第9話

 油断した。



 また同じことを繰り返してしまった。



 焦燥感に駆り立てられながら、ただただ一心不乱に走る。



「何をそこまで焦っているんだ?いつもより帰りが遅いぐらいだろ?」

「確かにそうなのかもしれない。だけどリアなら話が違う」



 ゲームだと真面目な彼女なら、家のしきたりに従って必ず学園が終わると真っ先に帰る。



 だが、ある日真はグレイス家の使用人からリアが帰らないという報告を受ける。



 その結果、リアがアクトの人質として邪神教に誘拐された事実が分かる。



 しかしこのイベントはまだまだ先のはず、どうしてこんなに速く起きている。



 あぁもうクソが!!



「あいつらの居所はすでに分かっている。急ぐぞ」

「だがアクトよ、我の力では奴らに勝てんぞ」



 小さな声で『今はまだ』と聞こえたが、疲労といつもの厨二病だろうと思い、直ぐに記憶から消す。



「別に勝つ必要はない、どうにかして俺とリアが逃げ切ればいい」



 プランなど一つもない。



 ゲームではムキムキの主人公で敵を壊滅させるだけだったため、奴らから逃げる方法なんて知るはずもない。



 そして俺とルシフェルは、魔獣の蔓延る森の前に立つ。



「行くぞ!!」

「相分かった」



 こうしてルシフェルと走り出す。



「お兄様、夕飯までには帰って下さいね」

「おうとも」



 それと同時に黒髪の少女とすれ違い、いつもの日常に戻るための約束を果たす。



 へへ、こいつは負けられないな!!



「い」

「い?」

「いますやぁああああああああああああああああああああああああああああん」



 え?



 めっちゃ普通にいますやん。



 何で町から帰る途中みたいにこんな危ない森から出て来てるの?



 今までのなっがい前振り全部無駄ですやん。



 絶対これからシリアスな展開って思いますやん。



「な、何故こんな場所にいるんだリア」

「それはこちらのセリフです。お兄様は何故落ちこぼれのくせにこんな森にいるんですか?」



 こんなところにリアがいるとは思いもよらず、言い訳の『い』の字も思い浮かばず



「お、俺様が落ちこぼれのだって!?これだから出来損ないの妹を持つと大変なんだ。クソ!!不愉快だ!!帰る!!」



 どうしてリアがここにいるのか、どうして急にギャグ展開になるのか、疑問は尽きないが、ここにいる理由を『この世界ってゲームで俺って他の世界から来たんだよねぇ』なんて言えるはずもなく、不機嫌なふりをして足速に去る。



「なぁアクトよ、あの人間手にーー」

「分かってる」



 明からに原作と違う流れ。



「一体どうなってやがる」



 ◇◆◇◆



 翌日の朝。



「ふわぁぁぁぁ」



 昨日エリカに会って買いそびれたため、ベットはギンギラに光ったままだ。



 そして隣からはリアが部屋を出た音が聞こえる。



「相変わらず真面目だねぇ」



 涎を垂らしながら寝ているルシフェルを起こし、朝食を食べに行く。



「あいつは?」

「リア様はすでに」



 俺がここに来てから毎日のように続いているやり取り。



 だが今日はいつもと少し違った。



「ですが、今日のリア様はあまり食欲がないようでした」

「何故俺様が聞いてもいないことを答える」

「も、申し訳ございません!!」



 口ではこう言ってるが、実際にこの情報は何かが起こっていることを如実に表している。



「ルシフェル行くぞ」

「な!!わ、我がまだ食べてる途中でしょうが」



 泣きながらステーキの名前を呼び続けるルシフェルを引きずりながら、学園へと走り出す。



 ◇◆◇◆



「見つけた」

「やはりアクトはストーカーの類いだったか」



 とりあえずルシフェルに拳骨を一発入れ、登校中のリアを尾行する。



「もう俺に失敗は許されないんだ」



 知識に頼りすぎてしまっていた俺は、反省に反省を重ね、ヒロインを陰から支えることを胸に刻み込んだ。



「それがストーカーをする口実か?」

「これはストーカーじゃない、彼女を守っているだ」

「犯罪者はみんなそう言うぞ」



 すると案の定、リアに男が話しかけている。



「やはり邪神教だ!!ルシフェル、奴を殺せ!!」

「どう考えても一般人だろ!!しかもあっさりと殺そうとするな!!」



 それじゃあ手遅れになるかもだろうが!!



 近くの草むらから聞き耳を立てる。



「お、おはようリアさん。今日もいい天気だね」

「そうですね、こんな天気の日は良い勉強日和ですね」

「て、天気がいいのに勉強なんだね」



 会話の流れから、どうやらリアのクラスメイトと見受けられる。



「なんだ、あの男、ただ単にお前の妹に気があるみたいだな」

「よしルシフェル、殺せ」

「何故!?」



 あ、あんな面食いみたいな男にリアを渡すわけないだろ!!



「それでは失礼します」

「あ、う、うん」



 ルシフェルが殺やないならと転生初日に買ったナイフをポケットから取り出そうとするが、リアと男がそのまま別れる。



「ちっ、命拾いしたな」

「今のお前は前のアクトよりもヤバい奴だと思うぞ」


 

 そんなはずないだろ?



 あんなクズと俺を一緒にしないでくれ。



「む?また男が話しかけてきたぞ!!」

「何!!」



 だがナイフが取り出されることはなかった。



「真じゃん」



 どうやら相手は主人公のようだ。



「いつもお早いですね」

「そうかな?それにリアちゃんも同じくらいじゃないか」

「ふふ、それもそうですね」

「それと聞きたいことがあるんだけどさ」

「はい?何でしょう?」

「リアちゃんのお兄さんについて何だけど」



 その瞬間体を強ばらせるリア。



「すみません。お兄様とは私もあまり話さないので」

「う〜ん、そっか〜」

「ですが一つだけ」



 慈愛に満ちた表情で



「どうかお兄様を許してあげて下さい」



 その瞬間



 ◇◆◇◆



『これはifの世界であり、本編とは関係がありません。どうぞお楽しみ下さい』



 開発陣の挨拶と共に、映像が流れる。



『どうかお兄様を許してあげて下さい』

『◯◯?急にどうしたんだ?」

『何でもないんです、ただ、これを言わないと××はあの人を殺しそうだなと思いまして』

『さすがの俺でもそんなことしないよ』

『そうでしょうか?あなたは結構その節があった気がするんですが』



 二人が微笑み合う。



 そしてその日、リアは消えた。



 ◇◆◇◆



 ありえるのか?



 もしこの世界があの時と同じようなifの世界だとしたら……もしや



「いや」



 だがまだ確証が得られたわけではない。



 それに、何だか俺の記憶が掠れ掠れになっているため、まだ踏み出す勇気が足りない。



「それでは」

「またね」



 二人が別れる。



 一抹の不安を残し、影からリアを見守るが変わった様子はない。



「普通だな」

「普通だね」

「だが油断してはならない。これで失敗したなんてことになったら、俺は彼女達の前で生きている資格を失ってしまう」

「一見素敵な言葉に聞こえるけど、愛しい人の前で他の女にうつつをぬかすなんて最低だよね」

「何を言ってるんだ。本当のクズってのはーー」

「は誰なの?」

「な!!な!!なんで桜がここに!!」



 俺の横には笑顔の桜が立っていた。



「それが君の素なのかな?」



 可愛く首を傾げる。



「結婚……違っ、そんなわけないだろ!!今のはーー」



 だがここで少し考える。



 桜はすでに真に選ばれなかったヒロイン。



 つまりはもうストーリーに関係のない人物。



 なら別に俺が彼女の前で悪になる必要がないんじゃないか?



「俺はーー」



 少しだけ、俺も彼女達と共にいても



「俺様の完璧な演技にひっかっかったな!!お前みたいな女が釣れるのが面白くて仕方がないんだ」



 考え直せ!!



 俺が普通の人間だとバレたら、真やヒロイン達の成長に影響が出てしまうかもしれない。



 それにここで仲良くなってしまえば、俺が消えた時、きっと桜は悲しんでしまう。



「……」



 何かを考え込むような仕草の後、桜は



「そ、じゃあまた教室でね」



 まるで何もなかったかのように去っていく。



「はは、辛いなぁ」



 誰にも聞こえないように、小さく呟く。



 だがそれを、聞き逃さない者もいた。



 ◇◆◇◆



 放課後。



 少し裏庭による。



「アルスさん、今日もよろしく」

「うん」



 真とアルスは順調のようだな。



「目先はやはりリアだな」



 リアが教室から出て行ったのを見計らい、こっそりと後をつける。



 そしてリアが正門を出ると、急に振り返る。



「何の用ですか?お兄様」

「な、何故分かった!!」

「これだからお兄様は馬鹿なんです。お兄様ほど悪名が立っている人が怪しい動きをしていたら、みんな気付きますよ」



 周りを見渡すと、皆がチラチラとこちらを見ているのが分かった。



「それで?何故このようなことを?」

「お、俺様はただ家に帰ろうとしただけだ!!変な勘違いをしないでいただきたい!!」

「いただきたい?」

「う、うるさい!!それよりもお前の方が怪しいじゃないか!!どうして昨日あの森にいたんだ!!」

「別に、私はただ魔獣の素材が欲しくなっただけですので」



 無理やりリアの手をひき、傷を確認する。



「は!!それでその傷とはグレイス家の名折れだな!!」



 上記だけ見てみると中々の名演技に見えるかもだが、実際はリアの手を握ったことでめちゃめちゃ震え声なのは内緒である。



 それに



 昨日は暗闇でよく見えなかったが、やはりあの傷



「いえこれは……そうですね、お兄様にだけは言われたくありませんが、今後は不覚を取らないよう注意します。それではこれで」



 昨日とは逆に、どこか急ぐようにリアが歩いていく。



「どう思う、ルシフェル」

「分からん。だが、我の腹がなっていることだけは分かる」

「そうか、後でアイスクリーム買ってやる」

「本当か!!」



 これで今朝のことはチャラになっただろ。



「行くぞ」

「む?そっちは逆だぞ?お前の妹を尾けるんじゃないのか?」

「さっきバレたから警戒されてるだろ、それに」



 やはりリアは邪神教に関わっている。



「あいつに聞かなくちゃいけないことがある」



 俺は教会へと歩みを進めた。

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