第31話
一歩
アルスの前に出る
「何の用だ」
「おお!!これはアクト様!!まさかこんな場所にいらしていたなんて」
ペインはわざとらしく驚く。
だが実際に驚いている。
俺がいるという事実を知る邪神教はサムくらいだろうからな。
本来の流れならここにいるのはアルスと真。
だが最初からアルスがいなかったせいか、俺という存在のイレギュラーか、真は早々に退場してしまった。
「聞いていた情報と違いますね」
ペインが少し考え込む様子を見せる。
その間に
「アルス」
「何?」
「あいつの言うことは」
「信じるなって?」
「いや」
むしろ
「信じろ」
「え?」
「申し訳ありません、少しお時間を頂いても?」
ペインがいつのまにかこちらに向き直り
「話すと長くなってしまうのですが、邪神教に属しているのは大変深い事情があるのでして」
訴えかけるようなオーバーリアクションは逆に怪しいといえる。
だからこそ、人はその裏を疑ってしまう。
「ですので、どうか協力致しませんか?」
「協力?」
アルスがその言葉に疑問をみせる。
詐欺の手口ばりに怪しさ満々だ。
「今回の件、あなたが最初から力を使えば、あの男が傷つくことは無かったでしょうね」
「……そうね」
お前らが仕掛けておいて何て言い草だよ
「今回は運良く彼は生き残った。ですが次はどうなるか分かりません」
ツラツラとアルスの絶対的な力の弱点、そしてアルスの心を言葉巧みに責める。
「何が言いたいの?」
「自由に、世界を見たくありませんか?」
「ん?」
その言葉に疑問を抱く。
何故ならそれは
「アルスルートの」
そしてアルスはこう返す。
「要らないわ」
簡単に言えることではない。
その力によって閉ざされた道が、叶わなかった未来が手に入るというのに。
「だって」
アルスは笑う
「そんなものが無くても」
目が合う
「人は強いもの」
その言葉にどれだけの意味が詰まっているのか、俺には到底理解出来なかった。
だけど一つだけ
「そうだな」
彼女は強かった。
それだけは決して変わらない。
「そう……ですか」
ペインが肩を下げる。
「ですがこのまま何も無しに帰るわけにはいかないのですが」
その言葉に緊張が走る
剣を抜くペイン。
「クッ!!!」
どうする
今はルシフェルがいない。
アルスも既に限界を迎えている。
「どうすれば」
せめてアルスだけでも守らないと
焦りからか、体が震える。
いや
「怖いのか」
相対する男によって俺はどのように殺されるのか。
その事実が俺の本能を、理性を、恐怖に陥れる。
だが一番の恐怖は
「……」
彼女を失うこと。
そんな中でアルスは笑っていた。
こんな絶望的な状況で、彼女は笑った。
それは無知故のものではなく、全てを理解した上での行動だと分かった。
そして
「大丈夫」
頬に柔らかい手が触れる。
「君は」
俺の心は
「強いよ」
勇気で満たされた。
『条件ですか?」
『知っているか?』
『えーと確か、格上への闘争心と力を欲した時でしたっけ?』
『正解だ』
『でもそれだけなら真はそんな場面がいくらかありませんでしたか?』
『それはもう一つ条件があるからさ』
『それって?』
『これは恋愛ゲームだ』
鼻高高に
『真を愛したもののために戦う時だよ!!』
『ほへぇ』
『もっと反応を示せ』
『だから桜はあの時真を好きだったから加護が使えたと』
『ま、そういうことだな』
◇◆◇◆
光が差す。
「これは」
加護。
「なるほど」
ペインを倒そうとする思いと、アルスを守るための力が欲しいと思ったためか。
「運がいいな」
よしこれで勝て
「ひぃーーーーー」
「素晴らしい!!」
全然大丈夫じゃなかった。
現在のペインと俺のレベル差は70対1。
いくらバフが掛かろうとその差が埋まることはない。
「でも」
ギリギリ反応できる。
「ああ、素晴らしい、こんな方の皮は一体どれほど……」
ペインが光悦とばかりに口が歪む。
「キモい!!!!」
俺は何とか攻撃してみるが
「効かないか」
魔法で強化された人間には届かない。
そしてみるみる追い詰められ
「ッ!!」
首元まで剣が届く。
「どんな気分ですか?」
ペインはアルスへと語るかける。
「確かに思いの力による急激な力の増加に驚きはしましたが、心だけでは越えられない理不尽があるのです」
ペインは自身の顔に触れ、体を震わせる。
「この世界は理不尽だ。どれだけ願おうと、思おうと、世界はその強大な牙を向けてくる」
ペインが頬を掻くと、焼け焦げた肌が剥がれ落ちる。
だがその下にはまた焦げた跡だけが残った。
「イッ!!」
剣が首に食い込み、血が流れる。
「どうですか?これでもまだーー」
「ねぇアクト」
初めて名前で呼ばれる。
「私は生まれてから世界に呪われていた」
天を仰ぐ。
「最初は世界を恨んだ。だけど仕返し何て出来なかった」
アルスの表情は変わらない。
「だから頑張った。頑張って頑張って頑張ったら」
少し悲しそうに
「一人になってた」
……
「でもね」
反転する
「今は違う」
楽しそうに
「私は一人じゃなくなって」
そしてペインを指差し
「大丈夫。理不尽なんかもう怖くない」
「一体何を言っているので」
すると突然ペインが何かに語りかける。
俺は自分がまだ生きていることに安堵する。
「はい、はい、分かりました」
ペインが突然一人で喋り出したと思うと、剣を収める。
「偶然だ」
悔しそうにペインは去った。
「分かっていたのか?」
「何が?」
「アイツが去るって」
「いいえ」
「じゃあどうしてあそこまでハッキリと」
「うーん」
少し悩んだ後
「勘?」
「ハハ」
変わらないな。
笑い終えた俺は戻ろうと歩き出すと、腕を掴まれる。
「待って」
アルスは両腕を上げ
「おんぶ」
やっぱりアルスはアルスであった。
◇◆◇◆
「ルシフェルー」
俺は邪神の名前を呼びながら街を歩いていた。
「どこだルシフェルー」
周りの人間は遂に邪神を探し出したと慌てているが、知ったことではない。
「どこにいるんだ」
アイツのことだからアイスでも食ってるのかと思って街の食い物の店を片っ端から探しても、姿が見当たらない。
飲み物を買い、休憩がてら誰もいない公園ベンチに腰掛ける。
「はぁ」
少し予感はあった。
もしかしたらルシフェルは無理矢理俺のために力を使ったのかもしれない。
だから
「消えてしまった」
いや、戻ったのかもしれない。
「もう少し見せてやりたかったな」
人間がどんなものか。
世界がどんなものかを。
「寂しがりやのアイツなら今頃、一人泣いてるかもな」
ギャンギャンと泣いている様子が目に浮かぶ。
「ハハ」
想像しただけで笑いが出る。
「嫌だなぁ」
心の中の大事な何かが無くなる。
隣を見ればいつも一緒にいた。
心の底から一緒に笑い合える存在だった。
「なぁルシフェル」
頬に一粒の涙が落ちる。
「会いてぇよ」
空虚に響く。
「……はぁ」
飲みかけのジュースを取ろうとするが
「あれ?」
置いてあったものが無くなっている。
「寂しがりなのはお前だったな」
「……ああ」
目頭が熱くなる
「お前の言う通りだな」
笑い合う。
「ルシフェル」
「結局あの力は何だったんだ?」
鼻声でルシフェルに聞いてみる。
「前も言ったであろう、我は邪神。負の感情を力にすると」
「確かにそう言ってたな」
「つまり負の感情が高ければ高いほど、我の魔力が元に戻っていく」
「なるほど」
つまり
「あの場所は戦場だったから」
「負の感情が大いにあり、我の力が高まった」
だから途中で俺が行くことを了承してくれたのか。
「でも何でさっきまでいなかったんだ」
「力を使いすぎたからな、体が保てなかった」
それって
「やっぱり力を使いすぎると」
「我は元の場所に戻ってしまうな」
だけどと
「アクトが寂しがりのお陰でギリギリで体を治せた」
それは
「何とも嬉し恥ずかしい結果だな」
でも
「お前と一緒にいられるなら安いもんだな」
頭を撫でる。
「腕や命に比べたら、確かに安いな」
「そんなこともあったな」
一頻り二人で笑った後
「目的変更だな」
今まではヒロインの救出であった。
そこに更に
「邪神教を潰す」
ルシフェルは言った。
負の感情で力を得られると。
そしてルシフェルの体は魔力の塊であり、常に消費されているようなもの。
それはつまり人が減れば
「どんどん力を失う」
だから邪神教は少し邪魔な存在である。
真に倒してもらうのもいいが、原作通りに進むか分からないため、自身でも行動を起こそうと思う。
それは途方もなく難しいかもしれない。
でも
「俺はもう少しだけ」
この少女と
「うーん」
ベンチから立ち、体を伸ばす。
「はあ」
まぁいっちょ
「世界でも救いますか」
これは英雄の物語
救出√0.5
アクト グレイス
完
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