第13話

 <sideリア>



「司教さん?」



 どうしてこんなところに。



「リア……様」



 何か詰まるように喋る。



「何かお困りごとでも?」



 自然に



 決して悟られないように。



「い、いえ、私はただ偶々近くを通りがかっただけでして」

「そうですか。それにしてはグレイス家の近くを散歩とは珍しいこともあるんですね」

「は、ははは……」



 司教は乾いたように笑う。



 明らかに怪しい。



 念のため、魔法を放つ。



 こんな小さな魔法に気付く人間なんているはずもないが、あの方ならきっと気付いてくれる。



「そ、それではこれで」



 帰ろうとする司教。



「そうですか?もう少しお話しして下さってもいいんですよ?」

「い、いえ、これから大事な用事がありまして」

「にも関わらずお散歩ですか?」

「き、気分転換ですよ」



 このままでは何も得られない。



 少しカマをかけてみる



「私に何か用事があったのではないですか?」



 その瞬間、司教の目の色が変わる。



「知って……いや、ありえないーー」



 一人でにブツブツと口を動かす。



 そして



「実は、リア様にご助力願いたいことがありまして」



 打って変わってハキハキと、まるで何か決断したように騙り始める。



「リア様は回復魔法を使えますか?」

「はい、これでもグレイス家の端くれですから」

「いえいえ、あなた様はグレイス家きっての大天才。それほど謙遜なさらず」



 彼は気付いてないだろうが、その言葉は少し皮肉がきいていて笑ってしまう。



「どうかしましたか?」

「すみません、それで?回復魔法がどうかしたんですか?」

「はい。私達教会はいつも人手不足です」

「存じ上げています。私にもう少し力が有ればいいのですが」

「リア様のようなお方がもっと増えれば嬉しいのですが、あ!!すみません話の続きですね。そうなってくるとやはり、怪我をされた方々の治療が間に合わない場合があります」

「心中……お察しします」

「ありがとうございます。そのためにリア様、どうかあなた様のその膨大な魔力をお貸しして頂けませんか?」

「なるほど……」



 実に耳あたりのいい台詞である。



 これなら普通の人間なら騙せるであろう。



 だけど私は知っている。



 あの方の力を。



「分かりました。私にはお金も力も足りませんが、せめて今できる最善を尽くさせていただきます」

「おお!!ありがとうございます!!」



 司教の歓喜した様子が本物であることは分かる。



 全く、なんてチグハグな



「それでは場所を変えましょうか」

「……そうですね」



 そしてあの方と目が合う。



「やっぱり」



 今日はこの言葉をよく使うな。



 ◇◆◇◆



「ここを抜ければ着きますので」



 アルグルの森。



 ここには強力な魔獣が出没するはずだが、何故か一匹も見当たらない。



「着きましたよ」



 そこには小さな小屋があった。



「ここ?ですか?」

「安心して下さい、ただのカモフラージュですので」

「カ……そうですか」



 カモフラージュしてるということがやましいものがあると言ってるようなものなのに……



 もしかして……馬鹿?



 中に入るとただの一般的な家といった感じ。



 だが、司教が床を開けると地下へと続く階段が現れる。



 こんなもの誰がどう見ても悪の組織の秘密基地にしか見えないだろう。



「リア様、足元に気をつけて」

「ありがとうございます」



 中には様々な最先端機器の数々。



 それらは教会、ましてや司教個人の力で手に入れるにしては不可能である。



「それではリア様、こちらに」



 そこには禍々しい機械。



「これで血を?」

「はい、魔力効率がとても良いものでして」



 司教がツラツラと説明するも、頭には一切入ってこない。



 頭の中で目星を立てる。



 これだけの経済力を抱える組織、すると例の事件がよぎる。



「司教さん」

「ん?何ですか?まだ話し足りないことが、この採血跡は見る人が見れば分かるようにーー」

「邪神教……ですか?」

「……」



 沈黙。



「いつ?」

「まぁ色々と……憶測ではありますが」

「このまま私を突き出しますか?」



 司教の目には諦めないというのが丸分かりであった。



「いえ、代わりにお願いがあります」

「お願いとは?」



 どうしてだろう。



「お兄様を」



 守って下さい



 ◇◆◇◆



「明日、教会に来て下さい」



 小屋を出る時司教が言った言葉を思い出す。



「どうしてあんなこと言ったんでしょう」



 あの人が変わったと決まったわけじゃない。



 変わったとしても、もう一度あの時みたいに戻れない可能性だってある。



 それこそ、このまま私が



「ん?」



 目の前に人が走ってくるのが見える。



 アルグルの森に来るとは、何て命知らずな……



 って



「お兄様!!」



 どうしてここに!!



 意味が分からない。



 意味が分からないが、もしかしてあの人は



「私を……助けに?」



 ありえない。



 だけど他にこの森に来る理由が見つからない。



 ただの気紛れの可能性が一番高いであろう。



 だけど



 もし



 そうなら



「嬉しい」



 口から溢れる。



 だってもし本当だとしたらあの人は、弱いあの人は命がけで私を



「助けなきゃ」



 救いたい。



 邪神教の手から、あの人を。



 なら私の無事を、そして計画を知られないようにしなければ



「お兄様、夕飯までには帰って下さいね」

「おうとも」



 驚いた顔。



 ふふ、こんな顔久しぶりに見たな



「い」

「い?」

「いますやぁああああああああああああああああああああああああああああん」



 面白いリアクション、何だか昔とも少し……いや、かなり違う気がする。



 だけどそれもまたよいと感じてしまう。



「な、何故こんな場所にいるんだリア」

「それはこちらのセリフです。お兄様は何故落ちこぼれのくせにこんな森にいるんですか?」



 言い淀む。



 その反応もまた、私の期待が合っていると思わされる。



 その後も彼は様々な言葉を吐き、帰ってしまうが、どれも薄っぺらい言い訳のように聞こえた。



「私が一番の馬鹿ですね」



 今までの苦しい環境では死ぬのなんて嫌でもなかったが、真さんに桜さん、そして



「お兄様」



 私



「死にたくないです」



 ◇◆◇◆



 翌日



 悟られないように、いつも通りに振る舞うよう心掛ける。



 そんな私の意識の現れか、いつものようにクラスメイトの男子が話しかけてくる。



 多分好かれている。



 私の容姿は客観的に見ても優れていると思う。



 毎日鏡を確認する身としては、やはり姿見は綺麗な方がいい。



 鏡に映る黒い髪だけは、私があの家の人間じゃないといってる気がするから。



 クラスメイトの人と別れてすぐ、真さんに会うことができた。



 嬉しさと、込み上げてくる悲しさ。



 別にまだ決まったわけでもあるまいと自分に言い聞かせる。



 だけど



「それと聞きたいことがあるんだけどさ」

「はい?何でしょう?」

「リアちゃんのお兄さんについて何だけど」



 拭い切れない不安。



 こんなことなら希望なんて持ちたくなかった。



 結局、真さんとは早々に別れる。



 このままでは持たない気がしたから。



 ◇◆◇◆



 放課後。



 お兄様が後ろをつけてきた。



 私はどこか不審な態度をとっただろうか?



「何の用ですか?お兄様」



 探りを入れる。



 お兄様の反応から純粋に昨日のアルグルの森にいたことに疑問を覚えただけのようだ。



 しかしこうして見ると、やはりお兄様は変わった。



 しかも何だか可愛らしい方向になった気がする。



 そんなことを考えていたためか、お兄様の動きに反応が遅れた。



「は!!それでその傷とはグレイス家の名折れだな!!」



 まずい!!



 司教との会話を思い出す。



 お兄様があの機械を知っているとは思えないが、あの真剣な目



「それではこれで」



 大丈夫だ。



 自分に言い聞かせる。



 今は後のことだけに集中しよう。



 私は昨日で仕立て上げた闇魔法の対策の数々に見やる。



 昨日の機械から流し込まれた闇魔法の感覚も既に消えている。



 秘密裏に行ったため十分とは決して言えないが、少なくとも私の何倍も強い魔法使いでなければまず突破はされないだろう。



「大丈夫……きっと……きっと」



 ◇◆◇◆



「お待ちしておりました、リア様」



 教会の裏口には司教が立っていた。



「昨日お話しした通り、今日が終われば教会は全面的にアクト様をお守りします」

「ええ、裏切ったら全部お話ししますから」

「もちろんです」



 教会に入る途中、何だか表門が騒がしかったが、気にしなくてもいいだろう。



「これで契約成立です」



 魔法による契約はしっかりとした準備をしなければならないが、簡易的ではあるが契約は済ませられた。



 これでお兄様の命はひとまず安全。



 あとは



「それではアルグルの森に」



 私の命。



「最後くらい……お兄様とちゃんとお喋りしたかったーー」



 ドカン



 扉が吹き飛び、散りばむ煙の中から人影が現れる。



 嫌な予感がする。



 煙が晴れるとやはり、そこには



「お兄様!!」



 森のことといいどうして。



 まるで未来を知っているかのように



「どうしてお兄様がここに!!」

「俺様がここにいちゃ悪いってのか!!」

「答えになっていません!!」



 つい怒鳴ってしまう。



 この怒りはお兄様にではなく、自分に対してのものなのに



「テメェが邪神教と繋がってるってのは本当なのか!!」



 それも知って!!



 どのようにして知ったか分からないが、どちらにせよ帰ってもらう。



 これは私の勝手なわがままだから



 だからいつもみたいに不機嫌になれば帰ってくれ



「お兄様みたいな落ちこぼれが来ていい場所じゃないんです!!今すぐ帰って下さい!!」

「俺様に向かってそんな口聞くとは、随分と偉くなったもんだな!!」

「それはこっちの台詞です!!」



 ない。



 そうだ



 お兄様は変わったんだ。



 嬉しいなぁ



「どうして……来たんですか……」



 自然と涙が零れ落ちる。



 せっかく帰って来たのに。



 あの家の、憎きグレイス家によって変わってしまった私のお兄様が。



 いや



 だからこそ!!



 もう手放したくない!!



「だから私がお兄様をーー」

「うるせぇ!!」



 司教を殴り飛ばす。



 どうやら頭を使うより体が先に動くのは変わっていないようだ。



「やっぱり馬鹿なんですね」



 司教は直ぐに立ち上がり、お兄様に魔法を放とうとする。



 止めなきゃ!!



 だがその魔法はお兄様の手によって止められる。



 な!!



「どうしてお兄様がそれほどの力を!!」



 魔力不全であるお兄様では不可能なはずなのに。



 そのままお兄様は司教の意識を飛ばそうとする。



 咄嗟に二人の間に入る。



 何故弱いはずだったのに



「ど、どうして……お兄様の魔力は……」

「お前如きに俺様を測れるものか」



 まさか!!



 私の予想が正しければお兄様は魔力を手に入れ、昔の自信を取り戻ることができたのであろう。



 それこそがお兄様が変わった理由。



 きっとその裏では類い稀ない努力があったのだろう。



 それでは



「尚更お兄様を連れて行かせられません」



 お兄様には少し気を失ってもらおう。



 目が覚めた時、既に全部終わって



「あ……」



 魔法は発動出来なかった。



 消えたはずの闇魔法が体に残っているのが分かる。



「呪いだな」



 もしこのまま森に行っていれば



「死んでたな」



 その言葉に恐怖が押し寄せてくる。



 だけどそれと同時に



「やっぱり……」



 お兄様は前回も今回を私を



 期待が確信に変わる。



 お兄様と司教が何か話しているが、私は感慨にふけていた。



 だがそれがいけなかった



「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」



 お兄様の悲鳴が部屋中に響く。



 振り向くとお兄様の



「腕……が…」



 分からなかった。



 私には何が何だか。



 だけどやらなきゃいけないことは分かる。



「ダメ!!」



 魔法の使えない私は盾にすらならないかもしれない。



「それでも……それでーー」

「はいさようなら」



 剣が胸を貫く。



 ポタポタと赤が落ちる。



「ああ」



 熱い……なぁ



 目の前に血の海が広がる。



 こうしてみると私の血にグレイス家なんて呪縛がないんだなと気付く。



 最近になって色んなことが分かったな。



 お兄様が一生懸命私の血を止めようとする。



 そんなこといいんです



 せめてお兄様だけでも逃げて下さい



 口は動かなかった。



「な……何で……」



 ああそんな顔しないで下さい



 その顔は前のお兄様を思い出してしまいます



 血が出過ぎたためか視界がぼやける。



 そのせいだろうか



「あ……れ?」



 こんな子、いたっけ?



「殺す」



 瞬間



 オーロラという女が吹き飛ぶ。



 凄まじい力。



 これはあの時と同じーー



「お…兄…………様」

「リア!!」



 お兄様が私の手を握りながら何度も名前を呼んでくれる。



「頼む……頼むよ……」



 ふふ、そんなに私のことを思ってくれてるんだ。



何だか心が通じ合えてる気がした。



 こんな最期なら満足か



「アクトさん!!大丈夫ですか!!」



 その登場の仕方はずるいなぁ



 そんな締まらない気持ちのまま、目を閉じた。

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