第34話

 <sideアルス>



 私の場合は移動するのにも魔法を使う。



 魔法は便利ではあるが、万能ではない。



 例えば私は石ころを持ち上げようが、隕石を持ち上げようが、魔力的に見れば大差ない。



 だけどそこには必ず私が組み込まれなければならない。



 それと魔法は掛け算だ。



 私の体が10、魔力が100だとすれば



 石ころを持つのに3力が必要であれば、体1魔力3、隕石を持ち上げるのに30必要だとしても、体1魔力30と、必ず力を要する。



 そのため私がどれだけ小さな力であろうと、そこに魔法がある限り、私の体力はどんどん消費されて行く。



 だからここで魔法を使えば、私はしばらく動くことすらままならないであろう。



 それでも、彼に合わなければならないと思った。



 ◇◆◇◆



 彼の姿はすぐに見つけられた。



 人目のつかないところでブツブツと一人で何かを呟いている。



 時間が進むごとに心音が増すのが分かる。



 それは時を知らせる時限爆弾のように思えてしまった。



 だがそれはさておき、久しぶりに話すのだ。



 何だか面白い登場の仕方がいいなと思った。



 だから



「また会ったね」



 後ろからぬるりと



 漫画みたいに可愛らしく登場してみた。



 何だか謎キャラっぽくてワクワクした。



「アルス……」

「名前、覚えてたんだ」

「忘れられるわけないだろ」



 反応は思っていたよりも乏しいものであった。



 だけど私は満足だった。



 だって彼の瞳には



「どうしてここにいる。お前はいつも裏庭にいるのに」



 私が映っていた。



 ところで質問にはどう答えよう。



 素直に君に会いに来たと、そう言えばいいのだろうが?



 それはちょっと恥ずかしい。



「私は……暇だったからかな」



 だから少しだけ嘘をついた。



「は、暇って理由だけでここまで来たのを見たことなんてないけどな」

「そう?最近はそうしてるけど」



 これは本当。



 理由は分からないけど、彼に会えるかもしれないと思うと自然とプラプラ歩いている時があった。



 ここで何故話しかけて来たのか理由を問われた。



 だから理由を説明したけど、それよりも彼は他のことに注意が向いたようだ。



「魔法を使っているのか?」



 確かに魔法は使っているが、それが一体どうしたのだろうか。



「すぐに魔法を解け!!」



 血気迫る表情で彼は叫ぶ。



 だけどそれは意味をなさない。



 何故ならもう体が悲鳴を上げているからだ。



 私の言葉に彼は絶望し、そして安堵する。



 そして一言



「全員死ぬぞ」



 小さく呟く。



 その言葉の真意は分からない。



 だけど、その物騒な言葉を前にどうして安堵した顔ができるのか不思議であった。



 そして警報が発せられる。



 魔獣暴走スタンピードは前回の学園で起きたものだとすぐさま判断できた。



 確かにあれはキリがないほど無限に湧いて出て来たが、強さ自体は学生でも勝てる程度だったと思う。



 だから安心していた。



 彼が危惧していたのはこれかと、少し拍子抜けな気分でもいた。



「お前も大人しく避難してろ」



 これで四人目かと



 だけど違った。



 真とは違った。


 

 彼の言葉は全てに、平等に、心配するものであった。



 彼は私だから心配したのではなく、辛そうな人間だから心配した。



 だけど彼は自然と、当たり前かのように、私を心配していた。



「魔法も使えない奴なんて足手まといだろ」



 弱さを見られた。



 私の強さではなく、弱さを。



「……それもそうね」



 親を失った。



 大切なものを失った。



 だからだろうk



 私は飢えていたのだ



「運んでくれる?」



 甘えることに



 ◇◆◇◆



 彼に質問したら返してくれる。



 それだけで嬉しかった。



 そして、一つ気になることを聞いてみた。



「どうして戦うの?」



 そしたら彼が口を開こうとした瞬間



 体が間違っていると否定する。



「そんなもん俺様が気持ちよくーー」

「嘘」



 どうして嘘をつくのか。



 君の行動が演技なのはもう分かってるのに。



 モヤモヤした気持ちのまま、心で呟く



『私の前では素直であって欲しいと』



 そしたら不思議と



『なされた』



 そう聞こえた。



 ◇◆◇◆



 そして彼の表情はどんどん険しくなる。



 私は筆記試験満点の天才だが、一問も分からない愚才でもある。



 そんな私でも、これまでの出来事からあらかた想像はつく。



「私がいないとダメ?」



 そしたら彼は今までで一番辛そうな顔をする。



 伝えるかどうか迷いに迷い



「そうだな」



 やっぱり優しいと思った。



 きっと彼は私に責任を感じさせないようにしたかったのだろう。



 けれど、伝えない方が私が傷つくと、そう判断した結果伝えた。



 そんな彼に、私は



「戦う理由は何?」



 もう一度同じ質問をしたz



 すると彼は答える



『大切なもののため』



 それは私と同じ。



 私がお父さんとお母さんのために戦うことを肯定してくれる言葉。



 私は間違えてないと、そう言ってくれた気がした。



 そしてその大切な人の中に



 私が



 ◇◆◇◆



 シェルターに着いた。



 彼が私を下ろすが、正直まだこうしていたかったのは内緒だ。



 そして私は気付いた。



 何故彼の瞳は私を向いているのに、どこかブレているのだろうと。



 それは私のためであり、誰かのためであると。



 きっと彼は誰かの命が失われることに困惑している。



 それが非日常だったかのように。



 そしてその辛さを私が背負うことを恐れている。



 だから



「一緒に戦おう」



 それは彼に、そして私に告げる言葉。



 勝とうと



 相手に、そして自分に



「はぁ」



 私の言葉に彼はため息混じりに笑った。



 心でしていた言い訳を、しょうがないかと割り切るように。



 ありがとうと



 言えない言葉を伝えるように。



 いいんだよと



 君の言葉に私も救われたのだからと



 だけどそれを伝えるのは全て終わってからだと心に決めた。



 ◇◆◇◆



 彼と別れた後、私は避難したシェルターである小さな男の子と出会った。



 その男の子は足が悪いのか、自動で動く車椅子に乗っていた。



「ねぇお姉ちゃん、お姉ちゃんも足が動かないの?」

「ええそうよ、同じね」

「うん!!」



 すると男の子は少し悲しそうな顔をする。



「お姉ちゃん、僕のお話し聞いてくれる?」

「ええ、いいわよ」

「僕のお父さん、戦いに行ったんだ」

「……そうなんだ」

「それでね、お父さんに会えないままここに来ちゃったの。だけど僕はお父さんに行ってらっしゃいも言えなかったし、これも渡せなかったんだ」



 男の子は不恰好な絵を見せる。



 そこには男の子らしき絵と、その父親の姿のみが写っていた。



「ねぇお姉ちゃん。お父さんにこの絵を渡してくれないかな?僕だと止められちゃうんだ」

「そうしたいのは山々なのだけど、ごめんなさい。私は歩けないの」

「これ使って」



 男の子は自身が乗っていた車椅子から降りる。



「でもこれは……」

「大丈夫。だからお願い。お父さんがいなくなったら僕」



 一人になっちゃう



「……分かったわ」



 男の子の車椅子を借りて、私はシェルターを出た。



 案の定私の出入りは制限されなかった。



 むしろ



「なんで今頃……」



 なんて言われてしまった。



 ◇◆◇◆



 私は戦場へと向かう。



 近くには簡易的な医療所がある。



 そこに男の子の父親がいるかもしれないから。



 それに、もしかしたら彼に会えるかもしれない。



 そして一直線に進むと、先程別れたばかりの彼がいた。



 どうしてこんな場所にいるのかと考えたが、何か考え事をしているのが分かった。



 そして私は彼の横までいき、ただ黙って彼の横顔を見ていた。



 そしたら何かを決心したように頬を叩き、しょうもないことを言おうとしたので



「吉幾ーー」

「そのネタは古いと思う」



 遮った。



 ◇◆◇◆



「どうしてついて来た」



 真剣な顔で彼は尋ねる。



 説明するのも大変だし、あまり話して楽しいものでもない。



「なんとなく?」



 諦めたようにため息を吐く。



 彼はぐちぐちと説教を述べる。



 まるでそれはあり得たかもしれない私の両親かのようで、私は少し涙を流した。



 だがそんな感傷を遮るように、悪臭が鼻を掠める。



 こちらから見えるほど、その戦火の激しさが物語っている。



「これ程とはね」



 もしかしたらあの子の父親はもう……



「三代魔獣がいる」



 彼は言った。



 あの熊のようなやつと同じような強さだとしたら



「学園は追い払ったはず」

「洗脳された生物は基本弱体化する」




 まるで何か苦い経験があるように、彼は辛い顔をしながらそう言った。



 もしそれが事実であれば



「倒すのに、何人死ぬの?」



 彼ははぐらかした。



 逆にそれが私の心を抉り、後悔を促す。



 私が持っているのはこれだけなのに



 この力さえ使わせてくれないなんて



 ならせめて



「私が」



 命を削って力を使えば



「ダメだ」



 止められた。



「でも」



 耐えきれない。



 私のせいで大勢の人が死ぬことに。



 だけど彼は言った。



「俺様が止める」



 力強く、彼は言ったのだ。



 確かに彼は強い。



 でも君の強さはそこじゃないのに。



 無理だと



 君の力では不可能だと



 頭が反応しても、心は



「信じていいの?」



 縋っていた。



 いつの間にか彼の存在は私の中で大きくなりすぎてしまったようだ。



「最初の別れ方はそういう意味だと思ってたんだがな」



 彼は悪態をつく。



 だけどしょうがないじゃないか



「心配性だから」


 

 すると彼は



「だからついてくるなんてストーカーだな」



 ムカっときた。



 君だって毎日私の様子を見に来てたくせに。



 確かに毎日のように観察してはいたが、お互い様だろう。



 だけどまるで誰かが『お前が言うか!!』という目線を彼に送った気がしたので、許してあげることにした。



「待ってるから」



 あの子のように後悔しないように



「いってらっしゃい」

「行ってくる」



 彼は熱く、返事を返す。



 そして



「道を開けてくれ!!!!!」



 言葉を送るべきだったもう一人が通り過ぎていった。


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