第18話

 サム。



 邪神教幹部の一人。



 幹部はそれぞれ強さの順が分けられており、サムは第10席と最も弱い位置付けである。



 だがそれは純粋な殴り合いでの順位であり、その厄介さや鬱陶しさ、意地汚さは全くの別である。



 つまり何が言いたいかと申しますと、このサムの能力は非常に暗躍に向いている。



 奴の能力は擬態。



 以前も語ったと思うが、闇魔法とはこの世のことわりから外れた力である。



 例えば火魔法を使った場合



『ちょ、ここなんか酸素薄くね?』

『マジそれな!!ちょ、絶対あいつ魔法使ってるべ』

『一旦捕まえっぞ』



 といったように、科学的に、もしくは魔法など何らかの方法で発見することが可能である。



 だが闇魔法なら別だ。



 サムの闇魔法による擬態は体を根本的から書き換える能力であり、擬態する人間さえ消えてしまえば、本人の姿に一切感知されることなく成り代わることができる。



 そして事前に擬態する人間のことを調べれば、誰も彼に気付くことができなくなる。



「そいつは殺したのか」

「ん?もちろん、周りは儀式に使うから何ちゃらこんちゃら言ってたけど、別に一人ぐらいいなくても変わらないでしょ。まさかアクト様ともあろうものが殺しについて非難でもするの?」

「どうでもいいな」

「さすがアクト様」



 ヒロイン以外の人間なんてどうでもいいからな。



「だがアクトよ、この前の奴にも殺したかどうか聞いてなかったか?本当にどうでもいいと思ってーー」

「うるせぇ」



 鈍るな。



 俺は正義の味方じゃない。



 全てを守るなんて不可能なんだ。



 そういうのは全部主人公が……いや、主人公ですら不可能なこと何だから。



「それで?どうしてペンドラゴの女を殺す」

「あれ?気になる?」

「俺様の質問にだけ答えろ」

「おー怖い怖い。んー、簡単に言えば金のためだね」

「金?」

「うちも邪神復活なんて高々と宣言してるけどさ、そのためには多くの資金が必要なのも確かなんだよね」



 そういえば邪神教があれだけの力を持ってるのはずっと不思議だったんだよな。



「僕達は裏でコッソリと仕事をしてるんだよね。うーん、僕達って何て真面目なんだろう」

「それが今回のこととーー」

「ペンドラゴ家からの依頼だよ」



 持った剣に力が入る。



「何故?あの女が負けたならまだしも、奴を殺す理由などないだろう」

「これ以上答えて大丈夫かな?僕ってこれでも邪神教の中で結構秘密主義でやってるたちでーー」

「エニー」



 サムの顔が曇る。



「……、ワオ、アクト様ってもしかして化け物?」

「言っただろ、俺様の質問にだけ答えろ」

「さすがにそれは無理じゃない?」



 サムが同じく剣を抜く。



「何故彼女のことを知ってる」



 今までのヘラヘラした態度から一転、怒気のこもった口調になる。



「等価交換だ」

「ちっ」



 サムがキレ気味に話し出す。



「僕も詳しくは知らない。最近のペンドラゴ家は僕が言うのも何だが、どこか狂ってる。それで前回あんたを連れ去ろうとした件で当主が『ペンドラゴの名を背負いながら賊の一人も捕らえられないとはなんたることか』てきなことをギャーギャー叫んで、世間体からか賊の僕達に暗殺するよう頼んだってわけ」



 言ってることはまさにペンドラゴらしいといえばらしい。



 だが、いくらあいつらでもこんなことで殺すように依頼するか?



「次は僕の質問に答える番だ」

「あー……」



 何て言おう。



 ゲームで知ってますよー、何て言えるはずもないし



「偶々だ。偶々病院で会ったんだ」

「……、なるほど」



 サムが小さく俯く。



 そして顔を上げると



「彼女は……元気だった?」

「馬鹿みたいにうるさかったよ」

「そっか……」



 はぁ。



 マジで君LOVEってこういうことするのがダメなんだよ。



 前回のオーロラやサムのように、一部の邪神教は元々普通の人が、世界を滅ぼそうとするようになるきっかけってものがある。



 それで世界を滅ぼそうとするのもどうかと思うが、同情するなと言う方も無理な話だ。



 だが今回とは全く関係のないこと



「あの女を殺すのは止めろ」

「どうして?」

「どうしてって……」



 そんなの好きだから以外にあるわけないだろ。



「もしかして惚れたとか?」

「……」

「え?マジ?まさかあのアクトグレイスが女に惚れたのか?」

「そ、そんなわけないし」

「うわ、その反応マジな奴だ」



 クソ!!俺に演技の才能がもっとあれば!!



「うーん、じゃあペンドラゴの娘を人質に取れば、アクト様もついてきてくれるのか?いや、それはそれでリスクがーー」



 ブツブツとサムが独り言を呟く。



 やはり、何故か知らんが俺は邪神教を裏切っていることになっているようだな。



「ところでアクト様、そろそろ試合始めないと疑われちゃうよ」

「誰がお前のーー」

「じゃあさっさと終わらせるね」



 猛スピードでサムが突撃してくる。



「ホントだ、アクト様強くなってるね」



 黒いモヤモヤにより、剣が止まる。



「しかもノールックじゃん」



 そりゃそうだ。



 俺は一切攻撃に反応できなかったのだから。



「僕はこういう正面切っての戦いは得意じゃないんだけどな」



 その後ろに暗殺となれば別、って言葉がつくんだけどな。



「それに僕、闇魔法以外の魔法はてんでダメなんだよね」

「じゃあさっさと諦めろ」

「いやいや、この仕事結構いいお値段なんだよね、さすがにそれで諦めろは無理でしょ。それに」



 サムのスピードが更に上がる。



「その程度で負けろとか笑わせないでくれる?」



 ドンドン手数が多くなる。



 少しずつ、だけど着実に剣の止まる先が俺に近付いてくる。



 これでもこいつはかなり手加減しているのだろう。



 おそらく、擬態している生徒の出せる分ほどしか力を出していない。



 マジでこの世界の弱くてニューゲームキツすぎる。



「アクト様、そろそろ降参したら?」

「誰が降参だと?俺様がテメェら下民に負けるはずないだろ」

「んー、惚れ惚れするほどクズだね」



 サムが魔法を混ぜてくる。



 闇魔法はそれ以外の魔法に弱いという大きすぎる欠点持ちだ。



 まずいな



 このままでは負けてしまう。



「いや」



 そもそも勝とうとすること自体間違いだ。



 ユーリを殺すと言われてつい頭に血が昇ってしまったが、このまま降参してユーリにでも伝えておけば



「ちなみにペンドラゴの娘に伝えても無駄だと思うよ」

「何?」



 もう数センチで俺に剣が届きそうな距離でサムが楽しそうに笑う。



「あの女、アクト様に対しての嫌悪感が凄いからね。アクト様がいくら吠えても一切耳には届かないよ」



 こいつの人を見る目は本当だ。



 あれだけペラペラ喋ったのも、俺がいくら足掻いても意味をなさないと分かっていたからか。



 クソ、マジで性格悪いだろこいつ。



 だが結局、何も策は思い浮かばず、喉元に剣が押しつけられる。



「目が覚めた時には全部終わってるから、アクト様も今までのは夢とでも思っておいた方が楽だよ」

「クッ!!」



 一体どうすれば



「それにしてもアクト様って趣味悪いね」

「は?」



 何だ急に?



「確かにあの女、顔はそこらが霞むぐらいには良くできているけど、正直あの堅物さはないよね」




 …………。



 あ?



「メンタルも弱そうだし、ああいう育ちがいい奴って何の苦労も知らないんだろうな。ああでも、そのせいで友達がいない姿は見てて滑稽だったよ」

「……」

「ちゃんと聞いてる?」

「……れ」

「え?」

「黙れって言ってんだよこのノミムシが!!!!」

「わ!!」



 ピシ



「何も知らねけくせにテメェの臭いだけの口先だけで彼女を語るな、騙るな!!!!あの子がどれだけ頑張ってきたか、耐えてきたか、守ってきたか、何も、何も知らないくせに!!!!!」



 ピシピシ



「おいおい、何だよこれ、学園の結界にヒビ入れるとかどんだけふざけたーー」

「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええボケカスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」



 殴る



 ただ全力で



「わ……お……」



 サムはそれは容易に人間を粉々にするほどの力があると判断し、瞬時に闇魔法で防御をとる。



 だが衝撃は殺しきれず、サムは壁に打ちつけられる。



「……カハッ、やっぱり……化け物の類いだったか」



 それにより



「あなたですか、今朝の力は」

「おいおい、聖女様がいるなんて聞いてねぇぞ」



 正体に気付く者が現れる。



「おいエリカ、どけ。こいつは殺す」

「これで名前を呼ばれるのは二回目ですね」

「え?あ?そうだっけ?」

「自然と私の名前が出るとは、普段からそう呼んでくれてもいいんですよ?」

「え、あ」

「冗談です」

「……」



 やはりエリカには調子を崩される。



「落ち着きましたか?」

「俺様は最初から落ち着いている」

「そうですか、それはよかったです」



 さっきまでの殺意は、既に彼方へと過ぎ去った。



「それでは、観念なさって下さいね」

「いやはや、さすがの僕も聖女から逃げるなんて不可能だよ」



 やれやれとばかりに首をふるサム。



「これ大変だったのに」



 ドロドロと、サムの体から黒い液体が溶けるように溢れ出てくる。



 そして一つの人形だけが残った。



「これは……」

「長い年月をかけ、人形に自身の魔力を注ぎ馴染ませ、自身に擬態させる能力」

「随分と、詳しいですね」

「……偶々だ」



 本当にこれだから邪神教は厄介なんだよ。



「せ、聖女様、どうしてここに」



 一人の教師が慌てたようにステージに降りてくる。



「少し時間をもらえますか?」



 ◇◆◇◆



 こうして武闘大会一時中止となった。



「本当にあいつ性格悪いな」



 俺はトイレのロッカーを開けると、何故か亀甲縛りの男子生徒がいた。



 その姿は、ついさっき戦ったサムと瓜二つであった。



「どうせユーリも一時的に監禁して、金だけ奪って退散してたんだろ」



 俺も見事に騙されてしまったな。



 それに



「あいつもどこ行った」



 俺が謎の力を発揮したのはまず間違いなくルシフェルによるものだろう。



 だが説明をもらおうにも、こういう大事な時に何故かあいつが消えるんだよな。



「はぁ〜」



 色々疲れた。



 もう真に退場してもらって、帰ってゲームしてぇ。



 そう考えていると



『次は準決勝です。ユーリペンドラゴ様、アクトグレイス様、控え室でお待ち下さい』



 アナウンスがなり響く。



「マジでどうなってんだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る