第40話

 <side桜>



「ん〜」



 ここはどこだろ?



「私の……家か……」



 寝起きのせいかまだ意識がぼんやりしている。



「あれ?日付けが」



 自分の知る記憶と1日だけずれている。



「もしかして昨日一日中寝てたとか!!うわぁ〜、せっかく皆勤賞だったのに」



 もしかしたら病気の可能性もあるし、今日学園が終わったら一応診てもらおうかな。



「だけど何だか」



 幸せな気持ちでいっぱいだった。



 すると下から何かいい匂いが漂ってくる。



「そうだ、もう私は一人じゃないんだ」



 心が満たされる。



「あらおはよう桜」

「おはよう、お母さん」



 そこには以前までは無かった母親の姿。



 そんな光景に胸がいっぱいになる。



「もうご飯できるからね」

「うん!!」



 きっとこれからもこんな幸せな日々が続くのだろ

う。



 だけど何だか変だな



「ねぇ桜」

「ん、なーに?お母さん」

「桜って今、幸せ?」



『疑え』



「ッ!!」



 頭痛



「う、うーん、なんとも言えないけど、お母さんもいるし友達もいる、私はとっても幸せだと思うよ?」

「そう、それはいいことね」



 そしてお母さんは柔らかい笑顔を消す。



「でもね、桜。桜が幸せなのはいいことだけど、そうじゃない人はどうかしら?」

「え?」



『疑え』



「きっと幸せじゃない人は桜を見たらこう思うはず。どうして桜はそんなに幸せなんだろうって」

「そう……かもしれないけど」

「なら桜はどうすべきだと思う?」



 まるで審問されている気分だった。



 返答を間違えれば、今すぐにでも見えない刃に刈り取られそうな



「みんなが……幸せになる?」



 お母さんは笑顔いっぱいになる。



「そう!!さすが桜ね!!それってとっても素晴らしいことと思わない?」

「そう……だね。私もみんなが幸せなら嬉しいかも」

「そのために桜も協力してくれないかしら」

「協力?」



『疑え』



「桜は幸せなんだから。多少我慢してでも周りの人を幸せにすべきだと思うの。その中には」



 もちろんお母さんも



「でも私には大したことなんて」

「大丈夫。桜は既に誰かを幸せにする力を持っているのだから」



 そしてお母さんはまるで状態を確かめるようにジロジロと私を観察する。



 お母さんと最初に会った時はその目線が我が子を見守るためのものに見えたが、今はまるで物として観察されているように思えた。



「少し不安定ね。だから私の問いかけが曖昧だったのかしら」



 ブツブツと独り言を呟く。



「でも問題はないか」



 そして笑顔に戻り



「ほら!!速く学園に行ってきなさい。遅刻するわよ?」

「う、うん。行ってきまーす」



 私はおかしくなってしまったのか。



 私には母親の言葉の後ろに



『疑われないために』



 そんな言葉がつく気がした。



 ◇◆◇◆



 別に1日休んだだけのはずが、久しぶりに学園に帰って来た気がした。



「帰って来たって、まるで家に」



 帰りたくないみたいではないか



「やっぱり変だね。お母さんが帰って来たんだからそんな気持ちになるはずないのにね」



 ポジティブに行こう!!



 何だか暗い事件ばかり起きるから、私の心も参っていただけなんだ。



「それに学園には真も、ユーリも、リアちゃんもいるし、いいことばかりじゃん!!」



 もちろんアイツも



「それにアルスさんとも友達になってみたいな」



 アルスさんはとっても有名だ。



 その力は神にも届き得るとされ、歴史を見てもアルスさんほどの存在はいないとされている。



「だけど」



 アルスさん、ちょっと彼に馴れ馴れしいんだよなぁ。



「これだとまるで」



 私が彼に



「た、確かにドキドキはしたけど、さすがに恋まではいかない!!そう、私がアイツをドギマギさせるのが楽しいんだから!!」



 今まで散々煽られたんだ。



 それの意趣返しぐらいしても許されるだろう。



「よ、よし、今日も会ったらとことんいじめてやる!!」



 誰かに言い訳して、学園に向かった。



「な、何で緊張してるの」



 明らかにおかしい。



 確かにアイツのことを気にかけているのは事実だが、前までは普通通りだったじゃないか。



「お、お母さんと会ってテンションがおかしくなっちゃったのかな?」



 深呼吸する。



「よし!!」



 気合十分!!



「行こう!!!!」



 ソーッと扉を開ける。



「ぴ!!」



 バタン



 扉を閉める。



「な、なんかカッコよくない!?」



 絶対おかしい!!



 彼の姿を見ただけで心臓が跳ね上がる。



「い、いいいい意味わかんない!!」



 この現象を一度だけ体験したことがある。



 そう、一度だけ



「ありえない」



 顔が熱い。



「一時の気の迷い、そう!!ただの勘違い!!」



 心に言い聞かせ、もう一度扉を開ける。



「ねぇアクト、数学ってわざわざ算数から名前を変える必要無かったと思わない?」

「いいからさっさと降りろ!!アルス!!」



 次に扉を開けた時、先程いなかったアルスさんが彼の膝の上にまるで彼女のように座っている。



「アクト答えて」

「どうでもいいからさっさと降り……ろ?」

「あら?」

「つ、付き合ってもいない男女がそんな体勢なのは不健全ですよ、アルスさん」



 アルスさんを持ち上げる。



 見た目も小柄だが、その重さは想像以上に軽かった。


「……」

「ど、どうして黙るんですか?」

「嫉妬?」

「!!!!!!!!!!!」



 顔が一気に赤くなる。



「違います!!!!!!!!!!!!」

「シュン」



 何故か彼が悲しそうな顔をする。



「なら問題ない。私達が何をしようとあなたに問題ないはず」

「俺様は問題あるけどね!!」

「そ、それはあれですよ。風紀的な何かがあれしてそんな感じになるんですよ」



 正直自分でも何言ってるのか分からなかった。



 ただ、アルスさんが彼に引っ付いていると、嫌な気持ちになるというかなんというのか



 羨ましいと思ってしまった。



「そう、ならしょうがないわ」

「分かってくれーー」

「しょうがないからあなたも堪能しなさい」



 凄い力で肩を押される。



 反応やら迎え撃つなどあらゆる手段が無意味であると全身が教えてくれた。



 そして前に倒れた私は



「おっと」

「あっ」



 彼の胸に飛び込む。



「あぅわ」



 変な声が漏れる。



「……」

「……」



 無言



 頭では離れなきゃと思うのに、体が動かない。



 彼の顔を見る。



「あ」



 理由は分からないが、多分彼も同じことを考えてるんだと分かった。



「風紀乱れまくってるけど大丈夫?」

「「!!!!!!」」



 ばっと二人同時に離れる。



「今のはその、足が!!そう足がもつれまして!!」

「お、俺様も腕がもつれたんだよ!!」

「私よりバカ」

「そ、そもそもアルスさんが急に押すからーー」

「アルスでいい」


 彼女の真っ白な手が伸びる。


「アルスノート、これからよろしく」

「あ……」


 それは


「よろしくお願いします」

「敬語いらない」

「そうですか?ううん。そう、じゃあよろしくね、アルスちゃん」



 アルスの頬が膨らむ。



「ちゃんもいらない」



 心臓を撃ち抜かれた。



 こんな可愛い生き物がいるのかと。



「ん?」



 音がしたので後ろを振り返ると



「ふぐっ」



 彼が心臓を抑えながら膝をついていた。



 ◇◆◇◆



「いやー今朝は変だと思ったけど、何だかんだでいつも通りだったなー」



 やっぱり私は変わってない。



 ただどうしても彼を目にすると、胸の鼓動がおさまらないだけ。



「うんうん、常識常識。気になる異性を自然と目で追うのも、もしかしたら彼に会えるかもと昼休みに途方もなく歩いたのも、女の子と一緒にいるとムカムカするのも」



 うんうん、好きな人への常識だね!!



「ダメじゃん!!」



 認めちゃってるじゃん!!



「違うんだよー、最初は軽い気持ちだったんだよー」



 誰もいないのに言い訳を繰り返す。



「そもそもおかしいよ!!普通あんな奴好きにならないって!!」



 そうだよ!!



「口悪いし、性格悪いし、頭悪いし、運動できないし、女癖だって悪いし!!」



 ほら!!



 悪口がいっぱい出てくるではないか。



「だけど」



 え?



「口は悪いまんまだけど最近は優しくなったし、何だかんだ無理矢理お願いすれば色々してくれるし、何より」



 私の命を救ってくれた



 口は止まらない



「一緒にゲームをしたら下手くそな私に自然と忖度するけど分かりやすいし」



 それは何のこと?



「ご飯を食べに行ったらいつの間にか会計済ませてるし」



 カッコつけてて笑ったな。



「映画館では自然とカップルとか言っちゃうし」



 正直嬉しかった。



「そ、それにちょっとエッチなシーンがあったら恥ずかしがってたし」



 女の子に囲まれてるけど、耐性がないのが可愛かった。



「他にも、夜冷えてきたらココアを買ってきてくれたり」



 体も心も温まった。



「それにーー」



 止まらない。



 口から溢れる言葉に一切の記憶はないのに、何故か私はそれを体験していた。



「それにそれに」



 止まらない



「だけど恥ずかしがってるのがバレバレで」



 止まらない



「私も恥ずかしがってるんだけどね!!」



 止まらない



「もうそれって絶対私のこと大好きじゃんっていうか」



 止まらない



「大好きっていうか……」



 止まらない



「大好き」



 認めざるを得ない。



「大好きじゃん」



 いつの間にか日は暮れていた。



「気付きたくなかったなー」



 もう戻れないではないか。



「友達のままでいた方が絶対にいいのに」



 だってライバルは強力。



 それに関係が壊れてしまうかもしれない。



「やめておこうよ」



 どうして嘘つくの?



「嘘なんかじゃ」



 自分の気持ちに蓋をして楽しい?



「蓋なんてそんな」



 いつもそうじゃん



「何が」



 自分が一番寂しいくせに



「一番なんて言いすぎだよ」



 でも



「寂しいね」



 けど帰ってきた



「そうお母さんが帰ってきた」



 でもおかしい



「おかしい?」



 どうして突然帰って来たの?



「そ、それは確かに気になるけど、もう気にしないって」



『疑え』



「おかしいね」



 おかしい



「お母さんの今朝の様子」



 誇張していた言葉は



「幸せ」



 当然例の団体に帰着する。



「幸福教」



 最近になって邪神教が数々の事件を起こすため影が薄くなっていたが、邪神教が現れる前は幸福教はかなりの勢力があった。



「やっぱりおかしいよ。私の記憶が正しければお母さんはお父さんと一緒に家を出たのに、お母さんは帰ってきてからお父さんの話を一切しない」


 

 まだ出てくる。



「どうして昨日の記憶がないの?」



 病気で片付けていいものではない。



「思い出せ!!」



 そう昨日、確かお母さんに



『一緒に行きたい場所があるの』



 そう言われてたどり着いた場所で私は



「桜」



 震える



「どうしたの桜?もう遅い時間になったのよ?帰りが遅いから迎えに来ちゃったじゃない」

「誰?その人達?」



 お母さんの後ろに謎の人物。



「やはり魔法は一部解除されている」

「何者だ?そうやすやすと気付けるものではない」

「やはりそうでしたか」



 お母さんが一歩前に出る。



「きっとあの子のせいね」



 また一歩



 私は自然と腰にかけてある剣に手をかける。



「どうしてお母さんにそんな態度をとるの?」

「どうしてって言われたら」



 あなたより大切なものに気付いたから。



「もう彼と付き合うのはやめなさい」

「彼って誰のこと?」



 分かってるが、あえて聞く



「もちろん」



 アクトグレイスよ



「そう」



 返答は既に決まっている



「誰があんたの言うことなんて聞くかバーカ!!」



 私は剣を抜いた。

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