第29話

 救済√4



 ア■■ ノ■■■




 俺は疫病神に取り憑かれていると思う。



 いや実際は邪神なんだが



 ん?



 それって大体同じか?



 まぁいい。



 それはそれとした本題に戻ろう。



 毎度毎度どうしてか



「重症だ、この男の子桃色の髪をした女の子を庇って、早く聖女様の元に」

「真!!」



 俺の計画は失敗に終わるんだ。



 アルスの表情が今までにないくらい慌てている。



「どうして!!真…真!!」



 運ばれる真にしがみつくように声を張り上げる。



 その車椅子では追いつくことは叶わないだろう。



「私のーー」

「アイツは大切なものを守った」



 遮る



「お前なんかがアイツの思いに入っていいはずないだろ」



 叱るように、諭すように告げる。



 事実としてアルスがいれば真は怪我を負うことはなかった可能性が極めて高い。



 だけど、他人に依存した生き方なんてなんと虚しいことか。



 自分がいればという考えが、一体どれだけ傲慢な考えであるか。



「ハッ」



 なんとも皮肉だな。



 彼女達に依存しなければ生きられない人間のいっていい台詞じゃない。



「そう……かも……しれない……けど……」



 心が



 お前のせいだと告げる。



 自分で自分が許せないでいる。



 そんなに罰が欲しいのなら



「なら見守れよ」



 悲しい顔が見たいわけじゃない。



 俺が見たいのは



「過去には戻れなくても、今、出来ることがあるだろ」

「!!!!!!」



 アルスは真が運ばれた方向に進んでいく。



 その顔は俺が見たい表情の一つだった。



「やっと行ったか」



 こっちに来た時は焦ったが、一応帰すことができた。



 そして



「もう考えるの止めるか」



 次の攻略法を考えたら、また失敗に終わる気がした。



「さっきの言葉……」

『この子、桃色の髪をした女の子を庇って』



 桜しかいないよな。



「行くか」



 足を速めた。



 ◇◆◇◆



 本当に酷いものである。



 息をするだけで吐き気を催すほどの死臭。



 まるで雨でも降ったかのように血溜まりが生まれ、辛うじて生きている者のうめき声が聞こえる。



「……」



 人間だったものがそこら中に広がる。



 前世でもこんなこと日常で満ち溢れている場所もあったのだろう。



 だけど平和な日本で生まれた俺としは



「ウプッッッ」



 吐き出す。



「お、おい、大丈夫かアクト」



 ルシフェルが心配そうに背中をさする。



「問題ない」



 大ありだ。



「桜を探す」

「だが危険だ!!前線はもう先に進んではいるが、いつ魔獣が襲ってくるかーー」

「行くぞ」



 構わず進む。



「それにアクトが行ったところで戦力に……」



 急に口を閉じる。



「いや、行くか」



 そこに先程までの心配など無かったかのようにルシフェルが横を歩く。



 俺としては好都合だが、妙に気になるな。



「早くしなと死んでしまうぞ」

「あ、ああ」



 俺は更に奥に進む。



 ◇◆◇◆



 例の崖の近くを訪れる。



 その道は狭く、ここを封鎖すれば魔獣は進行出来ないであろう。



「爆弾が使えればなー」



 もう一度使おうとするも、腕が止まってしまう。



 それに今壊したら先陣を切っている人が戻って来られないだろう。



「ん?」



 どうして魔法を使って崖を壊さないんだ?



 俺の力では道具に頼るしかないが、それこそ魔獣と戦えるほどの人間がこれだけいれば確実に可能であろうに。



 理由は分からないが、崖を触ろうとすると



「透明な……壁?」



 何かに防がれる。



 やはりイベント中はオブジェクト破壊不可能ってか?



 いや、待てよ。



 周囲の物は全て壊れている。



 実際、俺が軽く近くの岩を剣で叩けば壊れた。



 じゃあこれって



「魔法だ」



 横からルシフェルが壁をマジマジと見つめる。



「魔法?」

「闇魔法、しかもかなり強力なものだ」

「邪神教か?」



 この事件の発端が邪神教だし、そういう対策をするのは当然か。



「いや……これは……」

「謎は分かった。ルシフェル、先に進むぞ」

「う、うむ」



 ◇◆◇◆



「どりゃっせい!!」

「ぶぎゃああああああああ」



 完全に豚の見た目をした魔獣を爆弾で吹き飛ばす。



 あの時爆弾不法投棄しなくてよかった〜。



「所々残党がいるな」



 びびって隠れていた弱い魔物しかいないせいか、今のところ対処可能なものしかいない。



 おそらく最初の進行でかなりの戦いがあったのか、ここらは既に逃げ出した魔獣達の死体しかない。



 きっと前線を張っている人間も後は消化作業と思っているのだろう。



「お前らが思ってる奴は三代魔獣じゃないぞー」



 なんて言ってもこだまだけが帰ってくる。



「ヤッホー」

『ヤッホー』

「エヘヘへへ」

『エヘヘへへ』

「真似するなー」

『は?』



 え怖



「誰かいるのか!!」

『誰かいるのか!!』

「何だ気のせいか」

『ニャーー』

「何だ猫か」

『ノリいいな』

「やっぱ誰かいるだろ!!」



 かえってきたのは静寂。



「ぷ」



 吹き出す。



「アハハ、やっぱりアクト様は面白いね」



 姿は見えない。



 だがこの声は



「サム」

「アクト」



 妙に艶っぽく返す。



 てかなんだその恋したかのような目は。



「はぁ、何のようだ」

「用事がなきゃ会いにきちゃダメなの?」

「当たり前だろ」



 お前は俺の彼女かよ。



「さっさと本題に入れ」

「釣れないなぁ」



 サムの声が真剣さを帯びる。



「実は僕、この作戦に乗り気じゃないんだ」



 最初の発言は何とも邪神教らしくない一言である。



 だがそれはサムらしいとも思えた。



「それで?」

「アクト様って昔僕と会ったことある?」

「速く話せ」

「はいはい」



 ため息を吐く。



「三代魔獣を狩ってほしい」

「無理だ」



 即答である。



「俺様にそんな力があると?」

「いやあるでしょ!!あの時僕を倒した力だよ!!」

「……何だそれ?」

「すごいスッとボケるね」



 サムは邪神教だ。



 確かに根は善良な奴かもしれない。



 だが目的のためなら人だって殺す。



 俺の情報をあまりコイツには渡したくない。



「隠したいならいいけどさ」



 呆れた声でサムが続ける。



「道を教える」



 突如空間に絵が描き込まれる。



「俺様がお前の話など聞くはず」

「急いだ方がいい」



 サムは淡々と



「君の大切な人が絶賛戦闘中だ」



 ◇◆◇◆



 アジダハーカ



 三代魔獣の一つ。



 皆がよく知るように三頭の頭に別れており、それぞれが違う属性のブレスを吐き出す。



 建物のように大きな巨体を持ち、翼を広げれば人が飛び、歩けば地面が揺れ、猛毒の息を吐く。



 その鱗は一つ一つが鉄より硬く、魔法に圧倒的な耐性を持つ。



 その暴力の塊に



「死ねぇええええええええええええええええええええええええええで!!!!!!!!!」



 ユーリが飛び込む。



 近くには桜が倒れている。



 そしてユーリもその巨椀に吹き飛ばされる。



『死ね』



 その巨大な足が浮かび上がる。



 そしてユーリがアジダハーカに潰される



 はずだった



『何だこの黒いモヤモヤは』

「随分と小物くせぇ奴もいたもんだな」

『何者だ』



 威風堂々と登場する小物。



「誰かって?」



 一歩踏み出す。



「俺様の名前はアクトグレイス。テメェみたいな雑魚は名前すら呼ぶのは烏滸がましいほど偉大なラスボス様だよ」

「アク……ト」



 見下すように登場した俺に、アジダハーカは少し不機嫌そうに



『雑魚か、貴様のような弱そうな人間に言われても何も感じん』



 あくまで堂々と表する。



 まぁ俺のような取るに足らない人間の言葉に激昂する方がおかしいものだ。



 だから



「ぷっ、恥っずかし。そう言って油断してお口に火傷を負っちゃったのかな?」

『き、貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』



 逆鱗に触れる。



 詳細は省くが、アジダハーカ君は昔火を扱う魔法使いに痛手を負わされた。



 それがこいつのトラウマになり、今でも真っ先に炎の魔法を使う相手を倒しに行く。



 真が重傷を負ってた理由も炎魔法を使ったからだと思われる。



『殺す!!』



 明らからに怒り狂ったアジダハーカはターゲットを完全に俺へと変える。



 そして俺は



「ふっ」



 つま先を反対側に向け



「逃ーげるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



 十八番とくいわざを発動した。



 ◇◆◇◆



 大地を翔ける。



 魔獣達はまるで畏れ多いとばかりに俺の歩む道を開ける。



 それもそうだろう?



『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』



 後ろの化け物による巻き添えそ食らいたくなんてないだろう。



「だがこれで」



 景色が遠ざかる。



 何とかユーリと桜から引き剥がすことができた。



 ここまでは成功だ。



 しかし後々失敗しそうで気が気でない俺は必死に足を速める。



「こいよ雑魚が」

『死ねぇええええ!!!!!』



 ちなみに俺が生きていられる理由は



『グガァアアアアアアアア』

「ヒィ怖」



 アジダハーカが俺を踏み潰そうとする。



 だがルシフェルの魔法によって止められる。



 所詮獣、頭に血が登ってまともな思考ができていない。



 ブレスを吐けば一発なのに、直接殺そうと躍起になっているのだ。



「来いや!!」



 逃げる。



 逃げる。



 戦場で勇敢に戦う者を差し置いて、俺は逃げる。



 それでいい



 何故なら俺は悪役だから



 最低でいい



 ダサくていい



 意地汚くいけ



 だけど



「目的は果たせ」



 俺の体力が尽き、ルシフェルの魔力も底を尽きた。



「ゼェゼェゼェ」



 体力はいっぱいいっぱい。



 だけど気力はいっぱい。



(これで二人も逃げられる時間は稼げた)



 目的は達した。



 後はどうやって俺が生きるかだな。



「うわぁ」



 迫る影。



 それはアジダハーカこ巨体によるものか、それとも死の影なのか。



 どちらにせよ結果は必然。



 不安タラタラであるが、覚悟を決め目を瞑った。



 だがいつまで経っても俺の死は訪れなかった。



 だがそんなもの比にならない絶望が襲う。



「アクト」



 声。



 何度も聞いた。



 いつもなら何度も何度も聞いていたい声。



 だけど今は



 目を開けると



「ユーリ……」



 剣を杖のように立て、何とか立っている様子。



「本当に」



 なんて優しい。



 君たちのように戦うことも出来ず、逃げることしかできない俺なんかのために。



 だがそれは偽りの心



「何で来た!!!!!!!!!!!」



 俺は激怒していた。



「俺様は来てくれなんて言ってないぞ!!!!」


 

 叫ぶ。



 そんな情けなく、惨めな俺に



「あなたがそれを言うか」



 ユーリは笑った。



『なるほど』



 そう言い残しアジダハーカはユーリに向かってブレスを吐いた。



「あっ……」



 情けない声が出る。



 走馬灯というのか



 自身の死よりも恐ろしい予感に、世界の流れが遅く感じる。



 例外を除いて



「アクトよ」



 ルシフェルが前に立つ。



「力が欲しいか?」



 それは



「欲しいな」



 あの時と同じ



「どんな力が欲しい」



 もちろん俺は



「ヒロインを守れる力」



 そう答えた。



「本当に?」



 ルシフェルは疑問を口にする。



 だがその意味が今の俺には分からなかった。



「そうだ」



 偽りはない。



「そうか」



 その言葉にはどこか含みがあった。



「アクトらしいな」



 微笑む。



 そして



「契約は既になされた」



 時が加速する。



「アク……」

「よぉユーリ」



 ユーリの涙を拭き取り



「助けに来た」



 ラスボスは笑った。




 





 だがこれは



『英雄のお話である』



 









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