第38話

「お母……さん?」

「ああ桜、会いたか」

「近寄んな!!!!!」



 咄嗟に間に入る。



「きゅ、急にどうしたのアクト?」

「ごめんなさい、桜のお友達の方だと思うのだけど今は少し席をーー」

「しらばっくれんなクソ狂信者が」



 笑顔だった女の顔が歪む。



「あなたどうしてそれを」

「お母さん!!」



 桜が俺を押し退け前に出る。



「どうして突然いなくなったの?お父さんは今どうしてるの?どうして今になって帰ってきたの?」



 今までに溜まりに溜まった思いを一気に吐き出す。



 マシンガンのような質問は、桜の母親に向かってるのに、返事は求めていないようであった。



「ううん、本当は全部どうでもいいの」



 桜は息を整え



「また一緒に暮らせるの?」



 それは家族を、親を求めるただの子供の姿であった。



「ええもちろんよ。今までたくさん迷惑をかけてごめんね。これからは一緒に幸せになりましょ」

「お母さん」



 本当に反吐が出そうなほど腐ったシーンだ。



 一見感動的に見えるこの場面も裏、つまりは真実を知ってしまえばただの胸糞のシーンでしかない。



 桜が母親の元に向かおうとするのを抑える。



「行くな」

「どうして?いくらアクトでも他人の事情にそこまで言われる筋合いはないよ」

「頼む、行くな」

「……意味わかんない」



 手を払い除けられる。



「私は……私が……やっと、やっと会えた家族なんだよ?」



 涙を流し、桜は母親の胸の中に飛び込む。



「おかえり、お母さん」

「ただいま、桜」



 母親の目は、ずっと俺を睨み続けていた。



 ◇◆◇◆



 例の公園で熱い日差しに晒される。



「あのまま行かせてよかったのか?」

「気に食わんが、このまま桜を逆上させて取り返しがつかなくなるよりはマシだ」



 思考の海を漂っていると



「あいつは何者なんだ?」

「ただの一般的、とは言えないが、桜の母親で杏という名前であり」



 神を崇拝している



「それは邪神教や聖職者とは違うのか?」

「ああ。邪神教の信仰相手……アイツらに信仰心があるとは思えないが、崇めているのはルシフェル、お前だ」

「我はカッコいい邪神だから仕方ないな」

「そしてエリカ達のような聖職者は基本的には愛の女神を主としている」

「うむ、そうなってくるとアイツは何を信仰しているんだ?」

「とっても皮肉な神様だよ」



 アイツらが崇拝しているのは



「幸福の神」



 幸福教といった何とも詐欺っぽい名前だよ、全く。



「何かまずいのか?それは」

「ああ、とってもマズイね」



 この世界での神は間違いなく存在する。



 そのため、神を降ろすだの召喚するなどは幻想ではなく、全て真実である可能性が出てしまう。



 そんなわけでこの世界では案の定、宗教さんが活発的に動いている。



 だがエリカのような教会は神の恩恵を受ける形で、せいぜい祈りを捧げるくらいである。



 だが、邪神教のように神をこの世界に召喚し、直接その恩恵をもらおうとする者達が多数存在する。



 そうなってくると、色々と危ない手段に手を出し始めるやからが出てくるわけで



「桜のお母さんは自身の旦那を売ったんだぜ」

「うわぁ〜」



 狂信者の崇拝対象者がドン引きする。



「そしてアイツは桜を置いて幸福の神に会いに行くって言って家を出たんだ」

「それで子供を置いていくとは何とも下衆ではあるが、どうしてこのタイミングで帰って来たんだ?」

「色々あるよ」



 大体そういう人間の末路を考えてもらえば、今になって桜に会いにきた理由も想像できるだろう。



「我は人間のことをよく知らんが、危険なのだろう?手はあるのか?」

「う〜ん」



 実はまだ解決方法は思いついていない。



 何故ならこのイベントは桜ルートで発生するのだが、既にルートに入ってしまったヒロインは真が丸っと救ってしまう。



 真の場合は様々な経緯を踏むが、最終的に



『僕と幸せになろう』

『うん!!』



 的な感じのラブラブパワーで親の呪縛を打ち破る。



 だが俺にはそんな手は使えないし、使えたとしてもラスボスがそんなことしたら本末転倒だ。



「いっそ、そこをぶっ潰せばいいんじゃないか?」



 ちょっとルシフェルって脳筋気味だよなぁ



「俺もそうしたい気持ちは山々何だが、思ってるよりも根深いんだよ」



 そう



 幸福の神さんは少し頭のネジがぶっ飛んでいるにか、奴らにかなりの恩恵を与えてしまっている。



 だから解決するには力も時間も足りない。


 

 俺っていつもこんなんばっかだな。



「それにアイツらを潰すわけにはいかない」



 幸福教が物語で必要なパーツになってるのが厄介極まりない。


「だからどうにか桜に真相を伝え、母親から離れてもらうのが一番得策なんだが」

「なんだが?」



 ……



「……なんだよ」

「え?」

「だから!!」



 桜は



「マザコンなんだ」

「そ、そうか」



 だがこれも致し方ない。



 小さい頃から家族がいなく、近くに住んでいる真家が実質的な家族のようなものだ。



 だがそれはどれだけ幸せでも、本物ではない。



 心のどこかで桜は母親と父親を求めていた。



 そんな時にお母さんがただいましてきたので、もう感情が限界突破している。



「親離れのさせ方なんてどうすればいいんだよ」

「私は君にお母さんのような優しさとお父さんのような頼り強さを見出したわ」

「ねぇアルスさん?君って何で毎回急に現れるの?」

「愛ゆえに?」

「なんで疑問系何だよ」



 いつの間にか隣に座っていたアルス。



「お前は日差しに弱いんだからあんまり外出るなよ」



 偶然偶々理由はないけど、もしかしたら日差しに弱そうな子に会えるかもと常に日傘を持っていた俺は、彼女への日差しを遮る。



「お母さんみたい」

「俺様は男だけどな」

「じゃあお父さん?」

「俺様は弱いけどな」

「じゃあ恋人だね」

「色々飛躍しすぎたし、後なんで最後だけ断言口調なんだよ」

「未来のことを今風に言っても問題ない」

「大有りだろ」



 いつも通りのマイペースぶりに、どんどん心が落ち着いてくる。



「何かあったの?」

「また心臓の音でも聞いたのか?」

「いや、最早今の私はアクトが何を考えてるのか手を取るように分かる」

「ハンッ!!テメェ如きが俺様の何が分かるってんだよ」

「例えば、今は真剣な話の最中なのにずっと私のこと可愛いって思ってる」

「ちちちちちちちちちち違うし、全然思ってないし、お前のこと可愛いとか可憐とか美しすぎるとか結婚したいとか一ミリも思ってないし!!!!」

「そう……私もまだまだね」



 危ない、何とか誤魔化せたようだ。



「なぁアルス」

「何?」

「親離れって……いやすまん。忘れてくれ」



 彼女に、アルスに親のことを聞くなどあまりにも神経に欠けている質問だ。



「構わない」



 アルスは表情一つ変えずそう答える。



「もう私は乗り越えた。過去を見たって何も始まらない。私は今を見てるわ」



 それは俺が言った



「安心して、親離れの方法なんて簡単よ」



 自身満々に



「子供の目の前で見せつければいいのよ」

「何を?」



 指で形を作り



「セッーー」



 ◇◆◇◆



「あれ?アクト君何か悩んでるの?」



 家で考えていると、ユーリが帰って来る。



「私に出来ることなら手伝うよ?」



 本当に凄く優しい子だな



 普段なら



『いらん!!可愛いからって調子に乗んなゴミ美人』



 と追い出すところだが、さすがに俺一人で考えるのにも限界が来る。



「親離れってどうすれば出来ると思う?」

「へ?」

「あ」



 よくよく考えたらこの子ファザコンだった。



 ゲームだとアーサーは敵の悪い奴にしか見えなかったが、実際はメチャクチャいい人で、ユーリにも表立っては嫌厭していたが、アーサーもユーリもペンドラゴとしての役割を果たしていたことが分かった。



「やっぱり父親が好きなのはダメかな?」



 涙目で訴えかけてくる。



「他にどんなことでもするから、だから、だから嫌わないでぇ〜」



 錯乱状態に陥ってしまう。



 捨てられた妻が旦那に縋るようにユーリが服を引っ張ってくる。



 桜の問題を解決するはずが、逆に新たな問題を生んでしまった。



 どうすればいいのか分からなかったがとりあえず



「お父さん大好きっ子って可愛いよな」



 と言ったら



「お父様に会ってくるね!!」



 と今までにない笑顔で家を出ていった。



 ◇◆◇◆



「親離れですか?」



 リアに質問してみるが、すぐに間違いであることに気付く。



「いつか喉笛をカッサ切ってやろうと思ってます」



 可愛らしい笑顔でそう言った。



 ◇◆◇◆



 夜、外を歩いていたら



「こんばんわ、アクトさん。何だか久しぶりに会った気がしますね」

「もう登校に着いて来なくなったからだろ」



 リアとユーリは学生とはいえ凄まじい戦力であることに変わりない。



 いくら邪神教でもそんな二人を相手に増援が来るまでに俺を連れ去ることはできないであろう。



 そこ為、エリカと共に登校することはなくなった。


 

 そもそもただでさえ忙しい聖女を引っ張り出すこと事態が奇跡みたいなもんだったんだ。



「どうしてお前はこんな時間に」

「ただの見回りですよ」

「こんな夜遅くに女一人でか?」

「心配してくれるんですか?」

「違う(はいそうです)!!」

「フフ、安心して下さい。私なら魔力を見えるので暗闇でも見えますし、最近は気になることもありますので」



 抜け出したならまだしも、今回はおそらく教会も認めた上での見回りだろう。



 明らかに何かあったな。



「実際に夜遅くに外にいる非行少年を見つけましたし」

「俺様は何をしたって許されるんだよ」

「何ともお坊ちゃまですね」



 煽るようにクスクスと笑う。



「アクトさんも何か用事があるのかもしれませんが、今日は大人しく一緒に家に帰ってもらっていいですか?」

「指図されるのは気に食わんが、まぁいいだろ」



 二人で肩並びに歩く。



「なんかちょっと近くない?」

「そうでしょうか?」



 そんな態度を取られると男子はすぐに落ちちゃうの分かってる?



 消しゴム一つでは言い過ぎだが、手が触れただけでも男は勘違いしちゃうもんだ。



 雰囲気を変えるため、話題を変える。



「もしも、もしもの話だ。もしもの話だが、ある人の親がかなり危ない人物だが、当の本人は気付いていない」



 実際は気付いても……



「その子のためと傲慢な考えではあるが、引き離したい場合、どうすればいい」



 エリカが立ち止まり、考える仕草をとる。



「深くは追求しません」



 聡い彼女はすぐに気付くだろう。



「私は親身に彼女に打ち明けるべきだと思います」



 真剣な目



「あなたがその人を、自分の我儘を押し付けたい程に大切なのは分かります。ならば、その人にもアクトさんの思いを伝えた方がいいと思います」



 心にストンと落ちた。



 さすが聖女、いや、さすがはエリカだ。



 数々の悩みを聞き、解決してきた彼女は本当に頼りになる。



「フフ、まぁもしもの話ですけどね」

「そうだな、もしもの話だ」



 明日学園で桜に話そう。



 こんな俺の言葉でも、もしかしたら届くかもしれない。



 ◇◆◇◆



 次の日、学園に桜は来なかった



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