第15話

「しょうがない」



 しょうがないんだ。



「俺は頑張っている」



 確かに俺はヒロインを救うのに力を惜しまない。



 そこには嘘偽りない。



 だがやはり人間には限界がある。



 気合で42.195ミリメートルを走れと言われても無理なものは無理だ。



 だからこれは



「しょうがないんだ」

「そうやって言い訳して何日目だ?」

「一週間は経ったな」



 今は絶賛ゴールデンウィーク(みたいなもの)。



 俺達は家でゴロゴロしていた。



 だがこれは至って真面目なことだ。



 ただでさえ原作とは違う形で行動し過ぎため俺の知らない状況へと変化しつつある。



 これ以上外に出てかき乱してしまえば、俺の原作知識というアドバンテージが無くなってしまう。



「アクト〜、それ取って」

「あいよ、代わりにそっちのジュースくれ」



 こうして俺とルシフェルは全力で体を労っていた。



「お兄様、お外に散歩に行きませんか?」

「行かない」

「お兄様、最近できた高級料理店に行きませんか?」

「お菓子食ってお腹いっぱい」

「それじゃあまた今度」



 そして今となっては変わった代表のリアが引きこもりもを外に出そうと必死になっている。



「だけど暇ならそろそろ始めてもいいんじゃないか?」

「何をだ?」

「忘れたのか?」



 ん?



 何か忘れてたっけ?



「我の依代探し」



 ◇◆◇◆



「日差しが眩しい!!」

「わ、我はこのまま溶けてしまうぞ!!」



 吸血鬼となった俺らは久方ぶりに外に出る。



 リアは一緒に来ようとしていたが、ついて来たら学園サボると言うと素直に引き下がった。



「アクトよ、依代を探すと言っても一人一人探していたら何百年もかかってしまうぞ」

「大丈夫だ」



 俺は君LOVEガチ勢。



 かなり細かいところまで覚えてる自信はある。



 だが物忘れが激しいのもまた事実だ。



「とりあえず今日の目的は道を覚えることからだ」

「また迷子になられると困るしな」



 俺とルシフェルはのんびりぶらり旅を始める。



 幸いか災いか、俺の周りは人が避けてくれるから非常に歩きやすい。



 代わりに注目は集まるが、まぁ問題ないだろ。



「アクト、あれ食べたい」

「焼き鳥か、いいな」



 店の前で元気に客引きしているオッサン。



「はいいらっしゃーー」

「2本だ」

「ア、アクーー」

「2本だ」



 全力の悪人面で圧力をかければあら不思議、強面のオッサンがビビりながら焼き鳥を渡してくれました。



「うまいな!!」

「ホントだな。あのオッサンが作っていると思うと少し萎えるが、それを加味しても美味い」



 こうして俺とルシフェルはこの世界に来てから初めてと言っていいほどこの世界を満喫した。



「人間の世界はいいな」

「そう……かもな」



 前世でも今世でも自殺を選んだ身としては何とも言い難いが



「楽しいな」



 いつだって君LOVEが俺を救ってくれる。



 そんな風にプラプラ歩いていると、当然のように様々な声が聞こえてくる。



「どうしてアクト様がーー」

「一人で何をー」

「焼き鳥がーー」



 明らかな悪口だが、聞こえないフリをする方も大変だな。



「不快だな」

「どうしてだ?アクトの悪口が言われてるんだ。俺も混ざりたいぐらいだ」

「だが今のアクトはアクトではない」

「地味にややこしい言い方するなぁ」

「今のアクトは優……しい……か?」

「おい、そこはハッキリ言えよ」

「そ、それはさておき、あそこまで言われる人間ではないのは確かだ」

「それで?」

「我は嫌だ」



 ルシフェルが俯く。



 そんな悲しそうにすんな



 俺はルシフェルの頭に手を置く。



「だからこその新しい依代だ。まぁ俺よりもゴミな奴なんてそうそういないだろけどな」

「そういう問題じゃーー」

「ほら、着いたぞ」



 俺とルシフェルがたどり着いたのは、あまり活気のよろしくない街の隅っこ。



 そこから家々の間を進んでいけば、俗にいう



「スラム街だ」



 目的の場所につく。



「ここに依代がいるのか?」

「多分」

「要領を得ないな」

「俺もさすがに詳しくは知らん。ただスラム街にいるのと、名前がレオって情報だけだしな」



 邪神教の依代なんてメインがアクトであり、その他は完全にモブ。



 だからゲームでは依代候補の一覧に名前と居場所がズラーと載っているだけだった。



「ところでルシフェルってそいつの器が復活に十分かどうか分かるのか?」

「何を言ってるんだアクトよ。普通に考えろ、分かるわけないだろ」

「一般的に考えて分かると思うけどな」

「ただ、器に力を込めるか、貰うかすれば分からないでもない」

「ふーん。ところで俺はどれくらい何だ?」

「どっちを指してるんだ?」

「どっち?」



 え?何?もしかして俺ってアクトと前世で分かれてる感じなの?



「アクトの方はちょうど我の力の何億分の一ってところだな」



 は?



「じゃ、じゃあ」



 ゲームでのあいつってクソ弱体化であれかよ。



「ちなみにお前の分ならーー」



 すると誰かにぶつかる。



「痛ってーなー、あん!?」



 どう見ても何人かやってそうな大男と目が合う。



「おいおい、何でこんな場所にガキが、いや、そんなことよりいいもん持ってんじゃねーか」



 俺の所持品を見て一瞬で目の色が変わる。



「おいガキ、死にたくなければ身包み全部置いていきな」

「は!!何言ってんだ、俺様に逆らって死ぬのはお前の方だぞ」

「マジで死にてぇらしいな」



 こんな小物みたいな奴に負けたら一生の恥だよ。



 大男が魔法を展開する。



「なぁルシフェル」

「何だ」

「勝てる?」

「無理」



 基本的にこの世界の住人のレベルは低レベルだ。



 だけど敵となっては話が変わってくる。



 つまり



「こいつ敵キャラかよ」



 よくよく考えれば主人公はあるヒロインに会うためにスラムに訪れる。



 その道中に遭遇する敵がいないわけがない。



「ルシフェル」

「ふむ」

「逃げるぞ」

「ふむ」



 敵前逃亡だ。



「待てやガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ」

「待てと言われて待つ馬鹿が何処にいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「……」

「おい!!ルシフェル!!止まんな!!」

「誰に喋ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 どんどん距離が縮まる。



 当然だ。



 アクトはこの世界きっての雑魚。



 逃げきれるわけがない。



「お、俺様はグレイス家の人間だぞ!!」

「そんなん俺が知るわけないだろ!!」



 マ、マジでヤバい!!



 まさかこんな形でゲームオーバーになるのか?



 さすがに死因がスラムの追い剥ぎで邪神復活なんて誰も笑えないぞ!!



「ハァハァ、ルシフェル、俺はもうダメみたいだ」

「モゴモゴモゴモゴ」

「お前はなんて時にシュークリーム食ってんだ!!」



 こいつには情がないのか!!



 なんて悪い奴だ!!



 まるで邪神だな!!



「あっ」



 つまずく。



「やっと止まったな」



 大男が壁のように反り立つ。



「まずは逃げないように足を、そして有金全部奪って死ねば、証拠隠滅だな」

「お、俺様ん家いっぱいお金あるよ?」

「それで戻ってくるのか?」

「アタリマエダヨ」

「死ね」



 ナイフとも言えないただ尖った鉄の塊を振り下ろす。



「やめて!!」



 小さな少年が間に入る。



「またガキかよ」



 その少年はルシフェルよりもかなり小さな子供。



 服はボロボロで、体も痩せ細っている。



 でもその緑の髪だけは、場違いに輝いていた。



「お、お兄さん、に、逃げて」



 震える声で俺を逃そうとする。



「まぁいいや、死ね」

「ルシフェル!!」



 大男の攻撃が止められる。



「ち、闇魔法かよ」



 男が魔法を構える。



 あれではルシフェルのバリアも一発で破壊されるだろう。



「どうして……お兄さん」

「お前みたいな小さな子供に助けられるほど、俺は落ちこぼれてねぇよ」



 最期に恨み言でも吐いて逝くか。



「バーカバーカ、アーホアーホ、間抜け、ボンクラ、木偶の棒、生涯年収300円!!」

「何言ってんだお前」



 魔法が放たれる。



 すると影が差し、上から少女が舞い降りてくる。



「大丈夫?」



 魔法が打ち消される。



「お姉ちゃん!!」



 そこにはえげつねぇ美少女がいた。



 てかこんな美少女なんて



「ヒロインに決まってんじゃん」



 翠緑の髪を靡かせ、尖った耳がチラリと顔を覗かせる。



「弟がお世話になりました」

「ふべば」



 大男を一撃で吹き飛ばす。



「大丈夫?レオ」

「うん!!ありがとう!!お姉ちゃん」



 俺はあまりの情報量の多さから



「ふっ」



 逃げた。

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