第41話

「少し話したいことがあります」



 倒れた桜を家にまで運んだあと、エリカからそんな言葉をもらった。



 普段なら断るところだが



「手短に話せ」

「ありがとうございます」



 不安分子は出来るだけ排除しなければならない。



 先程桜と座っていたベンチにまで移動する。



「あ、ありがとうございます」

「話をスムーズに聞くためだ」



 俺は温かい紅茶を投げた。



「美味しい」

「そーかよ」



 まだ夏だというのに、夜は冷えている。



「以前、私が見回りをしていたのを覚えていますか?」

「どーだかな」

「その時、実は話した内容以外にも、歴とした理由があるんです」

「……」



 だろうなと思いながら俺はコーヒーを一口飲んだ。



「アクトさんなら既に心当たりがあるのでは?」



 この子は少し俺のことを買い被り過ぎてるな。



「幸福教か?」

「お見事です」



 所詮知識だ。



 知っていれば誰でも導き出せる。



「理由をお聞きしても?」

「学園への襲撃、そして三代貴族の乗っ取りの件、それから大規模な魔獣暴走スタンピード。あれの犯人が邪神教であると誰かの情報によって確定したな」

「フフ、誰なんでしょうね」

「……そうなると、善人からしたらごめん被る話だろうが、希望のない腐った奴らは当然力のある方につきたくなる」



 幸福教の信者は今なお続々と邪神教に移り変わろうとしている。



 幸福教だとか言ってるが、実際の中身は自分が幸せになるためなら他が犠牲になってもいいと考えてる狂人どもの集まり。



 邪神教に行って好きなことができるならそれもまたいいと考えているんだろう。



「邪神教を舐め過ぎだけどな」

「だけど幸福教の方々は逆にこれをチャンスと考えたのでしょう」



 エリカの話によれば、幸福教の連中が自身を邪神教と名乗り、人攫いから強盗、怪我人なども多く出ているそうです。



「そのための見回りか」

「私がいれば被害はかなり抑えられますので」



 エリカは聖女である。



 それは神に愛された存在であり、エリカの前では一切の加護などが無効化され、逆にエリカと共に戦うのであれば神の力が増幅する。



 もちろん、邪神はそれらに一切当てはまらない。



「この話をしたのはアクトさんに夜道を歩くのをやめていただきたいからなんです」



 俺は少し意地悪したくなった。



「嘘だな」

「!!」



 いつもの仕返しだ。



「本当は何が言いたかったんだよ」

「それは……」



 言葉に詰まる。



 彼女では力不足なのは重々承知なのだろう。



 いくら力や人望があろうと、結局は一人の少女。



「お願い……してもいいんでしょうか」



 エリカは俯く。



「最初は私があなたをお救いしようと考えていたのに、いつの間にか私ばかりが助けられています」

「……」



 助けられてばっかりなのは俺の方だろ。



 本当ならお互いに関わるべきじゃないのに。



「好きに言え。だがそれを聞いたところで俺様はお前の願いのために動く気は一切ない」

「……」



 それが嘘ではないことにエリカは少し驚く様子を見せる。



「なら、話してもアクトさんは無茶しないんですね」



 すぐに彼女は柔和な顔になる。


 

 自分が頑張れば、誰も不幸にならずに済むと思っているのだろう。



 それは美徳であり、危うい一面でもある。



「幸福教を止めたいです」



 力強く



「幸せのために誰かが不幸になるのはおかしいです!!」



 全く



「バカが」

「ゥウ」



 エリカのオデコにパチケする。



「お前が人のこと言える立場か」

「で、ですが」

「お前に辛そうな顔は」



 背を向ける



「似合わねぇ」



 俺は彼女の願いを叶えない



 俺は自分のために動く



 ヒロインを幸せにする



 そんな願いのために



 ◇◆◇◆



 次の日の学園にて



「桜の様子を見ておかないとな」



 問題はないと思うが、これで俺の作戦が失敗してたらそれこそまずいからな。



「アクト」



 隣から美声が聞こえる。



 隣には綺麗な紅い髪の美少女がいた。



「この前は楽しかったね」

「……」



 無人島での記憶が蘇る。



「……(羞恥死)」

「それで?」


 

 一転真面目な顔。



「次は何?」

「エリカといいお前といい、超スペック持ち相手は分が悪すぎる」



 嘘を見抜かれるの次は俺の不安すら的中させられてしまう。



 そろそろ心でも読まれるのかな?



「冗談じゃない」


 

 該当する人物がいるのがまた恐ろしい。



「今回はそこまで大掛かりなものじゃない。精々人が数人死ぬ程度だ」

「そう、じゃあ問題無いわね」



 アルスがニコリと笑い



「あなたなら一人も死なせないもの」



 だからエリカといいアルスといい、彼女らの俺への信頼の高さは何なんだ?



「好きに考えてろ」



 居心地が悪いのでそっぽを向く。



「かわい」



 そう言ってアルスは俺の膝の上に乗ってくる。



「ちょ!!」



 凄い勢いで扉が開く音がした。



 ◇◆◇◆



「大丈夫そうだったな」



 今日一日桜を見てみたが、特に問題はなさそうだった。



 いや



「少しおかしかったな」



 授業中に俺は基本的にヒロインばかりいつもみているが、今まではユーリも桜も授業に集中しているが、今日の桜とはちょくちょく目が合った。



 そして毎回顔が赤くなり目を逸らされる。



 更に昼休みに俺は後ろから桜を見守ってストーカーいたが、訳もなく色んな場所をプラプラと歩き、まるで探し物が見つからないと首を傾げていた。



 そしてリアやユーリ、アルスと話していると毎回桜から鋭い視線が飛んでくる。



 と思えばすぐに仲間に入りたそうに子犬のような目になる。



「記憶は無くなってるよな?」



 少し心配になる。



「記憶が有ればこんな程度じゃないだろ。考えすぎだな」



 冷静になる。



「そう、あれは胡蝶の夢」



 しみったれた気分だからカッコつけた。



「あの幸せな時間はもう二度と味わえないが、相手が俺じゃなくても、彼女に幸せになってもらう」



 皆のためと言い自身のみが幸福になろうとする幸福教、個人のためと言い相手のみが幸福であろうとする俺。



「案外気が合うかもな」



 どちらも自己中って意味で。



「着いたな」

「今回は別の場所じゃないんだな」



 フワリとルシフェルが現れる。



 例の廃墟につく。



「俺の予想が正しければ、今日はお偉いさんがいるんだ。ちょっと挨拶しておこうと思ってな」



 こうして俺は見えない階段を下りていった。



 ◇◆◇◆



「愚息と聞いていたが、やはり人の話なんて信じるのがバカらしくなるな」

「そりゃどうも、俺様はテメェを腹黒と聞いていたが、やっぱり合ってたぜ」



 護衛はゼロ。



 それだけ自分の力に自信があるのか、それとも例の見えない階段が暴かれることはないという慢心か



「どっちもだろうな」



 目の前に立つ男の名前はシウス。



 誰だ?と思うかもだが、コイツは幸福教の設立者であり、この国の王の補佐関係の仕事をしている。



「杏が使える娘がいると聞いてわざわざ足を運んだが、失敗だったな」



 そういいながらも一切焦りを感じさせない。



 実際に感じていないのだろう。



 それは俺を力で解決できるからと考えているわけではない。



「ムニャムニャ」



 何故なら俺の背には最強という名の核爆弾があるからだ。



「俺を殺すか?」



 当然のように聞いてくる。



「いや、まだお前を殺せねぇ」

「はっ!!賢いとまできたか」



 この男がこの国を支えているのはどうしようもない事実。



 この世界がご存知の通り平和じゃない。



 国が傾けばすぐに隣国が攻めてくるだろう。



 そんな中でコイツを殺すのはあまりにも愚策。



「普通なら俺様の条件を飲み込むのは当然だが、寛容深い俺様は取引に応じにきた」

「ほう?」



 初めて、シウスの顔が歪む。



「取引か!!この俺相手にそんなこと言う奴は久しぶりだな!!」



 そりゃお前みたいなヤバい奴と取引するなんて正気じゃ出来ねぇよな。



「俺様が出す条件は二つ、まずは一般人に手を出すのを止めること」

「あ?そんなことかよ、面白くない」


 一気に興味が失せたように椅子にもたれかかる。


「そして二つ目はこの日、幸福教をここに集めろ。全員だ」

「はぁ?」



 俺が指差した地図を見ながら、意味が分からないと顔に出すシウス。



「それはあんまりにもバカな考えと分かってるのか?」

「ああ知ってる」

「俺がそんな条件飲むわけーー」

「全面協力だ」



 俺は初っ端切り札を出す。



「この紙を見ろ」

「何だこれ……はぁ?」



 シウスがニヤリと笑う。



「これは面白れぇ!!」



 立ち上がる。



「どうだ?これがあればあのグレイスが一度だけ、言うことを聞くんだ」

「これはいいな!!これならむしろお釣りがでるくらいだ!!」



 クックックックと不敵に笑うシウスの反応を窺っていると、俺の視界にシウスの手が伸びてくる。



「条件を飲んでやる」

「信用できないな」

「ちっ、この熱い気持ちを冷めさんなよ、ほらよ」



 シウスが机から一枚の紙を取り出す。



「名前かけ、それで成立だ」

「側近様はやっぱり気前がいいな」

「あんなんで金が足りるわけねぇだろバカが」



 スラスラと名前を書く。



「あん?誰だよこの名前」

「それでいいんだよ」

「勝手に他人の名前で契約なんてできるはず」



 魔法の紙は燃えた。



「お前?何者だ?」

「契約は魂によって行われる。だからアクトだとできないんだよ」

「クソが、いつかタネを暴いてやる」



 シウスは苛立ちを見せながら帰れとジェスチャーする。



「もう用がないなら帰れ。俺はガキみてぇに忙しくねぇんだ」

「誰がテメェみたいなクソッタレと話したいと思うんだ。大人しくお山の大将でもしてろ」

「ハン」



 俺は地上に戻ろうとすると



「最後に言っておく」

「あん?」

「既に一般人には手出ししないよう伝えたが、杏にだけは連絡が出来なかった。お前のお姫様は危ないぜ」



 やっぱりコイツは侮れないな。



「そうか」

「あ?いいのか?」

「俺様に関係のあることか?」

「ちっ、やっぱり信用ならねぇことばっかだこの世界は」



 俺は地上に戻った。



「後は頑張れ、桜」



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