第36話

「えー、今日からこのクラスに入ることになったアルスノートさんです。皆さん、どうか、どうか仲良くしてあげて下さいお願いします」

「よろ」



 Aクラスにアルスが入ってきた。



「えっと、空いてる席は」

「あそこ」



 アルスは一人の男子生徒の席の隣を指差す。



「へ?」

「そこ」

「はいどきます」



 指定された席に座っていた男はそそくさと空いている席に移動する。



「よろしく」



 可愛らしい笑顔でアルスが隣の男子生徒へと声をかける。



「……」



 その男子生徒は悠々と外を眺めていた。



「よろしく」



 男子生徒は、自身の膝に何か重みがのしかかったことを理解した。



 そして、目と鼻の先にいる赤毛の少女を目にし



「好きぃ」



 アクトは力無く蕩けた。



 ◇◆◇◆



 男の名前はアクトグレイス。



 この一夏で一皮も人肌も抜けた男だ。



 この男、生まれてこの方怠け者。



 ただここ最近、多くの経験を積み、壮大な目標を掲げるに至った。



 そして今



「家から出たくない」



 二度目の引きこもりに走っていた。



 と言っても休日が終われば学園には通う。



 つまりは誰にも会いたくない時間が欲しいのだ。



「少し疲れた」



 今回の事件は思ったよりもメンタル的にかなりのダメージを負った。



 人が死ぬ。



 そのことを初めて、事実として実感出来た。



 だが折れるわけにはいかない、いや折れることは元々ない。



 だけど少しくらいの休息があったっていいではないだろうか。



「それにしてもアルスが来るとはな」



 これはアルスルートと同じシナリオだ。


 

 遂に真と恋人になれたアルスが、いつでも真と一緒に居たいと考えクラスに入ってくる。



 確かゲームだとアルスは実技満点、筆記が8、9割程であったため、元々Aクラスに入れるだけの成績ではある。



「しかしまぁ」



 問題があるとすればわざわざ俺の隣に座ったことだろう。



 明らかに気に入られてる。



「おかしいなぁ」



 何故かアルスの前だと演技が下手くそな俺が更にダメダメになってしまう。



「このままでは」



 俺のボロが雑巾並みに溢れ出てきてしまう。



「そうだ!!」



 そもそも俺が学園に通うのは、原作通りにことが進んだ方が操りやすく、非常事態に参加しやすいからだ。



「だけどここまで原作から離れているなら」



 しばらく学園を離れようか。



 幸いしばらくイベントは発生しない。はず!!



 それに疲れた心を休ませる時間が欲しい。



「そうと決まれば!!起きろルシフェル!!」

「ぅん?」



 俺の胸で寝ていたルシフェルが眠そうに返事を返す。



「旅行に行くぞ!!」



 ◇◆◇◆



 月日は夏。



 俺は無駄に莫大な金を使い、南の無人島に訪れた。



「青いな」

「ああ、青いな」



 目の前には雲一つない空。



 そして無限に広がりそうな海。



「我は、こんな贅沢をしていいのだろうか」

「何言ってんだ。今回の俺達は頑張ったんだ。これぐらいご褒美がないとやってられないだろ」

「う、うむ、それもそうだな!!」

「行くぞ!!」

「うむ!!」



 二人で誰もいない海に



「お兄様、まずは準備運動しないと怪我しますよ」



 三人目がいた。



「そうだぞアクト。闇魔法だけでは溺れてもどうにもできないからな」



 四人目もいた



「俺様は誰にも言ってないはずだが、どうやって分かった」

「え?だってお兄様のお部屋に盗tゴホン、隣の部屋なので声が漏れていましたよ」



 え?



 今この子盗聴って言おうとしなかった?



 俺とルシフェルの会話ってもしかして盗み聞きされてる?



「何故か時々ノイズが入り、殆どの内容はわからないんですけどね」



 リアが悲しそうな顔をする。



「うむ、これなら問題はあまりなさそうだな」

「いや大有りだよ?普通に犯罪だからね?」



 百歩譲って盗聴はよしとしよう(甘々)。



 だが



「それで着いてくるにはおかしいだろ」



 俺にだって一人になりたい時間くらいあるから



「お兄様は私のこと嫌いですか?」

「はぁ?何意味分からないこと言ってんだ。二度とそんな調子のってないこと言うんじゃねぇぞ」

「それならよかったです」



 いや正直言って俺は彼女達と話すだけでめちゃんこ癒される。



 今の会話だけでストレス値が100ほど下がっただろう。



 だけどそれとこれとは話が別。



 今回の旅行は俺のストレス軽減と、彼女達との接触する機会を減らそうとした考えだ。



 今の彼女達の状態は恩人というフィルターによって引き起こされた一時の間違い。



 俺と会わない時間を置き、心を整理する時間を設けた方がいい。



 のに



「ユーリさん。このボール膨らましておいてくれませんか」

「もちろんだ」



 最早全力で楽しもうとしている所存な彼女達。



「ク!!」



 あんなに楽しそうにしている二人に言うのはあまりにも酷なことだが、ここは心を鬼にして帰ってもらおう。



「おいお前らーー」

「あ!!お兄様、実は私新しい水着を買ってきておりまして」



 ドクン



 心臓が高鳴る。



「な……に……」



 今、何て言った



「それにしてもユーリさんはかなり攻めたものを買ってましたね」

「お、おいリア!!あれは買っただけだから、付けはしないから!!」



 ドグン



「ガハ(吐血)」



 あ、ありえない



 そんなウハウハ主人公みたいなイベントを、このゴミクズ人間である俺の腐った瞳で捉えていいのだろうか。



 いや



 そもそも俺はそんなものを見て己が欲を抑えることが出来るのだろうか。



 否!!



 ありえない



 俺が耐えられるはずないだろ(逆ギレ)!!



「それじゃあ着替えてきますね」



 二人が急遽建てられた小さな小屋に入っていく。



「はぁはぁはぁ」



 バクバクとなる心臓を抑える。



 飲み込む唾の音がいつもよりも大きく聞こえる。



 今の俺は邪神教や三代貴族、三代魔獣のそれと対峙した時よりも緊張し、昂っている。



「お待たせしました」



 リアの声が聞こえる。



 衝撃の映像を見た時、人は呼吸が止まるという表現をするが



「どうでしょうか?」



 リアはその髪と同じである黒い、フリフリした布が着いている水着をつけていた。



 ゲームキャラというのは皆、出るとこは出ていて、引っ込むところは引っ込むと現実離れした体型をしている。



 リアも例に漏れず、その特徴に当てはまり、フリフリの上にはムニムニがあった。



「ど、どうだろうか」



 ユーリは水色のあまり肌面積を見せない水着だった。



 だが逆にそれがモデルのように美しいユーリの体を際立たせる。



「あのお兄様感想を」

「お、おいアクト」

「……」



 俺の息の根は止まった。



 ◇◆◇◆



「ん、うん?」



 あまりにも呼吸が乱れたため、酸素が取り込めず意識を手放した俺が目を覚ます。



「暗いな」



 ギンギラと輝く太陽の元で倒れたが、誰かが運んでくれたのだろうか。



 すると頭の後ろが妙に柔らかく感じる。



「あ、起きましたか?お兄様」



 意識がハッキリした時気付く。



 俺の目には世界一可愛い顔と



「お兄様!!」



 大きな山の光景を最後に気を失った。



 ◇◆◇◆



「ん?うん?」



 あまりにも許容キャパを超えた情報量により気を失った俺が目を覚ます。



「明るいな」



 艶びやかな黒と、相反するように真っ白な肌の元で倒れたが誰かが運んでくれたのだろうか。



 すると頭の後ろが妙に柔らかく感じる。



「あ、起きたの?アクト君」



 意識がハッキリする前から予想を立てていた俺は気付く。



 俺の目の前には以下略



「アクト君!!」



 ◇◆◇◆



「ん?うん?」



 目を覚ます。



「お前か」

「む?起きたか」



 ルシフェルが膝枕で出迎える。



「調子は大丈夫か?」

「問題ない。むしろ良すぎるくらいだ」

「それはなんとも俗な理由だな」

「二人は?」

「自分達の姿を見て気絶することに気付いたのか、服を着てアクトの料理を作ってる」

「そうか」



 とんだ幸せもんだな俺は



「で?」

「ん?」



 ルシフェルが察しろとばかりの目線を向ける。



「ああ」



 ルシフェルは白い水着をつけていた。



 一体どこからとか色々聞きたいことはあるが



「似合ってる。世界一可愛いな」

「お前の世界一は何人いるんだ」



 しばらく二人で静かに過ごした。



 ◇◆◇◆



「お兄様、もう大丈夫ですか?」

「ああ」



 リアとユーリが戻って来る。



 今は二人とも上からジャケットのようなものを着ている。



「やはり海といえばバーベキュー?とお聞きしましたので、用意しておきました」



 忘れてはならないのが、この二人は生粋のお嬢様である。



「そうか」



 それから三人とルシフェルとで夕日が綺麗になるまで遊んだ。



「そろそろ帰りの時間ですね」

「楽しい時間というのはあっという間だな」



 旅行といっても俺達のような身分の人間が人がいないとはいえこんな場所で一夜過ごすなど言語道断。



 俺も彼女達にはこんなボロい小屋で過ごしてもらいたくない。



「見えたな」



 迎えのヘリが飛んでくる。



 あれは魔法と科学によって開発された無人のヘリ。



 もしこれがホラゲのヘリなら落ちているが、これは恋愛ゲームのためそんなことは起きないだろう。



「フラグか?」

「よくそんな言葉知ってたな」

「あれ?何だか明るくありませんか?」



 皆々方はもう忘れていると思うが、このゲームには色んなクリア方法がある。



 その一つが瞬発的に発生する



「隕石」



 ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン



 ヘリに直撃する。



「……」



 楽しい時間はもう少し続くようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る