?



 どうしてあなたは私のことをそんなに見てくれてるの?



 だけど



「私だって知ってる」



 あなたが隠してても分かるものがある。



「我慢してるつもりでも顔がニヤけるとこも、時々口を滑らせて普通に褒めちゃってるとこも、授業中にこっちばかり見てるのも」



 知ってる。



 だって好きだから。



『本当は真にだって渡したくない。でも、桜の幸せを進んでほしい。それが俺の幸せだから、自分の命なんて惜しくないほどに大切だから』

「私だって渡したくない。頑張って諦めるつもりだったのに」



 アクトが、あなたが諦めされてくれないから。



「ごめんアクト、私はあなたと違って他人の幸福を願えないみたい」



 もう後戻りはできない。



「何がなんでも」



 あなたを手に入れる。



「アクトが悪いんだよ」



 私にここまで言わせたんだ。



「責任は取ってもらわないと」



 心の中の何かが弾けた。



『愛してるよ桜。君が俺を知らなくても、ずっと君を愛していた』

「愛してるよアクト。例えあなたを忘れようと、必ずまたあなたを好きになる」



 そして記憶の私は意識を失った。



『……』



 アクトが涙を流す。



『俺も、一緒にいたい。生きたい。みんなの不幸を全部無くして、本当のハッピーエンドを見せて、言いたい。俺を』



 アクトは天を仰ぐ。



『救ってくれてありがとうって』



 ピシリ



 空間にヒビが入る。



「戻るのかな?」



 どうやら記憶巡りは終了のようだ。



「逃がさないから」



 幻想のアクトのそばに寄る。



「私はしつこいよ?」



 そして彼の唇にキスをした。



『え?』



 アクトが唖然とする。



『桜』



 そして私の視界は暗転した。



「加護が与えられたか」



 ルシフェルはいなくなった桜を見てそう言った。



「幸運の神フォルナ」



 またの名を



「運命の神フォルトゥーナ」



 それは過去すら歪ませる力である。

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